閉山が迫る常磐炭砿で、常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)を開業させた人々の奮闘を描いた映画「フラガール」の爆発的ヒットが、地元に大きな変化を与えている。ハワイアンズにとどまらず、福島県いわき市内の観光施設が大幅に集客増したかと思えば、中学、高校生から「フラガールになりたい」と希望者が殺到。炭鉱遺産を再発見する新たな観光事業もスタートした。恐るべし「フラガール効果」。(菱沼愚人)
「フラガール」は、予想をはるかに上回る125万人の観客を集め、日本アカデミー賞4部門で最優秀賞、キネマ旬報邦画部門1位も獲得するなど、数々の賞を受賞して空前のヒットとなった。
昨年9月23日に全国一斉公開されたが、当初の予想観客数は80万人。それを下回るとの見方もあったから、125万人は驚異的数字だ。
いわき市内も熱気に包まれた。昨年12月までで、市の人口の1割に当たる3万5000人が映画を観ており、まだ上映も続く。地元以外でも再上映のケースがあり、韓国など海外10カ国でも上映予定という。
ハワイアンズの斎藤一彦社長は「ハワイアンズ40周年に地域の歴史が映画化され、大ヒットしたことは大変喜ばしい。今後は映画でいただいた注目を一過性にせず、地域とともに邁進(まいしん)していきたい」。いわき市の櫛田一男市長も「いわき市にとって大変な名誉。交流人口拡大や地域活性化に生かしていきたい」と意気込む。
映画のヒットは、観光客の増加だけにとどまらなかった。
映画公開と同時に、フラガール志願者が殺到したのだ。
「ダンサーになりたい」「ハワイアンズで踊りたい」。電話や電子メールが全国から次々とハワイアンズに寄せられた。遠くは熊本県の高校生からの申し込みもあったという。
昨年はダンサー志望12人が受験し、大学卒業者2人を含む8人が合格したが、昨年の新規採用選考後に、あっという間に問い合わせが数十件。熱狂的なファンは高校1、2年生が「入りたい」と電話をしてくるという。
ハワイアンズ営業部マネジャーの若松貴司さんは「高校生や中学生からの問い合わせが多く『高校を中退してもいい』という生徒までいました。慌てて『応募は卒業まで待って』と諭している状態です」と苦笑する。
人気と軌を一にして、ハワイアンズは施設改修に着手。3月には流水プールを全面改修。「ワイワイ・オハナ」と名付けたジャングル、滝、洞窟(どうくつ)など古代のハワイを演出した施設をリニュアルオープン。18年度の入場者数は前年度より3万5000人多い154万6000人を記録した。
波及効果は、いわき市内の観光施設やいわき湯本温泉などにも及ぶ。
「映画『フラガール』を応援する会」(櫛田一男会長)によると、常磐炭田の坑道などが再現されている「いわき市石炭・化石館」(佐藤美佐子館長)の18年10、11月の入場者数は2万6500人と、前年同期比で28・5%の伸び。「いい時期に館長を務めさせてもらいました。これからも全国から観光客が訪れる施設として定着させたいですね」(佐藤館長)と張り切る。
この人気を逃すまいと、新たな観光戦略も動き出した。1月に発足したのが「いわきヘリテージ(遺産)ツーリズム協議会」。明治以降、日本近代化の礎となった炭鉱などの産業遺産などをめぐる観光コースを作って観光振興を図る作戦だ。
石炭・化石館だけでなく、近くの弥勒沢炭鉱資料館、ズリ山(石炭くずの山)跡、産業戦士の像、炭鉱長屋(炭住)など、炭鉱と炭鉱を取り巻く人々の暮らしをトータルにとらえ、当時の日本を支えたエネルギー産業の全体像を見てもらおうというのが狙い。
協議会の会長で、いわき市観光物産協会長の里見庫男さんは、すでに2月から観光コースのモデル作りに挑戦。自ら歴史解説を担当する熱の入れようだ。櫛田市長も「全国規模のフラダンス競技会もやってみたい」と夢を語る。
もともと炭鉱は「一山一家」の文化を持っていた。映画「フラガール」で、地元に再び、「一山一家」の協力精神が戻ってきたのかもしれない。
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■フラガールのモデルに聞く
蒼井優が演じた谷川紀美子のモデルとなった常磐音楽舞踊学院教授、小野恵美子さん(63)に聞いた。
--「フラガール」は大成功でした
「驚きました。こんなになるとは思いませんでした。映画の中身がすばらしかった。実際にあった話ということもあり、忘れかけていた人と人とのふれあいが受けたんでしょうね」
--小野さんがフラガールになったのは
「私は炭鉱の娘。地元の女子高を卒業して常磐炭砿東京本社で3年間、事務の仕事をし、1期生として常磐音楽舞踊学院に入りました。以来42年間、フラ文化にかかわってきました」
--トップダンサーを10年務めた視線で、蒼井優の演技はどうでしたか
「最高です。私も、あんなにしっかりしたいものです。わずか2カ月でうまく踊れるようになっていました。実は、撮影では上達が早すぎて戸惑ったほどです。『少しずつうまくならないと…』と監督に声をかけたこともありました」
--舞踊学院のかたわら、エミ・バレエスクールでも、生徒たちを教えています。これからのフラダンスは
「フラダンスは手話のようなもの。手の動きすべてに意味があります。批判もあり、元来の民族舞踊の形を崩すのは難しいのですが、やはり日本人らしく、ショーのときはショーらしくやらないと受けません。日本での新たなフラダンスの可能性を探ることが、今後の課題でしょうか」
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■スパリゾートハワイアンズ 常磐炭田の採掘は江戸時代に始まる。昭和19年3月に2社が合併して常磐炭砿が発足。40年に常磐音楽舞踊学院設立。41年には常磐ハワイアンセンターオープン。45年、常磐興産に社名変更。51年に常磐炭砿が全面閉山すると、日本初の屋内流水プール、ホテルなどをオープンさせ、平成2年に「スパリゾートハワイアンズ」と名称変更。日本一の大露天風呂でも有名。18年2月に入場者数が5000万人を突破した。入場料金は大人3150円、小人2000円、幼児1400円。福島県いわき市常磐藤原町蕨平50。(電)0246・43・3191。
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