模倣品は新たなビジネスモデルとなりうるか
先月、アリババグループ創業者であるジャック・マー会長の、ある発言が物議を醸した。その内容は次のようなものだった。
「中国製の模倣品は、正規品よりずっといい」――
今年4月、国際模倣対策連合(IACC)に加入したアリババグループだったが、5月に除名されるという騒動があった。アリババといえば、同グループが運営 する「タオバオ」や「Tmall」などの通販サイトで欧米ブランドのコピー品が大量に流通している。欧米社会では“悪名高き存在”といわれ、グッチやサン ローランなどの加盟企業との間で不協和音が生じたのだ。
一方で上記の“ジャック・マー発言”は、正規品を常識とする国際社会の秩序に一撃を食らわせることにもなった。資格取り消しに対する居直りとも受け止められるが、ジャック・マー氏発言の主旨をせんじ詰めれば次のようなものになる。
「世 界のブランドは、中国の安上がりな製造業に依存することで利潤を得た。ところが、(下請けだった)メーカーは長年のうちに知恵をつけ、直接、消費者に販売 するようになった。しかもその商品は正規品より優れ、価格も安く、もはや模倣品とは言えない。すなわちこれは、新たなビジネスモデルによる正規品の瓦解だ といえるだろう」
品質向上したコピー品
2000年代前半、外資企業は中国を「世界の工場」ともてはやし、先を競って進出した。
代表例が自動車業界である。完成車メーカーは、中国への進出を目指すと同時に部品調達ルートの確保に血道を上げた。2次請け、3次請けと呼ばれるサプライヤーがこれに付いていき、中国企業と合弁するケースもあれば、中国企業に直接注文を出すケースもあった。
こうしたプロセスを経て、中国企業は相当に鍛えられた。かつて中国で自動車部品工場を立ち上げた中国人の元総経理はこうコメントしている。
「当時は外観重視で、品質レベルは全く劣っていました。しかし先進国からの技術指導が進んだ今、中国の工場ではレース用など超高度な部品を除けば、いまやどんな部品でも作れるレベルに達したといえるでしょう」
コピー品問題は「日本企業が中国で現地生産を始めた2000年代から始まった」と言われているが、それには日本企業の対中進出と切っても切れない密接な関係がある。
前回(「中国製粗悪コピー品が日本の自動車部品市場を蝕む」)、前々回(「中国製のレクサス偽エンブレムが蔓延る通販サイトの闇」)と自動車部品の中国製コピー品問題について触れたが、ここでもう一度整理しておこう。
日本における自動車の補修用部品には、メーカーのブランドがついた純正部品と、同様なスペックの部品でブランドを外して売られる「社外品」と呼ばれる部品がある。質の面では純正部品と比べても遜色がないことから、関連団体では「第二純正品」や「優良部品」と呼んでいる。
さらにこれに加わるのが「輸入部品」である。「輸入部品」は大きく「中国の日系工場が生産した部品」、「品質保証のもとで大手商社が輸入した部品」、そして「中国企業が生産した部品」に分けられる。
こうした「輸入部品」に紛れ込んで日本国内に流通するのがコピー品だ。知的財産権を侵害したものを私たちはコピー品と呼んでいるが、例えば、ホンダやヤマ ハなどによる製造でないにもかかわらず同一のロゴマークなどを付けるのはもちろん、「HANDA」や「YANAHA」など類似・酷似したロゴを付けるのも 商標権の侵害だ。ロゴがなくとも、デザインを真似れば意匠権の侵害になる。
中国では事故車の56%がコピー部品を使用
その一方で、自動車の補修用部品の輸入品には、コピー品をカテゴリーに含む「イミテーション部品」という存在がある。これら部品は同じ製造者によって生産 されている可能性が高いが、後者はデザインや製法特許、商標権など知的財産権を侵害するものではない“ノーブランド部品”にとどまる。
この「イミテーション部品」も近年その性能を上げてきているのだが、品質および安全性が担保されておらず、また寿命は純正品と比べて短く、出所をトレースできないという難点を抱えているため、「自動車部品として使えるのか」という根本的な問題が払拭できないでいた。
こうした「イミテーション部品」はすでに日本市場で流通している。自動車部品の関連団体によれば、この中国製の「イミテーション部品」は、「中国からの売 り込みなど、本来の供給ルートとは異なるルートで入ってくる」という。日本で高く売れることから、近年、日本のアフターマーケットへの進出が加速している のだ。
もっとも、品質管理に不透明さが残るゆえに「イミテーション部品」は手放しで受け入れられないことは上述したとおりで、自動車部品 の専門家も「日本の部品メーカーは欠陥品の出る確率を100万分の1と厳しく管理するのに対し、『イミテーション部品』については100分の1から 1000分の1程度と、それより相当緩い管理体制で生産されている可能性が高い」と警戒する。
本家本元の中国でも「イミテーション部品」 が流通している。フロントガラスのコピー品が安く出回り、割れた破片が刺さって死亡者を出す事故があったが、これも「イミテーション部品」が招いた事故で ある。ガラスに限らず、中国ではありとあらゆる自動車部品に「イミテーション部品」が存在し、それによって多くの事故が起きている。中国自動車工業協会が 出した2013年の統計によれば、事故車の56%にコピー部品・粗悪部品が搭載されていた。
2014年、アクセルペダルのアームの不具合 を理由に、アストン・マーティン車の大規模リコールが起こった。このアクセルペダルのアームは中国製。下請けの深センのプラスチック成型工場が、完成車 メーカーの指定を無視して劣悪な原料を使用したことから事故につながったと言われている。
中国には、コピー品とは呼べないものの、劣悪な材料や部品が大量に流通している。こうした劣悪品がはばかることなく流通するのは、安全よりもコストが優先されるからだ。
ちなみに「イミテーション部品」の需要については、「生産打ち切り」に起因する使用動機もあることを補足しておこう。古い車種の場合、ボンネットやバン パーなど購入しようにも、すでに生産はない。一部のマニアには「ドイツからパーツを取り寄せるには3ヵ月かかるので、オークションでやむなく落札した」な ど、供給停止を克服するための代替手段として「イミテーション部品」を購入するユーザーもいる。
もっともブレーキやエンジンパーツ、エア バッグなどの保安部品に至っては、「怖くて手が出せない」という声が圧倒的だ。そんな「イミテーション部品」だが、奇しくもジャック・マー氏が主張するコ ピー品も高品質化する時代において、それらは「純正品」に追いつけ追い越せと、その技術力を高めている。
「イミテーション部品の格上げ」という発想
日本のインターネット上には多くの利用者からの好評を得ている工具通販サイトがあるが、ここでも商品の玉石混交が問題となっている。ブランド名のある部品の中に、上述したような「イミテーション部品」が多数混在しており、消費者の誤認を引き起こしているのだ。
イミテーション部品の問題は「販売上での混在」にもあると指摘するのは、自動車補修部品業界の関係者だ。「イミテーション部品であるにもかかわらず、それを“同じ棚”に並べていたから混乱を招いた」と話す。
その一方、「これをきちんと棲み分ければ、業界全体が今後大きく発展できるのではないか」(同)とも期待を寄せる。
「メー カーの純正部品は高品質を保証するものですが、そのため価格に反映し、過剰品質だとも言われてきました。そもそも自動車のユーザーも月2万キロを走る長距 離ユーザーから、レジャー利用などのライトユーザーもいる。また、舗装されていない道路を走る、寒冷地を走るなどと、利用の目的はさまざまです。ならば、 部品も地域や用途別に選べるようにするべきで、補修用部品においても、消費者の選択の幅をもっと広げてもいいのではないでしょうか」(同)
車を購入した後、消費者が直面するのは高額な部品代や修理代である。それを理由に維持困難になり車を手放すユーザーすらいる。だが、「買い手のニーズ」に あった部品の流通が可能になれば、消費者のみならず事業者をも利することになり、部品市場の発展、ひいては自動車産業全体の発展が期待できる。
そこで「イミテーション部品の格上げ」がカギとなるのだが、それを実現させるには品質および安全性を担保し、正規の流通ルートに乗せる必要があるというわけだ。他方、この整備には既存の部品メーカーの生き残りという課題も残り、その道のりは決して平坦ではない。
そもそも正規品が高すぎる?
話をコピー品の存在に戻せば、そもそもこの中国製の精巧かつ安価なニセモノが突き付けたのは、それを選ぶ消費者側からの「正規品の価格は高すぎはしない か?」という問題提起でもあった。前回までのコラムでお伝えしたように、日本においてコピー品が消費者の選択に入り込むのは、相対的に「正規品の価格設定 が高い」からでもある。自動車の補修部品の流通についていえば、今後はこうした“消費者目線”も深く考慮する必要があるだろう。
一方で、過去に「猿真似」と国際社会の批判を浴びた日本が技術力を向上させたように、中国でも今、「コピー品を卒業」しようとする過渡期にある。
仮に「イミテーション部品」という選択肢を取り込もうと模索する日本市場が、その一部を中国製部品に開放したならば、少なくとも従来のコピー品製造者は「ニセモノ」商売から足を洗い、日本市場が求めるような性能と品質の追求に方向転換を図ることも考えられる。
また、「イミテーション部品」のジャンルとグレードをきちんと棲み分け、消費者にもわかりやすく販売することは、補修用自動車部品市場に存在するコピー品問題のひとつの解決の糸口にもなる可能性はある。
玉石混交する自動車の補修部品市場だが、このまま放置してすれば影響力ある“中国のものづくり” に日本市場がどんどん歪められてしまう。そうはさせないためにも、法律や制度の見直しや流通構造の変革、あるいはそれとの共存の模索など、新たな取り組みが求められている。