スマホで購入した商品が、翌日には届く――今や当たり前になった光景も、数年後には見られなくなる可能性がある。日本ロジスティクスシステム協会の報告書によれば、2030年には「荷物の3割」が届かない状況にあるという。
【グラフ】2030年、荷物の3割が届かない
迫りくる「物流クライシス」に日本人はどう対応すべきなのか? 累計100万部を突破したジャーナリストの河合雅司氏の『未来年表』シリーズ最新刊『未来の年表 業界大変化』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
2030年の日本では「荷物の3割」が届かない可能性がある ©iStock.com
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やや複雑な「物流クライシス」
日本国内のトラック輸送が“破綻の危機”に瀕(ひん)している。需要が輸送能力をオーバーしているためだ。物流は「経済の血液」とも称されるだけに、機能不全を引き起こすことになれば日本経済にとって致命傷となる。
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物流クライシスはやや複雑だ。人口減少で国内マーケットの縮小に頭を悩ませる業種が多い中、「輸送能力をオーバーするほどの需要があるというのは羨ましい限りだ」との声も聞こえてきそうである。
だが、運送業を成長産業だととらえるのは早計だ。製造業が海外に拠点をシフトさせたこともあって、国内貨物輸送量(重量ベース)は1995年以降、生産年齢人口の減少とともにゆるやかな下落傾向をたどってきている。
国土交通省の資料で2010年以降を確認すると45億トン前後で推移しており、2019年は47億1400万トンだ。大手を含めて厳しい経営環境に置かれているのである。
将来見通しも明るいわけではない。今後GDPの減少につれて需要はさらに減ると見られており、公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会の報告書「ロジスティクスコンセプト2030」は、2030年には45億9000万トン程度に落ち込むと推計している。
15年でドライバー3割減
需要が減少傾向にあるのに、輸送能力が追い付かないのはなぜなのか。
それは需要の減少以上にドライバーが減っているからである。総貨物輸送量のうち9割は自動車が運搬しており、その7割がトラックやライトバンといった営業用貨物自動車だ。運転手不足で、目の前の注文をさばけなくなっているのである。
日本ロジスティクスシステム協会の報告書はドライバー数の将来見通しも推計しているが、2015年の約76万7000人に対し、2030年には32.3%も少ない約51万9000人になるとしている。
ドライバーが不足する直接的な要因は後ほど詳述するが、構造的な問題が不足を拡大させている。
近年、トラックやライトバンによる輸送需要を大きく押し上げているのは宅配便の配送だ。
公益社団法人全日本トラック協会の報告書「日本のトラック輸送産業現状と課題2022」によれば、インターネット通信販売やテレビショッピングの普及に伴って宅配便の取扱個数は年々増加しており、2020年度は約48億個に及んでいる。
国内マーケットは縮小していくので、宅配便の需要もいずれは萎むが、高齢者の一人暮らしが増えることもあってしばらくは伸び続けそうである。
宅配便というのは、「着荷主」の中心が個人であるため、配送時に留守であることも多い。企業の大型倉庫に一度に大量の荷物を納入するような効率的な運び方とは異なり、どうしても手間暇がかかるのだ。必然的に多くのドライバーが必要となる。
一方で少子高齢化でドライバーのなり手自体は減っているため、宅配にたくさんのドライバーを取られると、宅配以外のドライバーまで確保しづらくなるのだ。
2030年、10億トン以上分の荷物が運べない
宅配ドライバー不足は需要の伸びだけが要因ではない。輸送頻度の増加が不足を加速させている。荷主企業が消費者の要求にきめ細かく応えるべく、「必要なときに必要なだけ届けてほしい」との注文が多くなったためだ。時間指定配送や当日配送といったサービスの高度化に、より一層輸送能力が追い付けなくなっているのである。
輸送サービスの高度化の背景には、付加価値に対する企業の考え方の変化がある。性能や品質、価格優位性といった「商品そのものの価値」だけでなく、商品を届ける上での「利便性」までを含めての付加価値向上を考える企業が増えたのだ。
荷主企業には、必要なタイミングで必要な量だけ届けてもらえれば巨大な在庫や保管スペースを抱えずに済むとの計算もある。運送会社へ支払う経費が多少増えようとも、「配達の利便性」向上で消費者の高評価を得られるメリットやコスト削減効果のほうが大きいということだ。
一方の運送業界は中小企業が多いという事情もあって、各社とも「発荷主」「着荷主」双方の細かな注文に応えようと必死だ。対応できなければ他社に仕事を奪われるとの危機感は強く、厳しい条件の仕事であっても受注する傾向にある。「便利な社会」を実現するためのしわ寄せが、どんどんドライバーへと向かう構図である。そして、それがドライバーの負担を大きくし、退職者を増やすことにつながっている。
物流の需給バランスが崩れることの弊害は大きい。日本ロジスティクスシステム協会の報告書「ロジスティクスコンセプト2030」は、営業用トラックやライトバンによる輸送について供給量不足が拡大していくと見ている。2015年には需要と供給は約29億2000万トンでバランスがとれていたが、需要と運ぶ能力とのギャップは次第に拡大していく。
2025年には需要が約31億1000万トンなのに対し約22億6000万トンしか供給できず約8億5000万トンが運べない。2030年には約31億7000万トンの需要に対し供給は約20億3000万トンにとどまり、36.0%にあたる約11億4000万トンが運べないというのだ。
多くの製造コストや宣伝費をかけた商品の3割もが計画通りにユーザーの手元に届かないことになれば、荷主企業が受けるダメージは小さくない。
ドライバーが「不人気職種」である理由
構造的な要因とは別に、ドライバーが不足する直接的な理由もある。
人口減少によってなり手の絶対数が少なくなってきていることもあるが、募集しても集まらないのだ。国交省の資料によれば、貨物自動車運転手の有効求人倍率(2021年4月)は1.89で、全職業の0.95のおよそ2倍となっている。要するに“不人気職種”なのだ。
“不人気職種”になったのは、待遇や労働環境が悪いからだ。全日本トラック協会によれば、2021年の年間所得は全産業平均が489万円なのに対し、大型トラックのドライバーは463万円、中小型トラックドライバーは431万円である。しかも待ち時間が多いこともあって労働時間が長くなりがちだ。
2021年の場合、大型トラックが2544時間、中小型は2484時間となっており、全産業平均の2112時間を大きく上回っている。仕事量に対して十分な人数を確保できないので、ドライバー1人あたりが扱う荷物数は増えていく。そこに「待ち時間」の長さも加わって給与に見合わない激務を強いられることになるのである。
女性の就業者が少ないことも、人手不足を加速させている。2020年の女性ドライバーの割合は3.6%と極端に低い。長距離走行や重い荷物を運ぶ「体力的にきつい仕事」というイメージが敬遠材料となっているものと見られる。
思うように新人が入ってこないと、就業者の高齢化が進む。全日本トラック協会は、2021年に道路貨物運送業(トラック運送業と宅配便業)で働いた人の年齢を紹介しているが、30~40代が43.2%で、20代は9.0%と1割に満たない。一方、50代が27.6%、60代以上も17.6%を占めている。
このように、日本の物流は中高年が何とかやり繰りしながら成り立たせているのである。このままなら、老後の生活資金を得るために働き続ける60代後半~70代がドライバーのメイン層となる日も近いかもしれない。
(河合 雅司)