こだわりの味を追求する「クラフトビール」各社による生産工場(醸造所)の増設や新設が相次いでいる。キリンビールが出資したヤッホーブルーイング(長 野県軽井沢町)が業界ダントツの生産量を誇るが、それに続くエチゴビール(新潟市西蒲区)や木内酒造(茨城県那珂市)などが年間3000キロリットル級の 設備を整えつつある。一挙に生産量を販売実績の5倍以上に引き上げる事例も出てきた。いずれも急増する需要に供給が追い付かない状況で、流通・外食業界の 注目の的となっている。
◆直営店通じ人気拡大
「継続的に設備を増強しており、今月中には年間3000キロリットルの設備が完成する」
そう話すのは「常陸野ネスト」ブランドのクラフトビールを販売する木内酒造の木内敏之取締役。コリアンダー、オレンジピールといったスパイスを加えた 「ホワイトエール」などが人気だ。同社の昨年の年間販売量は約1400キロリットル(350ミリリットル缶で400万缶に相当)だったが、増える需要に追 い付かず、約2倍の規模に増やす。
同社は1823年創業の造り酒屋。1993年の地ビール解禁の規制緩和を受けてビール製造に乗り出した地ビール・クラフトビール業界の老舗だ。当初から 完全無菌の充填(じゅうてん)設備を導入するなど品質管理を徹底し、90年代後半の地ビールブームが過ぎた後も人気を維持。特にクラフトビールが急成長し た米国など海外で高い評価を受け、現在は「海外販売比率が約5割」(木内氏)に達する。国内でも人気の高まりを受け、今月27日に東京・神田に小さな醸造 設備を備えた直営店「常陸野ブルーイング・ラボ」を開設する予定だ。
同じく老舗のエチゴビールは、2013年にそれまでの年間1900キロリットルから同2500キロリットルに生産設備を拡充した。さらに「今年4月まで に排水処理設備を従来の1.5倍に増やす」(飯塚励社長)方針で、年3000キロリットル規模の生産にも対応可能とする。「(16年度)以降に増産態勢を とるつもり」(同)という。
老舗ばかりではない。01年に醸造を開始したベアード・ブルーイング(静岡県伊豆市)は昨年、伊豆市内に年間2000キロリットル規模の生産工場を開設 した。それまでの設備は同350キロリットル規模だっただけに、実に5倍以上だ。同社のベアードさゆり氏は「まずは2倍の年間700キロリットルに生産量 を増やす」方針で、需要増に対応する。
同社は本社工場内を含め東京や神奈川に5店舗の直営店「タップルーム」を設けるなどして人気が拡大。工場敷地内ではホップなどを生産する本格的な農園も開く予定で、クラフトビールの新たな価値観を提供する。
12年にゆずや山椒(さんしょう)といった日本の香辛料を使用した「馨和 KAGUA」で新規参入した日本クラフトビール(東京都港区)は、東京近郊の 工場用地を選定中で「16年には最大年間500キロリットル規模の自社設備を稼働させる」(山田司朗社長)方針。「需要に追い付かず、販売機会の損失が著 しい」(同)ためだ。ベルギーなど年100キロリットル規模の既存の委託生産態勢も維持するため、16年には最大で現在の6倍の生産が可能になる。
◆大手も“虎視眈々”
クラフトビール業界では、老舗で生産量首位のヤッホーブルーイングが、昨年春に生産設備をそれまでの約1.8倍に拡充。それでも足りず、同10月にはキ リンビールの出資を受け、生産の一部をキリンに委託した。同社は生産量を公表していないが、「すでに年間5000キロリットルを超えている」(業界関係 者)とみられている。
国内ビール市場は、14年のビール系飲料(ビール・発泡酒・第3のビール)の課税出荷数量は、前年比1.5%減と10年連続で過去最低を記録するなど低 迷続き。その中で大手以外の地ビール・クラフトビールのシェアはまだ1%に満たないが、各社の増産の勢いをみると、「1%突破の可能性も出てきた」(飯塚 氏)。業界内では4%程度に成長するという見方もある。
この人気を取り込もうと大手もキリンだけでなく、アサヒビールが2月から製法や原料にこだわった新ブランド「クラフトマンシップ」を発売する。サッポロビールも今夏、子会社でクラフトビールに参入する方針。
メーカー以外もその人気に高い関心を寄せる。ヤッホーブルーイングが昨年10月に大手コンビニエンスストアのローソンと共同開発した「僕ビール、君ビー ル」は、瞬く間に売り切れる店舗が続出。「初回生産分が売り切れ、在庫がない状況。2回目の生産も前向きに検討している」(ヤッホーブルーイング広報)。 同社はアマゾンジャパンともアマゾン限定ビールを共同開発し、売れ行きは絶好調。他の大手流通も虎視眈々(たんたん)と狙っているようだ。
木内酒造やベアードなどの直営店だけなく、さまざまな種類のクラフトビールを集めたビアパブも急速に増えていることも、各社の生産増強の背景の一つにある。
大手メーカーの参入などに伴い、「15年度はクラフトビールに追い風が吹く」(飯塚氏)勢いで、低迷する国内消費の盛り上げ役としても期待されそうだ。(池誠二郎)