「低学歴国日本」の大学進学率は韓国の3分の2、なぜこんなに低いのか

米国や韓国に比べ際立つ低さ 大学進学率は短大を含め64%

 日本の大学進学率は54.4%だ。短大まで含めると64.1%になる。

 ところが、この値はアメリカでは88.3%という高さだ。アメリカは日本よりずいぶん高学歴社会だと驚く。

 さらに驚くべきことに、韓国では大学進学率は95%にもなる(注)。

 大学など高等教育機関での教育は、国の将来を担う人材育成のために重要な役割を果たす。

 だから、アメリカや韓国に比べて日本の進学率がなぜ低いのか、その原因を真剣に考える必要がある。

 原因の一つとして、日本で大学進学が経済的に見て合理的なものかどうか、ということがある。

 生涯賃金を単純に比較すると、大学に進学することは経済的に割に合うように思われる。しかし、問題は、大学進学に要した費用を取り戻すまでに日本では非常に長い時間がかかることだ。、

 50歳代の半ばまで取り戻せない可能性があるのだ。

大学で勉強するための費用 「教育ローン」も有利子

 大学で勉強するための費用として、まず学費がある。

 文部科学省などの資料によると、大学の4年間(医歯系や薬学部は6年間)での学費は、国立大学で約243万円、私立大学の文科系で約398万円、理科系では約542万円、医歯系では約2357万円だ。

 また、大学に進学すると、働けば得られる収入を放棄することになる。

(注)日本の大学進学率は2020年の値で、文部科学省『学校基本調査』による。短大まで含めた値は18年の値で世界銀行の資料による。 

 賃金構造基本調査のデータから推測すると、高校卒業後すぐに働かなかったことによる逸失収入額の平均値は、男性で875.52万円、女性で837.6万円だ。

 親元を離れて一人暮らしする場合には、家賃や生活費などもかかる。

 日本政策金融公庫『教育費負担の実態調査結果』(2021年12月)によると、自宅外通学者のいる世帯の割合は全体の28.1%だ。

 大学進学のために私立の中学・高校や塾に通わせたりすると、さらに費用がかかる。

 大学進学を経済的に支援する制度はどうなっているだろうか。

 日本学生支援機構の給付型奨学金は、返済の必要はないが、世帯収入に厳しい制限がある。また、給付額も十分とはいえない。授業料はカバーしても、逸失所得や生活費までカバーするのは難しい。

 この部分をカバーするためには、貸与型奨学金を利用する必要がある。これは返済が必要だ。ただし、利率は低い。

 日本政策金融公庫による教育ローンは、「国の教育ローン」と呼ばれる。これは、年利が1.65%と低いが、借り入れの上限は350万円だ。

 民間の金融機関による「教育ローン」は、額は多くなるが、金利は年2~3%程度のものが多い。

生涯所得の差で 大学進学は正当化できるか?

 他方で収入はどうか。大学卒の収入は高校卒の収入より一般に高い。

 労働政策研究・研修機構による『ユースフル労働統計2020』のデータによると、2018年時点の学歴別に見た生涯賃金(就職から定年まで同一企業に勤続した場合の金額。定年は60歳、男性)は、高校卒が2億6000万円に対して、大学卒は2億9000万円だ。3000万円の差がある。

 この数字には退職金や年金は含まれていない。これらを含めれば差はもっと大きくなる。

 この収入差と前記の進学にかかる費用の数字を比べて、「大学進学は経済的に見て十分採算に合う」とする考えがある。

 しかし、その考えには問題がある。なぜなら、上記の数字は将来の収入を単純に足しただけであって、いつまでに費用を回収できるかという観点がないからだ。また、将来の額を「割り引く」という操作も行なっていない。

 これでは、大学進学を経済的に判断する指標としては役に立たない。

割引率ゼロの場合は 進学費用取り戻すのは40代中頃

 以上を考慮して、高校卒と大学卒の生涯賃金を比較してみた。結果は図表2のとおりだ。

 図表のAとBは、大学卒と高校卒の年収を示す(『賃金構造基本調査」による2020年の値)。

 C欄は、AとBの差に当該欄の年数を掛けたものだ。

 D欄は、C欄の数字の累積値を示す(D欄では、将来の値について割引を行なっていない)。

 大学卒業時点で、Dは875.5万円になる。これは、大学在学中は働かなかったことによる逸失収入だ。

 D欄の数字は、年齢が上がるにつれてマイナスの絶対値が減り、30代の後半でプラスに転じる。つまり、逸失収入を取り戻すのに15年程度かかることになる。

 D欄の数字は、40代の中頃に1000万円となる。大学時の学費や生活費が1000万円程度であれば、この時点で取り戻せることになる。

 D欄の数字は、最終的には約6000万円に達する。

割引率を考慮すると、進学費用を 取り戻すのに30年以上かかる

 仮に教育ローンなどで無利子、無担保で、制限のない借り入れが可能であれば、D欄に示したような計数が一定の意味を持つ。しかし、実際にはそのような貸し付けはない。

 上記のように、国の教育ローンといわれるもの(日本政策金融公庫融資)は、利子率は低いが、融資限度は少ない。

 民間金融機関が提供する「教育ローン」には、融資限度が1000万円程度のものがあるが、利子率は3%程度だ。

 こうしたことを考えると、将来得られる収入は割り引いて評価すべきことが分かる。「遠くのものは小さく見える」という遠近法の原理と同じことを、時間についても当てはめる必要があるのだ。

 そこで、割引率を3%として、将来の値を割り引く計算を行なった結果がE欄に示したものだ。

 累計額がプラスに転じるのは、40代の前半になる。Dの場合より5年程度遅れる。

 そして、累積額が1000万円を超すのは54歳頃になる。

 この時期は年間所得額がピークにになる年齢だが、子供がいれば大学生である年齢だ。

 大学生活のために授業料を含めて1000万円が必要なら、大学卒業後、この時点まで30年もの間、その金額を取り戻せないということになる。

教育投資にあまりに長い回収期間 高卒との生涯所得差は2000万円未満

 大学進学を経済的投資と見る観点からいえば、回収期間があまりに長い投資だということになるだろう。

 そして将来、得られる収入を割り引いて計算すると、大学卒と高校卒の生涯所得の差は、ほぼ2000万円だ。Dの計数に比べると、大幅に低くなる。

 なお、女性について同じ計算を行なうと、つぎの結果が得られる(割引率がゼロの場合)。

 第1に、逸失所得は30代後半に取り戻せる。これは、男性の場合と同じだ。

 第2に、40代前半に1000万円を取り戻せる。これは男性の場合より早い。

 第3に、生涯所得の差は5574万円だ。

大学進学の経済的メリット少ない 報酬体系見直しや教育ローン拡充を

 以上で示したように、日本で問題なのは、教育に投資した額を取り戻すのに非常に長い年数が必要なことだ。

 こうなるのは2つの理由がある。

 第1は、年功序列的賃金体系のために、大学卒と高校卒の間で、若年期での所得格差が少ないことだ。

 第2は、専門家の知識への報酬が少ないことだ。この問題は、本コラム(2022年2月3日付)「日本の大学院卒初任給は306万円、米国の5分の1以下にした教育の機能不全」で指摘したことと通じる。

 こうしたことのために大学進学率が低くなっているのであれば、大きな問題だ。

 企業が報酬体系の見直しを行なうことが重要だ。

 また、低金利の教育ローンを拡充する必要がある。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)

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