iPhone 16シリーズが中国市場で苦戦している。不調と言われたiPhone 15シリーズの販売台数をも割り込みそうな情勢だ。アップルはグローバル企業のブランド価値評価ランキング「Best Global Brands」で12年連続1位を獲得するなど、確固たる「ブランド力」で地位を築いてきたが、中国市場では今や値引きが常態化している。中国でiPhoneが選ばれない理由を探ると、アップルにとって深刻な「2つの後れ」が見えてきた。 【詳細な図や写真】2024年Q3の中国市場でのスマホ出荷シェア。7-9月期であるためアップルのシェアが最も低下する時期(アップルの新機種の発売は9月下旬)とはいえ、アップルは中国市場で第6位にまで沈んでいる(出典:カウンターポイント「China Smartphone Shipments Market Share」、ロゴ:Jupu/Shutterstock.com)
値引きしないと売れない…中国での「アップル苦戦」は継続中
中国市場でのiPhoneの販売数が深刻な状況になってきた。販売関係者の印象は「落ちている。良くても昨年並み」で一致している。 香港の調査会社カウンターポイントは「2024年独身の日:中国のスマートフォン販売は前年比9%減」(Singles’ Day 2024: China Smartphone Sales Fall 9% YoY)と題した記事で、独身の日セール期間のiPhoneの販売台数が2023年に比べて2桁%の大きな減少となったと報じている。 中国では、11月11日を「1」が並んでいることにちなんで「独身の日」と呼ぶ。独身の日にはアリババをはじめEC各社が大型セールを行い、企業にとっては業績を左右する一大イベントとなっている。 明確なことは、アップルの第4四半期の各種統計が出なければ何とも言えない段階だが、それよりも問題なのは、iPhoneの値引きが常態化していることだ。 2023年に発売されたiPhone 15の売れ行きが不調であったことから、各機種1,000元から2,000元(約2万円から4万円)の公式値引きを行い、2024年の独身の日セールでも最大1,600元の値引きを行った。さらに、アップルの正規リセーラーは毎日のようにライブコマースを開催し、クーポンなどの優待を行っている。
スマホ出荷シェアは「6位」にまで沈下
中国は、世界の中でもiPhoneが格安で購入できる国になったが、それでも販売数が「落ちている」または「昨年並み」というのは深刻だ。2024年Q3の中国市場におけるスマホ出荷シェアを見ると、アップルは6位にまで沈んでいる状況だ。 値引きに伴い、アップルのブランド価値が低下していることも疑いようがない。アップルは日本だけでなく世界中で、値引きをしなくても売れることでブランド価値を証明してきた。中国のアップルファンの中にも寂しさを感じている人が少なくない。 アップルにとって事態が深刻と言えるのは、中国でスマホが売れないわけではなく、性能や機能を他機種と比較されたうえでiPhoneが選ばれなくなっているということだ。
「iPhone 16」より「iPhone 16 Pro Max」が売れるワケ
性能が優れた機種はもちろん売れる。たとえば、天風国際証券が調査したiPhone 16シリーズの予約状況では、最上位モデルiPhone 16 Pro Maxの割合が全体の46%にもなった。iPhone 16 Proは26%で、上位2モデルで全体の72%にもなる。 iPhone 16 Proは各メディアとも非常に高く評価している。特に動画撮影の手ぶれ補正機能が高く評価され、他機種を圧倒する評価が与えられている。多少の手ぶれであれば吸収してしまうし、アングルを急に変えても、滑らかに移動し、映像が飛ぶようなことがない。 また、デフォルト設定で自然な美しい発色になる点も評価が高い。映像の美しさではiPhoneを超える機種も登場してきているものの、細かく専門的な設定が必要になる。 中国では消費者向けビジネスを行う企業がライブコマースや動画投稿を行うのが当たり前になっており、一般人でも副業としてセルフメディア運営を行い、動画投稿をする人がたくさんいる。そのような人たちに、iPhone 16 Proは撮影機材として選ばれている。
中国でiPhoneが選ばれない本当の理由「その1」
一方、標準モデルであるiPhone 16、iPhone 16 Plusは選ばれなくなっている。性能面で中国メーカーに負け始めているからだ。というより、中国ではスマホの進化がいまだに続いている。iPhoneが決定的に後れを取り始めているのは主に2つの点だ。 1つはデバイス連携だ。iPhoneはMacやiPadとの連携がスムーズで、データをクラウド共有したり、AirDropで簡単に送信することができる。アップルデバイスを好む人は、この連携のしやすさを高く評価している。 しかし、ファーウェイは独自OS「HarmonyOS」で、この連携をより洗練された形で実現した。送信のための操作は特に必要がなく、スマホのアプリ画面をフリックして別デバイスのほうに投げると、そのデバイスにアプリ画面が現れる。 HarmonyOSは、スマホ、タブレット、PCなどで同一のOSが動いているが、アップルはiOS、iPadOS、MacOSとデバイスによりOSが異なっている。HarmonyOSではどのデバイスでも同じアプリが動くが、アップルの場合はそれができない。そのため、送受信する、クラウドを介するという操作がどうしても必要になる。 さらに、HarmonyOSは電子機器だけでなく、テレビや自動車でも動作し、周辺機器などでも対応製品が登場してきている。スマホで映画を探して、それをテレビに投げて大画面で楽しむ、駐車場に停めてある車をスマホで呼び出して自動運転で自分の目の前に召喚するということがすでに可能になっている。連携の面では、スムーズさと広がりでアップルを超えている。 2024年11月にファーウェイが発売したスマホ「Mate 70 Pro」では、手のひらの動きで写真を転送するというユニークなギミックが搭載された。写真が表示されているデバイスの前で手のひらを握り込むと写真が転送モードになる。そのまま、別のデバイスの前でこぶしを開くと写真が転送される。自分が所有しているデバイス間だけでなく、他人のデバイスにもこの方法で写真を転送することができる。 デバイスに手を触れることなく、写真を転送できるのだ。インサイドカメラで手の動きを認識して、データ転送をしているだけだが、話題性は高く、ファーウェイのデバイスが簡単にデータを転送できることを印象づけることになった。
中国でiPhoneが選ばれない本当の理由「その2」
中国でiPhoneが選ばれないもう1つの理由がバッテリーだ。現在のリチウムイオン電池は技術が成熟し、そのバッテリー容量はほぼ理論限界に達している。しかし、中国メーカー各社は2024年、続々とこの理論限界を突破し始めた。 アップルはiPhoneのバッテリー容量を公開していないが、ブラジル国家電信管理局の認証書類から明らかになっている。それによると、最上位モデルのiPhone 16 Pro Maxで4685mAhとなっている。しかし、中国メーカーの最新旗艦モデルで5000mAhを切っている機種はなく、Xiaomi 15 Proでは6100mAhにも達している。他社もほぼ6000mAh前後の容量であり、iPhoneは2年程度の後れを取っていると言える。 リチウムイオン電池の負極材料には黒鉛(グラファイト)を使うのが定石だ。グラファイトは層状の分子構造をしており、充電すると、この層の中にリチウムイオンが格納される。放電すると、このリチウムイオンが放出され、電子が供給され電力が生まれる。つまり、負極にどれだけたくさんのリチウムイオンを格納できるかでバッテリー容量が決まる。 一方、グラファイトではなく、シリコンを負極材料に使うとより多くのリチウムイオンを格納できることが知られており、理論上は20倍以上にもなる。しかし問題は、リチウムイオンがシリコンと結合をすると、シリコンの結晶構造が変わり、体積が最大3倍にも膨張してしまう。これにより負極材料が損傷する。つまり、バッテリー寿命が著しく短くなってしまうのだ。 この問題を中国メーカー各社が突破し始めている。シリコンをナノ粒子化して、グラファイトに添加するなどの手法で、シャオミはシリコンを6%添加した金沙江電池を開発し、旗艦機種からミドルレンジ機種までの搭載を始めた。また、オナー(Honor)は青海湖電池、ビボ(Vivo)は藍海電池、OnePlusはCATLとの共同開発による氷川電池など、続々と6000mAhを超えてきている。 このシリコン添加負極リチウムイオンバッテリーをどのように使うかは、各社の戦略により異なる。バッテリーの体積はほぼそのままで、バッテリー容量を大幅に向上させたスマホもあれば、バッテリー容量は微増にして体積を大幅に小さくし、スマホ本体を薄くしたり、他のパーツを搭載して性能向上を図るスマホもある。 シリコン負極は急速充電の性能も向上させている。iPhone 16の急速充電の数値は非公開だが、アップル公式では「27W以上の充電器を使用」することを求めており、さまざまなメディアの実測値によると30W程度だという。しかし、中国メーカー各社の旗艦機種では80Wから90Wの超急速充電が可能になり、0%から50%までの充電は15分を切るようになっている。この面では、iPhoneは5年以上の後れを取っている。 もちろん、これはアップルの技術革新が遅れているというよりは、アップルとしては今のバッテリー容量で問題を感じていないということだろう。現代社会は、カフェやコンビニ、空港などあらゆる場所で充電ができる環境が整い、モバイルバッテリーも簡単にレンタルすることができる。バッテリー容量をやみくもに大きくしていくことは意味のないことかもしれない。 しかし、決済から本人確認、公共交通の利用、商品の注文まで、ほぼすべての生活でスマホを利用するようになっている中国社会では、バッテリー切れは何よりも恐ろしい。そこでは、どうしてもバッテリー容量が大きく、超急速充電ができる機種を選びたくなる。
目玉のAI機能実装でも「アップルの魔法」は解けたまま
アップルは2025年4月にAI機能「Apple Intelligence」を中国にも投入する。しかし、中国メーカーの旗艦機種では、性能や使い勝手はともかく、すでにほぼすべての機種でAIがビルトインされている。ここでも、アップルは半年から1年遅れをとっていることになる。 2010年にiPhone 4が中国で発売されると、熱狂的な人気となった。その価格4,999元は、中国人労働者の平均月給3カ月分にも相当した。高価ではるかに先進的だったiPhoneは多くの人の憧れとなった。 しかし、今やアップルの魔法は完全に解けている。いちプレーヤーとして他社のスマホと比較され、選ばれるようにしなければならなくなっている。今後もアップルは中国市場では苦しい戦いを強いられることになる。それを覆す「サプライズ」があるのかどうかが注目されている。
執筆:ITジャーナリスト 牧野 武文