「エンタメ業界の性加害」日米の社会的制裁の違い、ジャニーズ社名変更なしはアメリカではありえず

故ジャニー喜多川氏の性加害問題をめぐるジャニーズ事務所の会見では、社名は変更せず、新社長には長年の所属タレントである東山紀之氏が就任することが発表された。 【写真で見る】「#MeToo」運動によりアメリカで糾弾された男性たち  アメリカでは、6年前、ハーベイ・ワインスタインの性加害が「The New York Times」と「The New Yorker」によって暴露されたことをきっかけに「#MeToo」運動が起こり、権力を握っていた数々の男性がハリウッドを追放された。ジャニー喜多川氏は故人であり、状況に違いはあるものの、当時のアメリカの会社の対応を改めて振り返ってみたい。

 まずは、ザ・ワインスタイン・カンパニー(TWC)。ミラマックスの創設者ハーベイ&ボブ・ワインスタイン兄弟が、2005年に新たに立ち上げた会社だ。TWCの代表作には、オスカー作品賞に輝いた『アーティスト』、ジェニファー・ローレンスに主演女優賞を与えた『世界にひとつのプレイブック』、ヒット映画『パディントン』などがある。 ■暴露記事発覚の2日後にクビ  ハーベイ・ワインスタインはミラマックス時代から「オスカーを牛耳る男」として知られる、ハリウッドのパワープレイヤーだった。

 だが、暴露記事ですべてがあっという間に変わった。「The New York Times」の記事が出たのは、10月5日。翌日には、TWCの役員の3分の1が辞任し、ワインスタイン本人も無期限の休職に入ると発表した。それでも本人はまだなんとかなると思っていたようだが、翌7日、ワインスタインは、自分が創設し、自分の名前を冠した会社からクビにされてしまったのだ。  9日になると、役員らは、ワインスタインの名前をすべての映画とテレビのクレジットから外すと発表。社名変更をするために広告会社を雇おうとしていることも報道された。

 業界サイト「Deadline.com」は、「ひとつのブランドとなった彼の名前から距離を置くことは、TWCが生き延びるために最も重要なこと。このブランドは今や毒なのである」と書いている。たった4日間でここまで進んだのだ。  それでも十分ではなく、会社を丸ごと、あるいはばらばらにして売るしかないと、関係者のほとんどはこの段階でわかっていた(共同創設者であるボブ・ワインスタインだけは、その選択を拒否した)。TWC創設時に融資し、株主でもあるゴールドマン・サックスも「報道されたような行為には言い訳の余地がない。我々は強く非難する」と声明を発表し、早々と関係を断っている。

■元の社名は完全に消滅  その後まもなくTWCを買いたいという会社、人物が複数現れた。そのうちのひとりで、過去に銀行を創設した経歴を持つマリア・コンテレラス=スウィートは、自分がトップに立ち、役員のほとんども女性が占める形で組織を完全に改編する計画を提案。彼女ももちろんのこと、買収を希望した中にTWCの社名を残すつもりだった会社や人物はまったくいない。  しかし、結局買収は成立せず、このスキャンダルの前から多くの負債を抱えていたTWCは各方面から訴訟されて、経営破綻。最終的にランターン・キャピタルが買収し、ランターン・エンタテインメントの社名で新たな出発をすることになって、TWCの名前は完全に消えた。

 次はアマゾンで起きたケース。アマゾン・スタジオを立ち上げたロイ・プライスのセクハラが女性プロデューサーによって暴露されると、プライスはただちに休職に入った。しかし、それでは済まず、翌週には辞職に追いやられた。  それを受けて、被害女性の弁護士は、「この問題のために正しいステップを取ってくれたことを嬉しく思います。この業界に、敬意と気品のある文化を作っていくことは重要。他人にひどいことをする権力者を許してはなりません」と、アマゾンの素早い行動を称賛する声明を発表している。

 だが、アマゾンは、そこで終わりにするのではなく、自分たちが変わったことを世に知らしめるべく、プライスに取って代わるトップを、社外の女性たちの中から探し始めたのだ。最終的にこの座を射止めたのはNBCエンタテインメントでプレジデントを務めたジェニファー・ソークだったのだが、ほかにもFox21テレビジョンのCEO、ディナ・ウォールデン、元ソニー・ピクチャーズのトップ、エイミー・パスカルらの名前も上がっていたという。

■ピクサーのトップもセクハラで退職  そして、ディズニー。「#MeToo」が盛り上がる中では、ピクサー・アニメーション・スタジオで『トイ・ストーリー』『カーズ』などを監督し、ディズニーがピクサーを買収してからはディズニー・アニメーション・スタジオのトップも兼任したジョン・ラセターの醜聞も浮上した。女性スタッフのルックスについてコメントをする、体を触るなど、不適切な振る舞いがあったというのだ。  ラセターは自主的に半年の休職をしたが、その期間が終わると、ディズニーはその年の末でラセターは退職すると発表。ディズニー・アニメーションにおけるラセターの後任には、『アナと雪の女王』の女性監督ジェニファー・リーが任命された。

 そして、ピクサーにおける後任は長年の社員で『インサイド・ヘッド』などを監督したピート・ドクターが就いた。彼は男性ではあるが、以来、ピクサーは、女性と有色人種が積極的に起用されてきている。  ラセターの問題行動が報道された時、『トイ・ストーリー4』の脚本家として雇われつつ途中で自ら降板したラシダ・ジョーンズとウィル・マコーミックのコンビは、ピクサーについて、「女性や有色人種には同じだけの発言権がありません。ピクサーに、もっと女性や有色人種を雇い、昇格させることを奨励します」と声明を出していた。

 事実、『トイ・ストーリー』『ファインディング・ニモ』『Mr. インクレディブル』『ウォーリー』など初期の作品のほとんどは、監督、脚本家、プロデューサーが揃って白人男性だ。しかし、近年は違う。2020年の『ソウルフル・ワールド』に、黒人の劇作家ケンプ・パワーズを共同監督として連れてきたし、2022年の『私ときどきレッサーパンダ』は監督がアジア系女性、プロデューサーと脚本家も女性だった。 ■従業員の顔ぶれが完全に変わる

 最新作の『マイ・エレメント』は監督がアジア系男性、プロデューサーは女性だ。筆者自身もこの20年間にピクサーを何度も訪問し、取材してきたが、働く人たちの顔ぶれが大きく変わったと感じている。彼らは批判を受け止め、見せかけだけでなく本気で変わる努力をし、実際に変わってみせたのだ。  変化は誰でも怖いし、勇気がいる。だが、それができてこそ、自分たちは前とは違うのだと説得できる。そして、人々の信頼を取り戻せる。間違いを認め、是正して、再出発する。しかも、迅速にそれを行う。企業が生き延びるために、それは最も必要とされることではないだろうか。

猿渡 由紀 :L.A.在住映画ジャーナリスト

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