「チバニアン」名づけの背景 ライバルのイタリアに勝った理由とは?

今年の1月17日、韓国・釜山で開かれていた国際地質科学連合の理事会で、77万4千年前~12万9千年前の地質時代が「チバニアン」(千葉時代)と名づけられることが決まった。地質時代の名前に、日本の地名にちなんだものがつけられたのは初めてのことだ。小中学生向けのニュース月刊誌「ジュニアエラ」4月号に掲載された記事「世界が認めた『チバニアン』!」をお届けする。

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 46億年前に誕生した地球の歴史は、古い順に、先カンブリア時代、古生代、中生代、新生代の四つの地質時代に分けられる。中生代をさらに三つに分けたうちの一つが、巨大な恐竜が栄えた時代として知られる「ジュラ紀」(2億100万年前~1億4500万年前)。この時代にできた地層が、フランスとスイスの国境にあるジュラ山脈で見られることから名づけられた。

 地質学者は、ジュラ紀などよりさらに細かい分類として、地質時代を全部で117に区分。それぞれ、特定の地名にちなんだ時代名をつけている。しかし、現在に近い更新世(※1)の中期と後期には、まだ名前がつけられていなかった。今回、そのうちの更新世中期に「千葉」にちなんだ「チバニアン」の名が与えられることになったのだ。

 それぞれの地質時代の名前は、一つ古い時代との境界を地球上で最もよく示す地層を「国際境界模式層断面とポイント(GSSP)(※2)」として選び、それに基づいて命名される。今回は、千葉県市原市の養老川沿いの崖に見られる「千葉セクション」と呼ばれる地層がGSSPとして認められたことから、その直後の時代の名が「チバニアン」と決まった。

※1 更新世:6600万年前に始まった新生代のうち、258万年前~1万1700年前までをいう。

※2 国際境界模式層断面とポイント(GSSP):基準となる地層なので、同時代のほかの地層と比較ができるように、いろいろなことが詳しく読み取れることが望ましい。

●“ライバル”イタリアに勝った理由は磁気逆転の記録の詳しさ

 ある地層がGSSPとして認められるためには、いくつかの条件がある。今回、その一つとして重要視されたのは、「地磁気の逆転(※3)」の証拠が刻まれていることだ。地球は、北極をS極、南極をN極とする巨大な磁石と考えられる。方位磁針のN極が北を指すのはS極のある北極に針が引かれるから、S極が南を指すのはN極のある南極に針が引かれるからだ。しかし、驚くべきことに、地球のN極とS極は数十万年ごとに何度も逆転している。現在のように北極がS極、南極がN極のときもあれば、北極がN極、南極がS極のときもあったのだ。直近の地磁気の逆転は77万年前。更新世の中期と前期(カラブリアン)の境目のGSSPは、この逆転を示す地層と決められた。

 千葉セクションでは、77万年前、噴火した古期御嶽火山(※4)の火山灰が海中に堆積した。その目印のすぐ上から、地磁気の逆転の様子が詳しく記録されている。通常、陸から運ばれてきた泥が海底に積もるとき、含まれている砂鉄などが、棒磁石の上にまかれたときのように地球のN極・S極の向きにそろい、その時代の地磁気の様子を物語る証拠となる。千葉セクションの場合、下(古い時代)から上(新しい時代)に見ていくと、次第に地磁気が逆転していった様子がよくわかるのだ。

 千葉セクションがGSSPとして優れていた点は、ほかにもある。調査チームの中心となった茨城大学の岡田誠教授は言う。

「GSSPとして認められるには、当時の気候の変化を示すプランクトンや、陸から飛んできた花粉の化石などもたくさん含まれている必要があります。更新世の前期から中期にかけては、気候の変動が起きました。海水の温度が変わると、そこにすむプランクトンの種類も変わります。陸の気温が変化すると生える木の種類も変わって、飛んでくる花粉の種類も変化します。千葉セクションにはこうしたプランクトンや花粉の化石もたくさん残っていました」

 今回、GSSPに名乗りを上げたのは、千葉セクションだけではない。イタリアの二つの候補地が有力なライバルだった。花粉の化石などは、イタリアの候補地にもたくさん残っていた。しかし、地磁気の逆転の証拠を記録している地層としては、千葉セクションのほうがライバルより圧倒的に勝っていた。だから、GSSPとして認められたのだと岡田教授は胸を張る。

※3 地磁気の逆転:地球のN極とS極は過去360万年の間に計15回、逆転したと考えられている。77万年前は今から見て最後の逆転が起こった時期。今のところ、なぜ逆転するのかはわかっていない。

※4 古期御嶽火山:現在の御嶽山(長野県・岐阜県境)の近くで、39万年前以前、活発に火山活動を行っていた火山の呼び名。

●深海の地層が約1千m超も盛り上がって地上に!

 地層の「厚さ」も、優れていた点の一つだ。千葉セクションは深さ500~1千mの海底に堆積した地層だ。しかも短い年月に大量の泥が堆積したので、平均で千年の様子が厚さ約2mにわたって記録されている。イタリアの二つの地層は、約1mと約20センチメートルだった。同じ千年だったら地層が厚いほど細かく区切って、地磁気や花粉の化石などの詳しい情報を取り出せる。

 とはいえ、もしもそのまま、深い海の底近くにとどまっていたら、誰の目にもふれなかっただろう。幸いなことにこの地層はこれまでにおよそ1千m超も隆起し、川の流れに削られ、観察しやすい崖となったのだ。深い海の地層が数十万年の間にこれほど隆起する例は、世界中で見てもほとんどないと岡田教授は言う。

 こうした条件がいくつも重なり、千葉セクションはGSSPとして認められ、「チバニアン」が新しい地質時代名となった。日本の地層の特徴から見て、今後、新しいGSSPとして日本の地層が認められる可能性は低いと岡田教授は指摘する。“最後のチャンス”をものにした「千葉セクション」と「チバニアン」の名は、「地球史」に永遠に残る。(サイエンスライター・上浪春海)

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