「ウナギ・バブル」到来 絶滅危惧種が一転、豊漁でも値段高止まり

9月になってもスーパーから姿を消さないウナギの蒲焼き。あれ、ちょっと前までもう食べられなくなると言われてなかったか? 実は今、ウナギ業界がとんでもないことになっていた。『サカナとヤクザ』(小学館文庫)の著者である鈴木智彦氏がレポートする。

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 長引くコロナ禍は飲食業を直撃した。

 全国のウナギ専門店も例外ではない。北九州市に本店を構える『田舎庵』の緒方弘氏によれば「もちろん影響はある。でもウナギは他の飲食店に比べるとまだいい」と解説する。中華のようにひとつの皿をシェアする料理は敬遠されやすいし、ラーメンやうどんはインスタントや冷凍食品に客を奪われやすいが、鰻丼・鰻重はハレの日のごちそうだからグループ客も単身客もいる。

「ただ客入りは地域によってかなり差がある。地方都市より東京などの都心部が厳しく、銀座にはコロナ禍以前に比べ25~30%の売り上げしかない店もある。こうなると厳しくて商売を続けられない」(同)

 ところがコロナ禍でもウナギを育て、出荷する養鰻場は利益を増大させているらしい。専門店の売り上げが減少した代わりに巣ごもり需要が増大し、デパートやスーパーマーケットで売られるウナギの蒲焼きがバカ売れしたというのだ。客は頻繁に外食が出来ない分、少々贅沢なメニューを選んで買い求め、自宅でテイクアウトの晩餐を楽しんでいる。その代表格としてウナギの蒲焼きが選ばれる。

「ただし売れるのは国産ウナギのみ。中国産の蒲焼きは安いが人気がないし、台湾や中国からの活鰻を使うのは専門店のみで、そちらはコロナ禍で売り上げが下がっている。国産は軒並み売り上げが前年比180%程度で推移していると聞いている」

 全国の養鰻池に稚魚であるシラスウナギを卸している某業者はそう解説する。彼らは国内養鰻業者のみならず、アジア圏のウナギ業界に精通し、不都合な真実を知る事情通だ。彼いわく、利益の秘密は他にもある。シラスウナギが豊漁続きで市場価格が急落したのだ。

愛車はスーパー・カー

 2014年、ウナギショックが日本を席巻した。

 ニホンウナギはIUCN(国際自然保護連合)の絶滅危惧種1Bに指定され、夏の風物詩である土用の丑の日を控えた時期の発表だったことも重なり、日本人が「近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高い」種を大量消費していると大騒ぎになった。

 同じ分類にはジャイアント・パンダやアジアゾウなどがおり、「パンダのように稀少な生き物を食べているのか」とメディアは煽った。

 絶滅危惧種指定に法的拘束力はない。が、ワシントン条約に記載されれば国際取引が禁じられる。危機感を持った業者は高値のシラスウナギを買い求め、絶滅危惧種指定後、その価格は1キロ300万円の大台を突破し、銀の価格と並んだ。平成29年にはついに427万円を超え、金の価格を超えた。シラスウナギの密流通に暴力団が関与するようになったのは、それだけのカネが動くからだ。

 不漁は平成30~31年の間も続いた。外国からの輸入を倍に増やして対応しても、ウナギの資源保護は急務で、国際会議でニホンウナギが話題となれば、厳しい漁獲制限は避けられないと予想されていた。危機感のあまり、国際会議場に乗り込んだ大手養鰻業者もいる。

 ところが、翌年からシラスウナギが豊漁となった。

「シラスウナギには公定価格の他、裏取引される闇相場が存在します。実際は裏の価格が市場価格です。一時、500万円近くまで高騰したが、今は50万円まで急落しました。それまで仕入れに苦しんでいた養鰻業者は、その後は格安で仕入れているのでかなりの利益が出ています。

 もちろんコストが下がった分、ウナギの出荷価格も下がったが、以前のような安値には到底なっていない。国産ウナギのブランド力のおかげで消費者価格が高値を維持できるためです。

 ある養鰻業者の社長はテレビ出演し、豪華な自宅や1億円超の腕時計、高級車を披露していた。インスタグラムにもセレブな生活ぶりをアップしている……だからといって、会社が黒字とは限らないのだが、養鰻業者が儲かったのは間違いない」(同・シラスウナギ業者)

 もちろん、彼らにシラスウナギを売るこの業者も儲かっている。彼の愛車はイタリア製のスーパー・カーだ。

 ウナギ業界があまりに儲かるので、養鰻業者が不動産を買い求め、マンション経営に乗り出しているという噂もあった。2018年に上梓した『サカナとヤクザ』でウナギ業界を取材したので旧知の業者にコンタクトをとってみたところ、軒並み取材拒否だった。静岡のある業者は電話で当方の名前を告げると怒りだした。

「あんたは好きなように書き散らかし、ウナギ業界の未来などまったく考えていない。やり逃げだ。興味本位で煽られるのは迷惑千万。二度と電話するな」

 ようやくインタビューに応じてくれた養鰻業者は匿名が条件で、地域も伏せるよう釘を刺された。

「確かに利益は出ています。大手で健全に経営している養鰻場は儲かっているでしょう。でも、我々は商売をしてるんです。儲けて非難されるいわれはない。あなたの質問には悪意を感じる」

 別に叩きたいわけではない。絶滅危惧種騒動の時も、一部の業者は騒動を利用して価格をつり上げ儲けていた。当時もウナギはあったのに、消費者価格がどんどん上がった。株式市場で不正に株価を操作し、つり上げれば金融商品取引法違反となる。

 ウナギの価格を操作したところで犯罪ではないが道徳的な問題はあるだろう。なにより令和2年、3年と豊漁だったため、養鰻業者はもはや資源保護を真剣に考えていないようにみえる。

「そもそもシラスウナギは充分あった。たまたま不漁続きだっただけ。一部の学者が大げさに騒ぎすぎた」(同)

 実態がどうであれ、それが養鰻業者の本音なのだろう。

 令和2年にはシラスウナギ流通の健全化を掲げ、一般社団法人日本シラスウナギ取扱者協議会も設立された。ところが同団体は、漁獲番号を含む取引記録を作成・保存し、国際取引の際には外国政府機関発行の証明書の添付を義務付けることについては、水産流通適正化法で規制すれば「日本のウナギ業界全体を混乱に陥れる」と反対している。

 早稲田大学客員准教授で環境政策に詳しい真田康弘氏はこう分析する。

「シラスウナギ取引には、公的価格と裏取引での価格の甚だしい乖離の問題がある。県ごとに思惑もルールも違うが、取引を県内のみに限定し、養鰻業者側に都合の良い大幅に安い公的価格で売るようシラスウナギ採捕者に強いている県が少なくない。その一方で、採捕者が裏仲買人に売れば倍以上の利益になったりする。これでは不正が根絶できない」

 ウナギはいまだ深い闇の中で蠢いている。

【プロフィール】
鈴木智彦(すずき・ともひこ)/フリーライター。1966年、北海道生まれ。日本大学芸術学部写真学科除籍。雑誌・広告カメラマンを経て、ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。ウナギ業界と闇社会の関係に迫った『サカナとヤクザ』(小学館文庫)が大きな話題を呼ぶ。

※週刊ポスト2021年9月17・24日号

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