「人の心を動かす」3つの法則

時代とともに言葉が生まれ、意味が移り変わっていくのは日本語も英語も同じ。それなのに、英語は高校や大学で学んだまま。この言い方で、ちゃんと伝わっているんだろうか……。そんな不安を抱えているあなた。単語選びやちょっとしたあいづち、発声で、あなたの英語は見違えるのだ。AERA 2017年2月6日号は、SNS時代に生まれた新しい単語、名スピーチに共通の「心を動かすポイント」と共に、「惜しい」英語からの脱却法を特集。今回は、オバマ前大統領をはじめ、世界な著名人たちの名スピーチに隠された人の心を動かす3つの法則に迫る。

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具体的な「心を動かす法則」の説明に入る前に、英語のスピーチの大前提を押さえておきたい。それは、英語圏ではスピーチとは、「聞いている人に共感してもらう」、あるいは「何らかの行動を起こしてもらう」ためのコミュニケーション手段だと考えられているということだ。

一方、日本のスピーチは「ごあいさつ」的要素が多く、ともするとそれだけで終わってしまうこともある。東京工業大学講師で『「伝わる英語」習得術』(朝日新書)の著書がある原賀真紀子さんは言う。

人の心を動かすスピーチの法則は三つ。一つ目は「原点から話す」だ (写真はイメージ) © dot. 人の心を動かすスピーチの法則は三つ。一つ目は「原点から話す」だ (写真はイメージ)

「deliver a speechという表現からもわかるように、英語では相手に届けるという意識が大事です。日本人の『惜しい』スピーチには、その意識が欠けていることが多い」

原賀さんと、『大統領の演説』(角川新書)の著書もあるタレントのパックンことパトリック・ハーランさんに、名スピーチに共通の「心を動かす法則」を聞いた。

二人が挙げた法則は三つ。一つ目は「原点から話す」だ。

パックンによれば、歴史から話し始めるというやり方は、人の心を動かすスピーチの定番だ。大統領のスピーチなど8割が、この形式だという。例えば、職場のリーダーとしてスピーチする必要に迫られたら、自分や仲間にとっての「原点」を冒頭で振り返るといい。そうすると、

「いま、なぜみんなで頑張っているのかという意味や感謝の気持ちが伝わりやすくなるんです」(パックン)

演説の名手とされる米国のバラク・オバマ前大統領(55)が1月の退任演説で、冒頭で聴衆への謝意を述べた直後に、「私が初めてシカゴに来たのは……」と語り出し、自身の政治家としての出発点となった体験を振り返ったのは、この「原点から話す」の好例だ。

●仲間なんだと思わせる

さらにパックンは、聴衆が「自分のことを話してくれている」と感じられる言葉を使うのもポイントだと話す。オバマ前大統領が口にした「教会の仲間」、「労働者たち」、「普通の人々」といった言葉がそれだ。そこに、「閉鎖された製鋼所の暗がりに」などと、短いながらも情景が目に浮かぶような描写を加えると、さらに効果的だという。

「ハリー・ポッター」シリーズで一躍有名になった女優、エマ・ワトソン(26)の男女平等についてのスピーチも、性別に基づく固定観念に疑問を持つようになった自分の原点を、「8歳のとき」「14歳になると」「15歳になると」「18歳になると」と具体的に振り返っている。

ソフトバンクグループ代表の孫正義(59)に至っては、スピーチをいきなり「私はアメリカを愛しています」で始めている。アメリカを「第2の故郷」と感じ、感謝しているからこそ、自社のサービスをアメリカに広めたいのだ、と自らの訴えにつなげる流れだ。

「『愛しています』の一言で、アメリカの聴衆は『この人は自分たちの仲間なんだ』と感じ、スピーチを聞く気になる。孫さんは日本人的なアクセントを変に直そうとせず、ゆっくり堂々と話しているところもいい」(パックン)

二つ目の法則は、「ストーリーを語る」だ。

英語の名スピーチには必ず、具体的なストーリーがちりばめられている。日本人なら省いてしまいそうなことも詳細に話すのがミソだ。

フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグ(47)は、大学の卒業式で「夫の死」という個人的体験から学んだことを語っているが、その際、夫の棺が地中に埋められる状況まで描写している。

「通常、スピーチの内容の8割は忘れられるといいます。だからこそインパクトのある逸話を入れることが重要になる」(原賀さん)

アマゾンCEOのジェフ・ベゾス(53)が、幼い頃に祖父に言われた言葉をそのまま引用したり、映画監督スティーブン・スピルバーグ(70)が、「スター・ウォーズ」や自らの代表作である「インディ・ジョーンズ」のエピソードに即して語っているのも「記憶に残るストーリー」と言えるだろう。

●力強い3連打で締める

三つ目の法則は「魔法の数字『3』と『道しるべ』を意識すること」。

これは日本語でも言えることだが、「3」は、良いスピーチに共通する魔法の数字だ。

「同じ構成の文章、同じようなリズムの単語を三つ繰り返す。これは、何千年も前から使われてきた古典的テクニックです。なぜか人は、三つ並んでいると納得しちゃう」(パックン)

前出の演説でオバマ前大統領は、If構文を3回繰り返し、その段落の最後は「隠れず、飛び込んで、その場所でがんばって」という力強い3連打で締めている。

原賀さんが最近、大学の講義で、良いプレゼンのお手本として取り上げることが多いという社会活動家、アンドリュー・ユーンのスピーチも、古代ギリシャの学者アルキメデスに倣って、貧困問題と闘うための「三つのテコ」で全体を構成している。

●聴衆を迷子にしない

さらに原賀さんは、彼が多用した「道しるべ」的フレーズに注目した。抜粋した部分にはそのフレーズはないが、長いスピーチの場合、

「これから農業の最も基本的な3要素について説明します(let me walk you through the most basic factors in farming)」

「では、これまでの農業の話から普遍化してまとめていきます(I’m going to wrap up by generalizing beyond just farming)」

などと、これから何について話すのかを明示するフレーズを挟むのがコツだという。

聞き手は、全体のスピーチの中で自分はいま、どういう位置付けの部分を聞いているのかが明確になるので、迷子になることなく最後まで話についてきてくれる。

例に挙げたスピーチはいずれも、日本人が聞き取りやすいものばかりだ。聞けば、あなたの心もきっと動く。

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