「ガラ軽」が日本を救う!? 技術の芸術品・軽自動車が切り札

 日本人好みの機能を搭載し、世界標準と異なる通信方式の日本の携帯電話は、独自の生態系を持つガラパゴス諸島になぞらえ、ガラパゴス携帯と呼ばれた。今、このガラケーに代わり、「ガラパゴス自動車」が日本の産業再生のキーワードになろうとしている。小さな車体にたくさんの技術が詰まった軽自動車だ。
ホンダ「NBOXプラス」 恥ずかしさと怒り…開発者が本気になった理由
 「一定の制約の下で挑戦したからこそ、技術力は向上した。技術屋から見たら、軽自動車は芸術品だ」。軽を代表するメーカー、スズキの鈴木修会長兼社長が力説する。軽は自動車税が低く抑えられるなど税制面で優遇される一方、車の大きさを長さ3・4メートル、幅が1・48メートル、高さ2メートル以下、排気量を660cc以下にしなければいけない決まりがある。その中で、いかに顧客に室内空間の広さ、足回りの快適性、安全性を満足させるかを競った歴史が、自動車各社の腕を磨かせた。ホンダの伊東孝紳社長も「軽の技術は今後も上がる」と胸を張る。
 ひと昔前は黄色のナンバーが敬遠された軽も、昨年1年間の国内生産台数は161万5千台で、10年前に比べて23%増加した。乗用車全体の生産に占める割合も18・9%で、同3・7ポイント上昇し、20%も遠くないところまで増えた。価格と乗り心地のバランスは消費者にとって重要な要素だが、国内生産に支えられる軽は、日本全体を覆う産業空洞化とは無縁の国内の景気回復や雇用維持の切り札。「日本のものづくりと雇用を守るために有効な手段」(本田技術研究所の浅木泰昭・主任研究員)だ。
 軽自動車はさらに、ガラパゴスの殻を破り、新たな道を開こうとしている。日本の軽の最大の特長である小型、低燃費技術が、省エネルギー、環境面から世界の注目を集めているためだ。次世代環境車として脚光を浴びる電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)は、「新興国では値段が高すぎる」(トヨタ自動車の内山田竹志会長)ことから、需要は先進国にしかない。これに対し、低価格の軽は成長市場の新興国で十分に通用する。「日本の独自規格である軽の技術の土俵が世界に広がってきた」と、大手自動車メーカー幹部も期待をかける。
 インドの国民車の一角を占めるコンパクトカー(小型車)「マルチ800」は、スズキの軽「アルト」がベース。価格は日本円で36万円からで、「丈夫で壊れない」車として人気がある。ダイハツ工業は、同社の軽「ミライース」の低燃費技術を応用した小型車「アイラ」をインドネシアで発売する。ホンダも軽で培った車台(プラットホーム)技術を新興国での小型車開発に応用する方向。日本の軽自動車技術が、新興国の次世代環境車の主流になりつつある。
 「社会的課題の解決に結びつくことが暮らしに新しい価値をもたらし、経済再生の原動力になる」。安倍晋三首相は、政権の経済政策「アベノミクス」の三本の矢の一つに、成長戦略をテコにした民間力による成長を掲げる。衝突防止などの安全面も加わり、進化し続ける軽。日産自動車と三菱自動車が共同開発し、6月上旬に発売する新型軽は、ガソリン1リットル当たり29・2キロという高い燃費性能を実現した。
 驚くべきは、中心価格帯が120万円程度で、最低価格でも両社の主力小型車を上回ることだ。アイドリングストップや無段変速機(CVT)も採用し、装備も「軽」の域を越えつつある。ホンダが広い室内空間をアピールし、一昨年に発売した「N BOX」も、中心価格帯が140万円に達する。三菱自が高価格帯の軽を発売するのは、デフレ下でも景気が持ち直しつつあった平成18年の「i(アイ)」以来。業界関係者は「景気回復の訪れを告げるサイン。デフレ脱却にも貢献できる」と期待する。
 だが、空洞化阻止の切り札であるはずの軽の海外シフトや高価格路線は、市場の縮小とともに、軽以外の自動車や家電製品などと同じ道をたどるのではないかとの危惧もある。日本政策投資銀行の島裕技術事業化支援センター長は「消費地生産の流れが強まっており、軽も中長期的に生産拠点の海外移転が進む。日本の厳しい省エネ、安全基準を満たす軽は、海外でも受け入れられる余地が大きいからだ」と説明する。同時に、「海外でも売ることで開発費の回収が容易になれば、研究開発が強化され、より性能のいい軽が世の中に出せる。国内でも一層、軽の存在は高まり、国内生産や雇用の維持につながるだろう」と期待をかける。

タイトルとURLをコピーしました