「テレビはチューナーレスでいい」が増えてきたワケ

「チューナーレステレビ」が人気である。2021年に小売大手「ドン・キホーテ」がオリジナルブランドでチューナーレステレビを発売したところ、1カ月で初回生産分6000台がほぼ完売したという。当時は24型と42型だが、どちらもHD解像度であった。

エディオンオリジナルのチューナーレステレビ

 2022年に入って、家電量販大手「エディオン」もオリジナルブランドのチューナーレステレビ3モデルを投入した。ドン・キホーテも22年に新モデルを投入。どちらも中国「TCL」との共同開発である。32インチの小型モデルはHDだが、43インチ以上は4Kモデルとなった。またビデオレンタルで知られる「ゲオホールディングス」も、今年43インチと50インチのチューラーレステレビを、WISの製造で商品化した。

 同様の製品は、Amazonでも購入できる。同メーカーの「チューナーありモデル」より、1~2万円割安だ。国内メーカーの「チューナーありモデル」と比べると、半額以下である。

 売れている理由は「安い」+「テレビ離れ」で説明が付くと思われがちだが、この現象をかなり初めの方から見てきた立場からすると、テレビというディスプレイ装置の使われ方が変わってきたのだと感じる。

チューナーレスの紆余曲折

 チューナーレステレビが一般に認知されるようになったのは、2018年3月にソニーがBRAVIAブランドの業務用4Kディスプレイシリーズを展開した時からではないかと思う。それ以前も法人向けに業務用モデルは展開してきたが、2018年のシリーズはチューナーを省いてコストを抑えたのがウリとなった。

「業務用4Kディスプレイシリーズ」

 業務用とは、デジタルサイネージやオフィス・工場の監視用モニターでの利用が想定されている。販路も一般の家電量販店で簡単に買えるようなものではないが、消費者には「こういうのでいいんだよ」的な気付きがあった。また当時は反NHKの機運が高まっていたこともあり、チューナーがなければ受信料を払わなくてよいという発想もあった。

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 実はこれ以前から、チューナーを持たない業務用ディスプレイは、多数発売されていた。ソニーはそもそも放送用マスターモニターを作っており、その流れでラインモニターといわれる、マスターモニターほどではないが映像の確認に使うためのディスプレイを用意していた。

 東芝時代のREGZAも、マスターモニターまでは作らなかったが、収録確認用やクライアントモニターとして、あるいは学校の電子黒板用として、チューナーレスのREGZAを展開していた。

 ただこれらはB2B商品であり、数がさばけるテレビよりも安かったかと言われれば、そんなことはない。チューナーありテレビも中国メーカーの参入で、かなり価格は下がっている。そんな中で、量販店が自ら音頭を取ってコンシューマー向けにチューナーレステレビを作って売るというのは、需要はあるのに国内メーカーがやらないから、という事情があった。

 日本の放送はご承知のように、スクランブルがかかっている。国外でも衛星放送や有料放送にスクランブルがかかっている例はあるが、無料も含めた全ての放送波にスクランブルをかけているのは、世界で日本だけである。

 このスクランブルを解除するために、日本で動作する受信器にはB-CASカードかACASチップが必要となる。B-CASカードは「株式会社ビーエス・コンディショナルアクセスシステムズ」からの貸与品で、製品に別途同梱され、ユーザーが差し込む格好になっている。またスクランブルを解除するための仕様は一般社団法人 電波産業会(ARIB)が管理しており、設計・製造にはこの会員になって、仕様書を手に入れる必要がある。

 放送コンテンツを守るために作られたこの仕組みは、日本のメーカーと放送局が認めた会社にしかテレビを作らせないという一種の参入障壁としても機能してきた。

 ところがチューナーがなければCASもいらないので、どんなメーカーでもテレビを作って日本で売ることができる。メーカーと放送局が互いにケツを持ち合ってきたテレビ産業にとっては、チューナーレステレビは開けてはならないパンドラの箱だった。だが、箱は開いてしまった。

チューナーレステレビを何に使っているのか?

 チューナーレステレビは、一体何に使われているのか。これにはいまだ諸説あり、メディアも量販店も、それをつかもうと躍起になっているように見える。だが用途は1つに限らず、汎用品としていろんなことに使われ始めているということなのではないかと思う。これは「スマホの用途は何ですか?」と問うような話と同質のものだ。

 チューナーレステレビのほとんどがAndroid TV搭載なので、若い子はYouTubeさえ見られればいいのだとか、TVerでテレビを見ているのだとか言われている。もちろん、テレビだけでネットサービスへアクセスできることは大事かもしれないが、それはHDMI端子にAmazon FireStick一発ぶっ込めば終わる話であり、そこは本丸ではない。

ドン・キホーテのチューナーレステレビもAndroid TVを搭載していることをアピール

 Android TVはネットワークサービスにアクセスするためのUIというだけでなく、いわゆるテレビOSである。つまりテレビ内蔵のメインプロセッサを動かして、期待通りの動作をさせるためのものだ。これがあれば、テレビ製造のハードルが大幅に下がるというところが大きい。つまりここが、格安テレビが作れる原動力なのである。

 ではそれ以外の用途とは何か。例えば筆者宅の例で考えてみると、筆者はテレビをあまり見ない人、妻はテレビをガンガンに見る人である。筆者宅マンションにはアンテナがなく、全戸ケーブルテレビで放送を見るわけだが、ケーブルのSTB経由のほうが見られる放送局数が多いため、テレビ側のチューナーを使うことがほとんどない。

 また昨今、妻は今さらながら韓流ドラマにハマっており、テレビ放送よりもNetflixやAmazonプライムビデオでドラマを見ている時間が長い。いつ見ても同じ人が出ているので、何度も見直しているのかと思ったら、シーズン5まであるとかで、大変だねーと言いながらリビングを通り過ぎる毎日である。こうした用途なら、チューナーレステレビで対応できる。

巨大モニターとしての使い方

 一方筆者は4K/40インチテレビをPC用モニターとして利用している。これを始めたのは2015年初頭の事で、当時新製品であったMac mini(2014)で、HDMI出力から4Kが出せるようになったのがきっかけだった。筆者はもともとテレビ放送の編集者だったので、目の前80cmのところにテレビを置いて仕事するということには、まったく違和感がなかった。

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 近年テレワークで仕事をする人も増えていると思うが、会社では会社のノートPCで仕事したり、あるいは自席に据え置きのPCモニターを使ってきたと思う。だが在宅で仕事するようになれば、会議だなんだと、よりPCを多く使って仕事するようになっている。そうなるとノートの画面では小さいということになり、テレビサイズのモニターをつなぎたい、という話になりやすい。

エディオンは、テレワーク用途などモニターとしての使い方もアピールしている

 実際40インチ画面で仕事していると、アプリを切り替えて画面を上にやったり下にやったりする必要がない。5つ6つのアプリ画面を全部いっぺんに広げて見渡しながら仕事ができる。PDFの資料も、A3ぐらいのサイズに広げてもまだ余裕がある。この効率を知ってしまったら、今さら会社に行って15インチ程度のモニター相手に格闘する気にはならないだろう。

 そもそも仕事部屋のテレビにはアンテナ線がつながっておらず、テレビ放送は見られない。そのかわりAmazon FireStick 4K Maxがつながっているので、仕事終わりに映画1本見たり昔の怪獣番組を見たりといった用途には、不自由はない。こうした用途も、チューナーレステレビで対応できる。あとは自室にゲーム専用ディスプレイが欲しいとかも、まったく普通にありうる用途であろう。

 要するに、一家にテレビは1台しかないとか、テレビとはテレビ放送を見るものでしょという前提でものを考えていくから、テレビ離れがどうのこうのというおかしな事になっていく。テレビ放送を見る1台目はもうあるから、「2台目3台目はテレビ放送以外に使う」「大型のほうが使い出がある」「サイズの割には安い」というニーズを満たしつつあるという事だ。つまりHDMIがあればなんにでも使えるので、「一般家庭にプチぜいたくとして汎用大型ディスプレイはアリ」とみんなが気づいたという事だと思う。

安いなりの課題も…

 5万円程度で50インチが買えるならと飛びつく前に、安いからには課題もあることも承知しておくべきだろう。実は2020年に、筆者は3万1800円で43インチのTCL製4Kテレビを購入した。引っ越しした際に古いテレビを処分した関係で、リビングに置くテレビを急きょ購入する必要が出てきたからだが、格安テレビの実力がどんなものか、記事のネタになるかと購入したのである。

 表示や操作性などには問題はなかったものの、前出のように妻はテレビっ子なので、1日16時間以上テレビを付けっぱなし、寝る時もテレビを見ながらじゃないと寝られない。それぐらいのペースで使っていたら、1年ちょっとで縦に筋が入るようになってしまい、そうこうしているうちに垂直同期が取れないようで映像が曲がるようになってしまった。

 修理を依頼すると、すでに1年間の保証期間を過ぎており、ディスプレイとメインボードを交換することになるので、5万円ぐらいかかるという。3万1800円のテレビを5万円で修理するならもう1台買えますよね、とサポートの人と笑い合って、処分することとなった。処分にも数千円かかる。

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 ある程度ネタのつもりで買ったものとはいえ、TCLの格安テレビは1年ちょっとしか保たなかったことになる。TCLもワールドワイドでは大手に成長したが、低価格であればそれだけどこかにしわ寄せが行くわけで、それが耐久性というところに現われた。

 加えてチューナーレステレビを、「テレビのようには使わない」ということであれば、メーカーも想定していないところで問題が出る可能性もある。もし購入店で3年や5年の長期保証に加入できるのであれば、加入しておいた方がいいかもしれない。

 またこの長期保証も注意が必要だ。筆者はドラム型洗濯機を長期保証で購入しており、修理を依頼したのだが、なんと保証期間中に保証会社が倒産するという憂き目に遭った。当然有料修理で、保証金のぶんだけ払い損である。あまりよく知らない会社のネット保証より、2~3年では潰れそうにない大手量販店で買って、そこの保証に加入した方がいいだろう。

 今年続々と登場しているチューナーレステレビだが、安いなりの覚悟はある程度必要かと思われる。1年後に購入者の悲鳴を聞かないことを願っている。

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