「ホテルの賞味期限は10年」 インバウンド向けに急増したホテルが直面する“厳しすぎる”現実

 前編「コロナ禍のホテルで激増した『テレワークプラン』 “大きな声では言えない”ニーズがあった!」では、コロナ禍で意外に堅調だったカップル需要について分析、健闘を見せたレジャーホテルについての実情にも触れた。

 実はこうしたカップルによるデイユース需要は、コロナ禍前であればレジャー(ラブ)ホテルが十八番とされ、表向きにはニュースにならなかった。しかし、過去にさかのぼると、伝統的な高級ホテルでも午後チェックイン/深夜にチェックアウトというケースは散見されたという。

 チェックアウトした客室をすぐに清掃し、もう一度販売するスタイルは、現場では常識的な運用として捉えられてきた。最初からデイユースで売れば効率的だし、もっと需要は取り込めるのだろうが、表立ってそれをやってしまっては「高級ホテルなのにラブホテル?」と格が下がる。

 いずれにしてもコロナ禍は「高級ホテルが堂々とデイユースを売れるようになった」とみることもできる。一方で、宿泊特化型ホテルでも、雰囲気を重視したホテル作りやデイユースの積極的な売り出しなど、あからさまなカップル需要奪取の傾向がみられる。

 事実、郊外の某レジャーホテル運営者が危惧していたのが、カップル需要が宿泊特化型ホテルへ移行していることだという。

 コロナ禍においても、いや、コロナ禍ゆえスモールラグジュアリーホテルが奮闘していることは、「1泊20万円超も コロナ禍なのに高級ホテルが続々開業するワケ」で指摘した。それもやはり、カップル需要にフォーカスしたハード作りや運営スタイルを際立たせてきた施設の強さが顕著になったともいえる。

 旅行の形態を変化させたコロナ禍であるが、従来の常識が通用しなくなっていることは何よりホテル自身が最も感じていることだろう。景況による影響はカップル需要においては別次元の話であることを述べてきたが、それは女性に支持されるホテルの強さとも換言できる。すなわち、ホテルの運営も女性目線の重要性がよりフォーカスされているのだ。

 Go Toトラベル再開や旅行需要の戻りも期待される2022年のホテル業界。今後出張需要も望めないといわれる中、宿泊特化型ホテルも観光需要の取り込みに向け、若い世代からシニア層まで“3世代”に幅広く支持される観点が重視される。幅広い世代が快適なホテルとなるには、何より“女性目線”が肝要であることは確かだ。

●多様な業態がフォーカスされる

筆者は、ホテル評論家になって以来約8年間、業態を横断的に評論するスタンスを堅持してきた。業態とは、シティーホテルやビジネスホテル、リゾートホテルをはじめ、旅館、レジャー(ラブ)ホテル、カプセルホテルやホステルといったカテゴリーのこと。評論にとって比較することは重要な要素であり、比べてはじめて見えてくることを大切にしてきた。

 実際、インバウンド活況からコロナ禍と激変した業界と共にあった評論家仕事においては、比べてはじめて分かる体験のオンパレードであった。簡素さから豪華さへ変貌を遂げる宿泊特化型ホテル(ビジネスホテル)など、業態のボーダーレス化もひしひしと感じていた。その点を当初から指摘していたが、正直業界内でもあまり相手にされなかった。

 当時のホテルジャーナルの世界では、ホテルといえば“華やかなラグジュアリー”が席巻しており、ビジネスホテルやカプセルホテルにフォーカスしていた自身は奇異な目で見られたものだ。

 時に高級ホテルの取材現場で他のメディア関係者に会うと「タキザワさんこういうところにも来るんですね~」「ビジネスやカプセルはタキザワさん専門ですよね?」などと、からかい半分で揶揄(やゆ)されたこともあった。

 その後、隆盛していったインバウンド需要の高まりと旅行者嗜好(しこう)の多様化により、各業態が新たなチャレンジを続け、結果として宿泊業全体で従来の概念が通用しなくなっていった。その結果、ラグジュアリーを尊んでいたホテルジャーナルも、ビジネスホテルやカプセルホテルにフォーカスするようになった。

 国策ともいえるインバウンド活況~東京オリンピックが、宿泊施設の供給過剰を生み出したことについて今回は触れないが、各業態で過去の常識が通用しない進化をもたらした。それは、現場で日々奮闘しているホテルスタッフの知恵の集結でもあり、ゲストから支持されるホテルとは何か? と問い続けている姿でもある。

●コロナ禍で淘汰される宿泊施設

 観光需要の高まりによる活況から一転したコロナ禍の宿泊施設。誤解を恐れず表現すると“淘汰”されてきたのも確かだ。

 本来ならすでに需要のなかったような、経営基盤も脆弱な個別の経年施設がインバウンド需要に支えられ、生きながらえてきたのは事実であった。あるいは、インバウンドありきで拙速な開業・展開を進めた宿泊特化型ホテルも実際淘汰されている。そうした傾向はまだまだ続いていくと考えられる。

 いずれもコロナ禍で廃業した施設の傾向と見られているが、実際には、経営基盤の脆弱さに加え、インバウンド需要の消失で経営が立ち行かなくなったという側面がある。

 業界にとって“カンフル剤”ともいえるGo Toトラベルや自治体の観光需要の喚起施策も、延命治療的な効果はあっただろう。山あれば谷あり、インバウンド活況からのコロナ禍による需要低迷はホテルの実力をあらためて露呈させた。

 コロナ禍は生活様式や旅のスタイルも変化させた。これまでの旅行の常識へ完全に戻ることはないのだろうが、来たるべきインバウンド需要の回復を見越した新規開業が続いている。

 ラグジュアリーホテルについては今後も一定のマーケットがあるというのが業界内でよく言われる話だ。一方で着目すべきは、供給過多のフェーズにある宿泊特化型ホテル。

 インバウンド活況下で増え続けた宿泊特化型ホテルにとって、“差別化”は重要なキーワードであったが、奇抜でセンセーショナルなコンセプトやアイデア勝負といったプランの打ち出しは、もはや当たり前になりつつある。

 業界のセミナーなどで筆者が時々話すのが「ホテルの賞味期限は10年」ということだ。多額の費用をかけて誕生するホテルだが、それだけにもちろん数十年といったスパンでの運営が前提となる。

 賞味期限という言葉には、「奇抜なハードとはいえ10年くらいすると新鮮味はなくなってくる」といった意味もある。また、実際にあらゆる場所で補修が必要になっていくし、安普請(やすぶしん)ほど経年による後遺症も重い。宿泊特化型ホテルを中心に供給過剰である現状について触れたが、それはすなわち数十年後には、多くの経年ホテルを誕生させることも意味する。

 コロナ禍による淘汰が明らかにしたことがある。それは、ハリボテ的な見た目のカッコ良さではなく、質の勝負が重要になってきているということだ。ビジネスの持続可能性という観点からも、質の勝負が今後より一層求められるようになるのではないか。10年を経ると表向きな装いから質があらわになる。20年後に熟成しているホテルはどのくらいあるのだろうか。

瀧澤信秋(たきざわ のぶあき/ホテル評論家 旅行作家)

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