「クマ被害増加の背景」
5月、秋田県鹿角市で警察官2人を含む3人がクマに襲われ、死傷したという報道がされた。秋田県内では、去年、クマによる人身被害の数が70件にものぼっており、今回の事故を受けて、クマ被害には見舞金の支給を検討していると県議会が発表した。
全国的に見ても増加するクマ被害や目撃例。その背景に山や里山の生態系に変化が生じている事情があるという。
「これまでクマが怖いと言っても、ほとんどが北海道での話でした。でも最近は本州で活動するときでも、常にクマを警戒しています」
そう語るのは、クマが生息するような山林で40年にもわたって頻繁に調査研究活動を続けている生態学者であるA氏。
そもそも、クマが人里や山林などで住民や登山客に被害を与えるケースは、雪が溶けた春先や冬前に多い。同氏は解説する。
「冬眠から覚めて子を連れて歩き回るクマはかなり気が立っていて危険だと思います。冬眠する前にたくさん餌を食べる必要のある晩秋も危険が増します」
A氏は、クマ被害が増加した要因を次のように解説する。
「頻繁に報道されているように、近年、クマの活動範囲が急速に広がっており、そのことが近年のクマ被害の増加をもたらしているのは間違いないでしょう。活動範囲が広がった要因の一つとして、クマの個体数が急激に増えたことが考えられます。大型哺乳類の個体数を正確に調査するというのは難しいので、はっきりと言うことはできませんが、クマの足跡や食事の跡などの痕跡や直接姿を目撃した人は、以前と比べて格段に増えています」
個体数が増えた背景には、山村地域の過疎・人手不足の問題が関わっているという。
「山村の過疎が進んだために、クマを狩ってくれる人の数が減ったことがクマの個体数増加や活動範囲の抑止力を弱めた可能性があります。過疎が進むと、耕作地や果樹が放棄され、それらが人里に降りてきたクマの食糧源になっている可能性もあります。
他にも、温暖化の影響で、冬が暖かくなっているというのもあります。厳しい冬はクマの個体数を抑止している可能性が高いです。厳しい冬を迎えると十分な餌をとるのに苦労し、無事に冬をこす個体も減るでしょう。でも、雪の量が減り、積雪日数が減ってくると、越冬に備えて十分な餌をとることができるというわけです」
一般社団法人 大日本猟友会の資料によれば、昭和55年(1980年)における狩猟免許交付数は約46万件だったのに対し、平成29年(2017年)では約20万件まで減少した。60歳以上の割合も増加し、交付数に対して60%を超える値となっている(昭和55年では、9.2%)。
同じように農家の数も減少していることを考えると、クマ被害の問題は深刻そうだ。
クマよけの鈴を過信してはいけない?
北海道で報告されるヒグマ被害や目撃例は、その大きさのインパクトも相まって話題になりやすい。しかし、本州の比較的広い地域に生息するツキノワグマも、ヒグマ同様に注意が必要だという。
「ヒグマに比べれば体も小さいですが、ツキノワグマによる死傷事故や遭遇案件も近年、急速に増加しています。以前とは、状況が変化していることを認識して、十分に注意しなければなりません」
山でクマ被害を防ぐには、クマに会わないことが最も大切だ。遭遇することを避けるために、さまざまな道具や登山の心得が推奨されてきた。
しかし、その状況も変わってきている。これまで山林に入るとき、“クマよけの鈴”を装備することはクマ被害を防ぐ上で有効だとされてきたが、その効果を過信してはいけないとA氏は注意を促す。
「ツキノワグマからしても、人との接触は人から危害を加えられる可能性が増すので、人となるべく遭いたくない。これまでは、ほとんどのクマは人の気配を感じると、人から遠ざかる習性をもっていると考えられてきました。しかし、最近報道されている、クマの出没地域や出没時間、遭遇した人に対する反応を耳にすると、最近は、状況が変わってきたように思います。
クマの活動範囲が拡大したことで、人里に出ることが増えるうちに、農作物やゴミ捨て場などを漁ることも増えているようで、その間に、一部の個体は、『人は怖くない』と学習している可能性があります。
15年くらい前までは、クマが生息する地域の山林に入るとき、クマよけの鈴をもっていけば大丈夫と、安心していました。しかし、人を恐れないクマの振る舞いがあちこちで確認されるようになり、最近は、クマよけの鈴をならしながら歩いても、本当に効果があるのか不安に思うようになりました。人を恐れないクマは鈴の音を聞いても逃げてくれないでしょう。
鈴の効果を過信せず、最近は、入山前にクマの出没情報に以前には考えられないほどの注意を払うようにしています。人里や人の活動域に頻繁に出没しているという情報があれば、計画変更も検討するようになりました」
合ってしまった時のことも考慮に入れて、クマよけのスプレーなど護身用の道具を常備しておくことも大切だ。行政などは登山客への注意喚起が求められる。