「最近、いつ来てもコメがないね…」 。今週、こんな声が聞かれたのは、東京・葛飾区のスーパー。
コメをめぐっては、一部スーパーなどで棚からコメが”消え”たり、あるいは、入荷しても「お一人様、一点まで」と購入制限がかけられたりする品薄の状態が続いています。
しかし、農林水産省は一貫して「全体の需給として在庫は確保されている」という説明を繰り返していて、消費者が直面している状況とはギャップがあります。
いったいなぜ、ここまで消費者が「コメが足りない」と感じる事態になってしまったのでしょうか? 小売りの現場、卸売業者、生産者、そして農水省、それぞれを取材すると、品薄が起きた「構図」が見えてきました。
もともと新米が出回る前の8月は、1年でコメの在庫量が最も少なくなる時期。 そこに地震や台風に見舞われ、消費者が主食のコメを「余分に確保しておきたい」と”買いだめ”に走ったことが「品薄」に拍車をかけたと農水省幹部は説明します。「在庫はある」と言い、実際、不足なくコメを入荷している店もあります。ではなぜ、あちこちの店舗で棚からコメが消え、一部消費者がなかなかコメを買えないという不安な状況になることを防げなかったのでしょうか? 実は”品薄の兆し”は、もっと前から生じていました。
■実は把握されていた、コメ品薄の兆し
そもそもの原因としてあげられるのは去年、食用米として流通したコメの量が少なかったこと。猛暑による高温、そして雨が少なかった影響で、主要産地である新潟県を中心として、コメが白く濁るなどの被害が出ました。結果、全国で流通するコメの量を集計した民間在庫量は今年6月末時点で156万トンと、統計を取り始めた1999年以降、最少となりました。
そこに重なったのが10年ぶりの「コメ需要の回復」です。7月に発表された主食用のコメの需要量は、農水省の予想より21万トン多い702万トン。減少が続いていた需要量が10年ぶりに増加に転じました。 農水省の分析では、コロナ禍で落ち込んでいた人流が復活し、インバウンドも増加したこと、さらに、他のさまざまな食品が値上がりする中、コメは「値ごろだ」と感じ、節約のためにコメを買う消費者が増えたことも影響したとみています。
■見えた構図 品薄の連鎖
こうした状況の中、5月の連休明けの頃から一部の小売り業者の間で「低価格のコメを中心に、手に入りづらい状況になっている」という声が聞かれ始めました。 そこで取材を進めると「今まで仕入れていたコメが手に入らない」という小売り業者の状況が見えてきました。
直接契約している農家を中心に、全国からコメを取り寄せて販売している小売店によりますと、8月上旬の段階では、「生産者と直接つながっていて、年単位など長期で契約を結んでいる小売り業者では、困っているところはほぼない。困っているのは、その時々で安いコメを仕入れた方が得だということで、スポット的にコメを仕入れているところだ」と語りました。
実際、ある大手卸業者にも話を聞くと、去年のコメの不作によって安いコメの在庫自体が少なくなっていたことがこうした状況を招いたのだと指摘しました。
見えてきたのはこのような構図です。
①安いコメをスポット的に仕入れ、ディスカウントストアなどに卸していた業者がコメを入手できなくなった。
②そうしたディスカウントストアなどで、いつも通りにコメを買えなくなった消費者が他のスーパーなどでコメを購入。
③スーパーなどでの需要が急増し、品薄に。
つまり、まず低価格のコメが品薄となった結果、一部の卸業者や消費者が他のコメを求め始め、”品薄の連鎖”が起きたのではないか、という見方です。
そして、もう一つ、品薄を招いた要因と見られるのが「タイミングの悪さ」です。コメの品薄が広がり始めたころに、南海トラフ地震臨時情報が発表され、地震や台風に備えて「買いだめ」する消費者の動きが加速。さらにお盆で物流も滞るなど悪条件が重なったことで、品薄に拍車がかかり、一部のスーパーのコメ売り場で商品が並ばないほどの事態になったと考えられます。
■品薄の声に農水省はどう応えたか
お盆明けから2週間以上たっても、品薄感が解消しない事態を受け、農水省は8月27日、卸売業者や小売り業者などに対し流通の円滑化に努めるよう文書で要請しました。
「(すでに)口頭でお願いしているが、国民を安心させる発信ということで文書にした」(農水省)といいます。さらに30日には子ども食堂などに備蓄米を提供する窓口を増設するなどの対応を発表しました。(※「備蓄米」・米の生産量の減少によって供給不足となる事態に備え、必要な数量の米を政府が在庫として保有しているもの)
坂本農林水産相は、卸や小売業者らにコメの流通の円滑化を要請したタイミングについて、「遅きに失したというふうには思っていない」と述べています。また、農水省は、もうすぐ新米が出回り始め、品薄も解消すると見ています。
しかし、もっと前に打てる対策はなかったのでしょうか? 農水省の担当者からは、「スーパーへの納品は行われているが、それがすぐなくなるほど消費者がいつにないペースでたくさん買っている。『需要の先取り』が起き、この波がどうくるか、読み切れなかった」、「情報発信の面は、国民を安心させるためにも、もう少しきめ細やかにできたところがあるのかなと思う」と対応不足を認める声も聞かれました。
一方で、品薄緩和のために備蓄米放出を求める声があがっていたことについては「店頭での品薄は短期的な現象で、1年で見るとコメの在庫量は足りている。そうした中で備蓄米を放出すると、お米があまる状況を作ってしまう。コメの価格低下を招いて農業生産者が困ることになる」と説明。備蓄米放出には乗り出せない事情を明かしていました。
■気になる新米の価格は…求められる冷静な行動
いまのコメの品薄状態は、9月に新米の流通が本格化すれば徐々に回復するとされています。次に焦点となるのは「価格」です。都内で飲食店や一般消費者にコメを販売している小売り業者によると、今年の新米の価格は例年より5キロで200~500円ほど高くなる見込みだと言います。農水省の担当者は「価格が上昇した後は消費が落ち込むことも予想される」「8月、9月はわからないが10月の販売が低調になる傾向が出る」と見ていて、需要の落ち込みから価格が下落する可能性も視野に注視する構えです。つまり、買いだめが価格高騰や、需要の先食いによってその後の価格下落につながる可能性があり、今後もコメの円滑な流通には「消費者の冷静な行動」が一つのカギとなりそうです。