「スタジオジブリでさえ北米では小規模公開の作品です…」それでも日本アニメ映画が海外で異常な興行収入を稼ぎ続けている“納得の理由”

国内アニメ映画の興行が好調だ。2016年に『君の名は。』が興行収入251億円と大きな記録を打ち立てると、それ以降、記録破りの映画が相次いでいる。ひと昔前は、興行収入100億円を越える日本アニメ映画は宮崎駿作品だけだったが、直近3年間だけでも2020年に『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が興行収入404億円と驚愕の数字で歴代興行収入最高となったほか、『ONE PIECE FILM RED』、『すずめの戸締まり』、『THE FIRST SLAM DUNK』、『劇場版 呪術廻戦 0』、『名探偵コナン 黒鉄の魚影』と100億円の大台突破が続出する。映画興行ランキングの上位にはアニメが並び、国内アニメ映画時代の到来を感じさせる。

記録破りの大ヒットを続ける日本アニメ映画

 国内の好調に目を奪われがちだが、実はアニメ映画の勢いは日本だけにとどまらない。いまや日本のアニメ映画は、海外でも台風の目になっている。北米、アジア、ヨーロッパ、ここ数年は世界中で興行成績が急伸し、時にはハリウッド大作に匹敵する結果もだす。最近では『THE FIRST SLAM DUNK』や『すずめの戸締まり』が、中国や韓国で記録破りの大ヒットになったとのニュースを目にした方も多いだろう。『すずめの戸締まり』の海外興収は280億円以上、日本での2倍近くになる。

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の活躍は、なかでも注目だ。2021年4月にアメリカとカナダを合わせた北米で公開されると、公開2週目の週末興行で1位に輝いた。日本映画としては『ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』以来、実に22年ぶりの出来事だった。北米だけで47億円、日本を除く世界では117億円を稼ぎだした。

「日本アニメが世界で大人気!」のフレーズは、今や多くの人が聞きなれているかもしれない。00年代より前から、海外の日本アニメ人気はたびたび語られてきたし、昨今はメディアで頻繁にその人気が特集される。

「スタジオジブリでさえ……」

 しかし映画興行に限れば、そんな人気は長らく日本アニメには無縁だった。各国のアニメイベントに何十万人のファンが押し寄せても、アニメ映画の上映は数館から数十館で、観客はトータルで数万人というケースがほとんどだった。世界の映画興行は米国の巨大エンタテイメントの支配力が強く、広い大衆性が求められ、映像ビジネスでもとりわけ海外進出が難しい分野なのである。若者の間で人気が高い日本アニメでも、「所詮はニッチ」と相手にもされず、そもそも上映機会さえ少なかった。

 それは巨匠・宮崎駿を擁するスタジオジブリですら同じだ。2003年のアカデミー賞長編アニメーション映画賞に輝いた『千と千尋の神隠し』は当初の上映劇場数は百数十スクリーン、アカデミー賞受賞後も700スクリーン余りに過ぎない。ディズニーやドリームワークスのアニメーション映画が3000スクリーンから4000スクリーンで上映されるのとは雲泥の差だ。『千と千尋の神隠し』は全米での興行収入も1000万ドルほどで、ハリウッドの大作アニメーションが軽く1億ドルを超えるのとは対照的だった。

 北米で日本アニメを多く手がける配給会社GKIDSの社長のデビッド・ジェステッド氏は、今年3月に開催された新潟国際アニメーション映画祭のトークで「スタジオジブリでさえ、北米ではアートハウス(良質で小規模公開の作品)とみなされます」と、そのマーケティングの難しさを語っていた。人気はあっても、映画業界ではメジャーとみなされない。それが日本のアニメだった。『鬼滅の刃』はそれを打ち破った。

『鬼滅の刃』の成功は、突然だったわけではない。実はここ数年、『僕のヒーローアカデミア』、『ドラゴンボールZ』といった日本アニメの劇場シリーズが、北米興行ランキングの上位にしばしば登場するようになっていた。少ないスクリーン数での驚異的な動員は、米国の映画メディアで「サプライズ」とたびたび報じられたが、何度も続けばそれはサプライズでない。

日本アニメ映画が世界で稼げるようになったワケ

 理由のひとつは、日本アニメの配給会社が米国の映画業界で新たなマーケティングを生み出したことにある。小規模な興行を最大化させるために公開に合わせてイベントを実施し、全国同時に中継をしたり、特典グッズを配ったりする。映画鑑賞に付加価値をつける独自の手法をとった。

 日本アニメの人気が高まって興行規模が大きくなっても、熱度の高い独自のファンマーケットを生み出し続けている。テレビシリーズを前提とした続編映画をヒットさせるのは難しいとされるなか、『鬼滅の刃』や『僕のヒーローアカデミア』、『ドラゴンボールZ』の劇場版が観客を大量動員する理由でもある。日本アニメは、米国の映画興行の常識を突き崩そうとしている。

 状況が変わった理由は、他にもある。ひとつは配信プラットフォームの普及だ。

 Netflixやアマゾンプライムビデオ、さらに日本アニメ専門のクランチロールといった米国の巨大配信プラットフォームを通じて、過去10年間で日本アニメのファンはかつてない規模に膨らんだ。低価格で、簡単に、大量の作品にアクセスできるようになり、これまで日本アニメを知らなかった人たちをファンに変えた。Netflixは「2億人を超える同社のユーザーのうち半分以上が、過去1年間に“アニメ”を視聴した」と述べている。

 もうひとつはソニー・ピクチャーズの役割だ。ハリウッドメジャーの一角である同社が、日本アニメ専門の米国配給会社ファニメーションとクランチロールの2社を相次いで傘下にしたことで(両社は2022年に経営統合)、拡大するニーズを受け入れる大規模なスクリーン確保や広告、メディアの露出を用意した。

 海外での状況は、国や地域によって違う。北米の成功は米国文化に根ざしており、場所が変わればそれも変わる。ヨーロッパも日本アニメの人気が高い地域だが、たとえばフランスで最もヒットした日本アニメ映画は『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』でなく『ONE PIECE FILM RED』である。

日本の興行収入を上回る“中国”

 そのなかでいま巨大なマーケットで注目されるのが中国だ。ここでの主役は新海誠監督である。その最新作『すずめの戸締まり』は、23年3月24日に中国で全国公開されると週末興行で2週連続1位となり、中国で公開された日本映画の興行収入歴代1位の記録を塗り替えた。156億円の興収は、日本の147億円を大きく上回る。

 これまでも日本での興行収入を海外が上回った例はあるが、国民的ヒット作では前代未聞。さらに中国の映画チケット価格が日本よりも低いことを考えれば、中国には日本を遥かに上回る『すずめの戸締まり』の観客がいることになる。

『THE FIRST SLAM DUNK』も、2023年に中国で大ヒットした作品である。バスケットボールを題材にした往年の人気漫画を原作者の井上雄彦が監督となって、再アニメ化した。かつて東アジアで一大旋風を巻き起こした作品のリブートが評判となり、こちらも5億6000万元(約108億円)と大きな数字を残す。しかし当初は『すずめの戸締まり』を超える勢いとされていたが、最終的には及ばなかった。新海誠の人気は高いが、知名度やファンの年齢層の幅広さは歴史の長い『SLAM DUNK』のほうが上だったはずだ。

 ここに中国での映画ヒットの鍵がある。『THE FIRST SLAM DUNK』の観客は大都市が中心だったが、『すずめの戸締まり』は現地では3線都市、4線都市と呼ばれる中小都市(編集部注:中国では経済誌『第一財経』と同媒体が運営するシンクタンクが都市の分類・ランキングを行っている)でも確実に観客を動員した。実は新海監督は、映画公開に合わせて北京と上海に訪れて数多くのメディアに姿をだした。これが大きな効果を発揮した。新海監督はやはり中国で大ヒットした『君の名は。』公開時にも中国を訪れている。時間と手間をかけた現地のファンとのコミュニケーションが功を奏したのである。『THE FIRST SLAM DUNK』も公開前に大掛かりなイベントはあったが、スタッフが現地に赴くまでにいたらなかった。

 世界で盛り上がる日本アニメ映画だが、こちらから人気を待っているだけでは不十分なのである。日本から積極的にファンとのコミュニケーションを求めることが鍵となったのである。『すずめの戸締まり』の中国でのヒットには、そんな地道な努力もあるのだ。

『すずめの戸締まり』のヒットは中国だけに偏っているわけではない。中国を除いても、中国と同じ大きさの海外の売上が存在する。つまり中国なしでも、『すずめの戸締まり』には日本とほぼ同規模のマーケットが海外にある。

 韓国は『すずめの戸締まり』を支えた国のひとつだ。観客動員数は550万人超、人口当たりの計算では1115万人の日本より割合が高い。韓国も『雲の向こう、約束の場所』以来、全ての作品の公開時に新海誠監督が欠かさず訪れる国だ。

今後の日本アニメ映画が開拓する国は……

 そうした点で、今後動向が注目されるのがインドである。映画興行は映像ビジネスのなかでハードルがとりわけ高いが、その中でもインドは難しい。インドは自身が映画大国であり、自国映画が強く、ハリウッド映画ですら攻略が大変とされる。

『すずめの戸締まり』の制作会社コミックス・ウェーブ・フィルムは、インドで現地の大手配給会社、国際交流基金と組んで自ら配給をした。この結果『すずめの戸締まり』は『鬼滅の刃』を上回り、インドで最もヒットした日本映画となった。前作『天気の子』に続き、本作でも公開に合わせて新海誠監督はインドを訪れて舞台挨拶に立ったことも大きい。興行収入はまだまだ少ないが、中国や韓国で起きたことが、今後インドでも起きるのかは気になるところだ。

 インドでの売上げは、他国に較べれば大きくないかもしれない。しかしチケット価格が他国より低く抑えられていることを考えれば、金額で見える以上の観客がそこにいる。さらに今後の経済成長を見通せば、未来の広がる国だ。日本アニメ映画の可能性は、このインドをはじめ東南アジア、ラテンアメリカ、中東といった地域でも芽生えている。今後はそれらの地域からビッグなニュースがまた生まれるかもしれない。

(数土 直志)

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