韓国の警察は、文在寅(ムン・ジェイン)新政権のもと、国内に大きな衝撃を与えたある“今夏の事件”を発端に、再発防止の「100日間の撲滅キャンペーン」を張って10月末まで、厳重な警戒、取り締まり体制を敷いている最中だ。
深刻な事件というのは、「北の核」以外で、韓国で長年、置き去りにされてきた国内問題である。
今夏、7月の猛暑のある日、首都・ソウル中心街で、白昼堂々、韓国人男性が元交際相手の女性を殴る蹴るなどの暴行を働いた挙句、トラックで街中を追いかけ回し、なぎ倒す様子が動画で韓国全土に“実況中継”された。
炙り出される虐待大国の実態
国民に大きなショックを与えた同事件をきっかけに、これまで国や警察の対応が生ぬるく批判されてきた韓国での女性への虐待や暴力、ひいてはDV(家庭内暴力)による離婚急増など、虐待・離婚大国、韓国の実態が炙り出されている。
「韓国人男性の8割が恋人を虐待」――。
これまで効果的な対処がなされなかったこの重大な社会問題に、新政権がどう対処するか、文政権の手腕も試されている。
今回の事件をきっかけに、こんなショッキングなデータを事件後の8月中旬、韓国刑事政策研究学院がまとめた。7月の事件は、氷山の一角であることが明らかになったというわけだ。
ちなみに、韓国国家警察によると、交際相手や配偶者の男性が女性に肉体的暴力を働いた犯罪人数は、2015年で8367人にも上り(犯罪件数は同年約31万件)、前年比で約9%増加。過去5年間では、233人の女性が殺されたという。
今回、同研究学院がまとめた統計は、2000人の韓国人男性への聞き取り調査を元にしており、その中で、約80%に相当する約1600人が、「交際中の女性を肉体的、あるいは心理的に虐待したことがある」と回答。
具体的には、「性的嫌がらせ」(約40%)、「心理的虐待」(約37%)、「肉体的暴力」(約23%)、「性的虐待・暴力」(約18%)を継続的に行っていたことが明らかになった。
性的暴力を振るった男性の4人に1人は、交際相手の同意を得ずに、性器やお尻、胸を触ったことがあるという。そして性的、心理的虐待を認めた全体の4人に1人が、交際女性に対する見せしめで、地面を激しく蹴ったり、ドアを乱暴に閉めるなどの行為を働いていた。
このほか、約100人が女性に打撲傷を負わせたり、失神、あるいは骨折させるまでの肉体的暴力を行っていたなど、恐ろしい実態も明らかになってきた。
韓国では、これらの女性への暴力や虐待への警察や国の対応が長年、批判されてきたが、現行法ではストーキングに対する罰則も「約1万円」ポッキリと非常に軽い罰金で片づけられてきた。
今回の調査でも、交際相手の女性への暴力、虐待を認めた韓国人男性のうち約7割が、家族や友人との関係や交際を規制することで、女性の行動を支配してきた問題行動も明るみに出た。
儒教や家父長制が原因と言うが・・・
その男性の支配的行動の中には、交際女性が誰と電話したり、一緒にいるかを執拗に確認したり、女性がその男性からの電話を取るまで一方的に電話し続けたり、女性の服装を指定したりしてきたことが含まれていた。
調査を行ってきた韓国の専門家は、「これらの暴力行為は、韓国にいまだ根強く残っている儒教や家父長制が原因。そのため、虐待する男性は、その行為が交際女性への虐待であると認識していない」と分析している。
しかし、韓国社会がグローバル化する中で、過去の習慣や制度に責任を転嫁すること事態、問題の根幹は根深い。
一方、韓国は軍事政権時代以降、民主化を進め経済が発展するとともに、儒教の教えを守った一昔前とは違い、離婚への抵抗が少なくなってきている。
その結果、女性への虐待や暴力などが原因の離婚が増加し続け、離婚率はOECD(経済協力開発機構)の中でもトップクラスを“維持”。
国際的に離婚率は、人口1000人当たりで離婚成立した合計数を使って算出するが、日本の厚生労働省の「平成27年(2015)人口動態統計の年間推計」では、日本の2014年の離婚率は1000人当たり「1.77件」。
韓国は同年、「2.3件」(韓国統計庁)で、日本を大幅に上回っている。
儒教が根強い韓国では、 10年ぐらい前までは、DVなど家庭内の問題があっても、離婚はタブーとされ、その数もそれほど多くはなかった。
しかし、ここ10年ほどで離婚率は250%(韓国統計庁)にまで急増。ここ数年は、全体で横ばい状態だが、それでも欧州諸国を超えている。
インターネットの普及が著しい韓国の家庭内では、これまでの儒教による伝統的な価値観や文化が薄れる一方で、欧米的な価値観である個人の考え方を重視する傾向が強くなってきている。
女性の社会進出で劇的変化
特に、1997年の経済危機を境に、女性の社会進出に伴い、男性の社会的、とりわけ家庭内での地位が低下しつつある。韓国でも「家庭内の民主化」が進みつつあることを示している。
筆者の知人で高麗大学のある教授はこういった状況を「離婚率急増は女性への虐待や暴力に対する女性の拒否反応というだけでなく、女性が経済力をつけてきた要因でもある」と分析。
筆者の米国時代のかつての同僚(韓国人)も、最近、6年間の結婚生活を経て、離婚したアラフォーだ。
「私の学生時代から比べると、国内的には伝統的な虐待に対する女性の権利主張や経済的要因、対外的にはネットの影響による儒教の教えと現代の価値観のミスマッチで、韓国社会の離婚に対する考え方に変化が表れている」と言う。
さらに「昔は、離婚するなんて・・・って言われたけど、今では、うまくいかないなら、いいんじゃない? になってきている」と韓国社会の変化を指摘する。
中でも、熟年夫婦の劇的変化が目立っている。韓国で急増しているのは、「熟年離婚」だからだ。
「司法年鑑2015」(韓国法院行政処)によると、結婚生活20年以上のいわゆる熟年夫婦の離婚件数は3万3140件(2014年統計)に達し、過去最高を記録。その割合は全体の離婚件数の約3割を占め、今までで、最も多かった。
さらに、結婚生活30年以上のベテラン夫婦の離婚件数も初めて1万件を突破。前年比で初の2桁増、10%増を記録。これは10年前の2倍以上の勢いで、年々増加傾向にある。
なぜ韓国の熟年夫婦は離婚を望むのだろうか。
制度的には、財産に加え、国民年金や公務員年金などの各種年金が、それぞれ半額受領できることになった経済的理由があるが、その引き金となっているのは、冒頭で紹介した事件が示しているような韓国人女性への虐待や暴力がある。
「冬ソナ」のイメージとは正反対
しかし、日本を含めアジアでは、「“冬ソナ時代”のような勢いはなくなったものの韓国の韓流スターは依然人気を保っている。男性ながら、女性のような柔らかさも併せ持ち、女性をやさしく包み、大切にしてくれるような雰囲気がその容姿から醸し出されているからだ」(韓国の歴史文化専門家)という。
韓国人男性の本性はそのイメージとは正反対のようだ。
韓国社会の民主化が進む中、最も遅れているのが”マザコン”とも揶揄される夫の母親(姑)を含めた「男女関係」が複雑に織り成す「家庭内民主化」。
離婚が駆け込み急増するのが、夫の両親らと過ごす中秋節(旧暦の8月15日。今年は10月4日)や旧正月の後。妻にとっては、一家団欒も、残念ながら、「辛く苦しいひと時」でしかない、ということのようだ。
あるシンクタンクの調査では、日本人女性と韓国人男性のカップルは、国際結婚件数の1位(2014年)だという。
“冬ソナ”の純愛ドラマが虚構に過ぎなかった、というソウルでの今夏のリアルなドラマは、日本人にとっての「不都合な真実」にならないことを心から祈るばかりだ――。