「プア充」提言 社会豊かな日本では低収入でも幸せ生活可能

「年収300万円だからこそ、豊かで幸せな日々を送ることができる」
 こう提言するのは『プア充―高収入は、要らない―』(早川書房刊)を上梓した宗教学者の島田裕巳氏だ。島田氏がプア充のすすめを説く。
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「お金は、あればあるほど幸せになれる」 「辛い仕事でも、我慢して働いていれば、そのうちきっと報われる」
 果たしてそうだろうか。むしろ稼げば稼ぐほど、お金に対する不安や執着や欲望が増すのではないか。また、右肩上がりの経済成長が終わった日本では、がむしゃらに働いても、その労働に見合った収入を得るのは難しくなっている。特別な才能がないと高収入は期待できず、今後、格差はますます広がっていくだろう。そんな時代だからこそ、自分にとって豊かで幸せな生き方とはどのようなものかを改めて問い直す必要がある。
 私が提案するのは、会社に縛られずにそこそこ働き、年収300万円ぐらいで自分の生活を充実させていく「プア充」という生き方である。東洋の「小欲知足」(欲を持ちすぎず、現在の状態に満足する)という思想を、現代の日本に合う形にアレンジしたものだ。収入が低いからこそ豊かで安定した生活ができて、楽しく幸せに生きられるという考え方である。
 年収300万円というと、「それってワーキングプアじゃない?」「貯金できないし、結婚もできない」と思うかもしれない。しかし今の日本では、むしろ楽しく幸せに暮らしていくことができるのだ。
 その理由を説明しよう。会社で働いていると、今月より来月、今年より来年というように、常に成長していないと存在意義がないと考えがちだ。確かに会社は株主に利益をもたらすためにあるものだから、成長という使命からは逃れられない。
 しかし個人が「成長しなければならない」というプレッシャーにあおられると、過剰な労働に体を酷使してでも「もっと稼がなくては」という気持ちが際限なく湧いてくる。年収300万円を超えると、今度は350万円、次は400万円、さらに500万円といった具合に……。
でも、そうなったら稼いでも稼いでも、永遠に満足することはないだろう。あれも欲しい、これも欲しい、だからもっとお金が欲しいなどと、お金に対する執着や欲望が増し、歯止めが利かなくなってしまう。
 さらに、稼いだら稼いだで、やれマイホームだのマイカーだのと、周りからいろんな誘惑がある。いったんローンを組んでマイホームを買ってしまうと、定年までローンに縛られる。お金を稼いでもローン返済に回さなければならないから、本人や家族の趣味や娯楽など、本当の楽しみのために使えるお金は残らない。稼いでいるのにお金がない状況に陥り、ますます「稼がなければ」と焦ってしまう。そんな生活は楽しくないし、幸せでもない。
 今の日本は社会全体が豊かになっているから、たいしたお金がなくてもそこそこの生活は維持できる。街を歩けばいろんな催しやイベントを行なっているし、無料で楽しめる娯楽もいっぱいある。社会インフラも整っていて、美術館や博物館に行けばわずかなお金で芸術作品を鑑賞できるし、知的好奇心を刺激するものを見ることができる。金額に比例して楽しさが増えるわけではない。
 欲を持ちすぎず、無駄な出費を抑え、社会の恩恵をうまく利用すれば、年収300万円でも豊かで楽しい暮らしができるのだ。
※SAPIO2013年11月号

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