「アルコール離れ」は悪いことばかりなのか 関係者の“不都合な真実”

「そういや、最近ビールって、まったく飲まなくなっちゃったな」と感じた方も多いのではないだろうか。

 1月16日、ビール大手5社の「ビール類」2018年出荷量が、前年比2.5%減の3億9390万ケース(1ケースは大瓶20本換算)と14年連続で減少している、と報じられたのだ。

 4億ケースを下回ったのは1992年の統計開始以来初。消費者の「ビール離れ」がかなり進行していることは明白だが、マスコミは「消費者の節約志向」「豪雨や地震も影響」なんて調子で、わざわざ難解な解釈を披露している。

 タバコは広告規制でCM出稿量がガクンと減ったが、ビールCMは依然としてゴールデンタイムにもバンバン流れている。「お得意さまへの忖度(そんたく)」という言葉がどうしても浮かぶ。

 ただ、残念ながらマスコミがどんなに理由を絞り出しても、「ビール離れ」の事実は覆い隠すことはできない。ビールうんぬん以前に、日本人の「アルコール離れ」がこれ以上ないほどに進行しているからだ。

「ビール離れ」は悪いことばかりではない(写真提供:ゲッティイメージズ)

 このような話をすると、「いやいや、確かにビールは減っているが、ハイボールや缶チューハイは人気だし、家飲みも増えて酒の楽しみ方が多様化しているだけ」なんて感じのことを言い出す人たちがいる。ただ、「1人当たり」を見れば、日本人が酒を飲まなくなっていることが、動かしがたい事実だということがよく分かる。

 「成人1人当たりの酒類消費数量について、平成元年以降は、平成4年度の 101.8Lをピークとして減少傾向にあり、平成28年度には80.9Lとピーク時のおよそ8割に減少しています。この間、成人人口は増加傾向であったことを踏まえると、飲酒習慣のある者においても、その飲酒量は減少しているものと考えれます」(国税庁「酒レポート」 平成30年3月)

 つまり、バブル期あたりまではイッキだ、今夜はオールだなんて感じで、バカバカ飲んだ日本人も往時の20%減の勢いでしか酒を飲んでいないのだ。

 そう聞くと、「どうすれば若者のアルコール離れを食い止められるのか」とか「メーカーが本当にうまいビールをつくってないからだ」というシリアスな話になりがちなのだが、実は酒を飲まなくなることは、悪いことばかりではない。

 むしろ、これからの日本の未来を考えれば、「プラス」に働くことも多いのだ。

 例えば、自殺だ。

飲酒と自殺の密接な関係は「常識」

 先ほど触れた「マスコミの忖度」のせいで、日本のテレビや新聞で取り上げられることは少ないが、世界的には、飲酒と自殺に密接な関係があることは「常識」となっている。

 米国では、自殺者の約75%がうつ病かアルコール乱用かその両者の合併だったとして、アルコールや薬物を乱用している人の自殺率は一般人の20倍にのぼる、という報告がある。フィンランドでは、個人の年間アルコール消費量が1リットル増えると男性の自殺死亡率が1.6%上昇したなんて、そのものズバリの報告もあるのだ。

 日本でも自殺予防総合対策センターが平成19年度から21年度に40歳から69歳の男性4万3383人を対象にして調査を行ったところ、自殺者の2割以上が、亡くなる前の1年間に飲酒問題を抱えていたことが分かっている。

 そして、これらの調査を裏付けるような国も山ほどあるのだ。

 例えば、WHO(世界保健機関)のデータを基にした「1日1人当たりアルコール消費量ランキング」で上位にのぼるベラルーシ、リトアニア、ウクライナなどは自殺率も高いことが分かっており、アルコール大量摂取による自殺も社会問題化している。

 また、その逆がロシアだ。ウォッカをカパカパと飲み干すイメージの強い同国は、男性によるDVと自殺が多いことで知られていたが、ここにきてガツンと減ってきているのだ。

 英・エコノミスト紙によると、2000年代からロシアの自殺率は世界基準でもかなり高かったが、現在はピーク時の半分にまで減っているという。この原因を同紙は、ソ連崩壊以降に社会が落ち着いてきたことだと分析しているが、個人的には「酒量が減った」ことの効果だと思っている。

酒に関わる人たちの「不都合な真実」

 独立非営利組織「TV-Novosti」が展開するメディア「ロシア・ビヨンド」で、ロシア連邦大統領付属経済・国務アカデミー(RANEPA)のアレクサンドラ・ブルジャク上級研究員は、このようにコメントしている。

 「ウォッカの販売は激減している。前年同期比で13.4%減。売上高の減少は2015年に起こっていた。2014年と比べて12.6%減だった」(2017年8月21日)

 日本人の「ビール離れ」が「アルコール離れ」によるものと同じように、ロシア人の「ウォッカ離れ」も彼らの「アルコール離れ」が根っこにあることは言うまでもない。

 事実、全ロシア世論調査センター(VTsIOM)の17年の調査によれば、普段から酒を一切飲まないと回答したロシア人は39%にのぼっており、07年調査時(25%)と比べて大幅に増えているという。

 アルコールの消費量が増えると自殺率も増加し、消費量が減ると自殺率も減っていく――。酒に関わる人たちにとっては、全力で潰しておきたい「不都合な真実」だが、実はこの傾向は日本にもまんま当てはまってしまう。

 ご存じのように、日本は先進国の中で際立って自殺率が高い。03年には3万4427人というピークに達してからは徐々に減少傾向となり、09年から8年連続の右肩下がり。17年に2万1321人とピーク時と比べると4割程度になっている。

 実は酒量もこの動きとビミョーにリンクしている。

 先ほどの「1人当たり酒類消費数量」を見ると、年間100~90リットル台を推移していた酒量が80リットル台へとガクンと落ちたのは03年。そこからじわじわと減少していたのがまたガクッと落ち込むのが08年となっているのだ。

 もちろん、酒を飲むとすべての人が自殺をするとか、酒を取り締まれとか言いたいわけではない。自殺してしまうような心の問題を抱えている人が、酒によってスイッチを押されてしまうケースがあることは、世界中の調査でも明らかになっている事実であって、酒の消費量が減ることで、そのような悲劇も相対的に減っている、ということを申し上げたいだけである。

「アルコール離れ」の恩恵を受ける産業

 自殺が減っても、アルコール離れで景気が悪くなったら人生に悲観する人も増える、とか言う人もいるが、アルコール消費量が減っているからといって、日本人が「消費活動」自体をしなくなったわけではない。酒を飲まない代わりに何かを飲み、何かに金を使う。そちらの産業が活性化するので、そんなに落ち込むような話でもないのだ。

 分かりやすいのが、「炭酸水」である。

 炭酸水の生産量は06年には2万9000キロリットルだったが右肩上がりで増え続けて、16年には20万6000キロリットル。なんと10年で7.1倍と、人口減少をものともしない成長を遂げている。

 この成長エンジンのひとつに、「ビールの代用品」というニーズがあることは明白だろう。

 毎日、晩酌にビールや発泡酒を飲んでいた人が「休肝日」に炭酸水を飲んだところ、思いのほか「のどごし」があってハマってしまった。あるいは、ダイエットや健康のためにビールの代わりに炭酸水を飲んでいる、などユーザーの声がちまたに溢れているのだ。

 また、日本人の「アルコール離れ」の副作用でもある「家飲み」も酒類と異なる分野を活性化させている。

 冷凍食品などの「つまみ」だ。

 総務省の家計調査(総世帯)によると、08年から9年連続で冷凍食品の家計消費支出が伸びている。これを裏付けるように、日本冷凍食品協会によれば、冷凍食品の国内生産量は2年連続で過去最高を記録。比率としては、やはり飲食店などで出す「業務用」が多いが、近年は「家庭用」がじわじわと増えているという。

 08年といえば、日本人の1人当たり飲酒量がガクンと減ったタイミングだ。消費者が酒をガバガバ飲む楽しみ方から、「つまみ」とともにチビチビと楽しむ方向へ舵を切ったとも見えるのだ。

 「アルコール離れ」が進めば、酒を製造するメーカーや居酒屋などネオン系産業などはもちろん打撃は被るが、日本経済はそこだけで回っているわけではなく、当然「アルコール離れ」の恩恵を受ける産業も出てくるというわけなのだ。

「減る」ことに恐怖を感じる日本社会

 だが、現状では「アルコール離れ」をポジティブに捉える声はほとんどない。

 むしろ、「自動車離れ」「雑誌離れ」などと同様に、モノの価値が分からぬ若い世代によって引き起こされている危機的状況であり、社会が知恵を出し合って食い止めなくてはいけないもののように語られている。

 「時代の変化」から頑なに目を背け続けているのだ。

 なぜこうなってしまうのか。個人的には、日本人の“右肩上がり信仰”が影響しているからだと思っている。

 戦後の復興で、GDPも右肩上がりとなってたことで「世界一の経済大国」にまで成長を果たしたと考える人の多いこの国では、「とにかく右肩上がりはいいことだ」という固定概念がビタッと社会に染み付いている。

 こういう旧ソ連の計画経済みたいな思想に取りつかれた人たちは、「減少」とか「マイナス」という言葉を聞くだけで拒否反応を起こす。そして、症状のひどい人になると、どんな手を使っても回避しなくていけないという強迫観念にとらわれてしまう。

 日本を代表する名門企業が現場に利益のかさ上げを命じたり、「世界一優秀」と自画自賛するエリート公務員たちが次々と改ざんに手を染めたりするのは、これが理由だ。

 そんなバカなと思うかもしれないが、「減る」という恐怖にとらわれた日本社会が、冷静さを欠いて暴走するケースは山ほど起きている。

 最近で言えば、「人手不足」だとパニックになって、外国人を小間使いや奴隷のように働かせようなんて法律を後先考えずにサクッと賛成したのが分かりやすい。

 実はこの「人手不足」も「アルコール離れ」と同じで悪いことばかりではない。

「時代の流れ」を真摯に受け止めるべき

 『新・観光立国論』などの著者であるデービッド・アトキンソン氏が、幾度となく指摘しているように、「人手不足」が進行すれば、賃金を上げられない業界や企業の「整理・統合」を自然と促すことができるのだ。

 こうなると市場原理で賃金アップが達成されるので、低賃金と低待遇で長年苦しんできた日本の労働者たちにとってちっとも悪い話ではない。

 人手不足倒産が溢れ返るぞと脅す人も多いが、そもそも日本はさまざまな業界で小規模事業者が乱立して“共食い状態”にある。これからの人口減少社会を踏まえれば、「賃金アップ」でふるいにかけて、適正数に整理統合されるのは必然なのだ。

 ただ、「減る」ことを極度に恐れる日本人は、低賃金で外国人をコキ使わなければ回らないような企業でさえも、どうにかして守ろうとする。政治家もそういう企業が「票田」なので何も考えない。

 昔の日本人は、これが減る、あれが離れる、なんて感じでパニックになっているうちに、冷静に物事が考えられなくなったんだな――。

 そんな風に、我々の子どもや孫の世代からあきれられないよう、「時代の流れ」というものを真摯(しんし)に受け止めるべきなのではないか。

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