「吹き荒れる風雨の中での台風リポートは消滅」で重宝される”視聴者映像” 危険な撮影をしてもTV放送を狙う人たちと彼らを避ける番組サイドの事情

台風中継というと、一昔前なら暴風雨のなか大声で叫びながらレポーターが足を踏ん張る生中継がテレビではお馴染みだった。危険すぎると批判が集まるようになり、今ではほとんど見ることがなくなったが、代わりに増えているのが「視聴者映像」である。ライターの宮添優氏が、その視聴者映像についても声かけや放送の基準が変化していること、テレビは見られなくなったと言われながらも、テレビ放送によってさらにバズることを狙う人たちの存在についてレポートする。

【写真】壁が崩壊!台風10号で大きな被害を受けた建物

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 死者4697人など甚大な被害を出した1959年の「伊勢湾台風」に匹敵か、それ以上の勢力になる予報が出ていた台風10号が、ようやく消滅して日本列島の荒天も落ち着いたようにみえる。だが、各地で土砂崩れや道路冠水が相次ぎ、複数の死者も出た。テレビニュースやワイドショーは連日のように、各地から暴風雨の様子をキャスターが伝えたが、近年は、その報じ方にもある傾向があるという。民放キー局の社会部デスクが解説する。

「風がビュービュー吹き荒れる現場からキャスターが決死のレポートをする、というのが、かつての台風、大雨取材でした。ですが、災害取材自体がそもそも危険で、視聴者からやめるべきとの声が相次ぎました。まら、記者やカメラマンがケガをしたり亡くなったり、二次被害の影響も考えられることから、ホテル内やテレビ局敷地内など安全な場所で取材をするのです」

 災害報道を巡っては1991年6月、長崎県の雲仙・普賢岳の噴火に伴う大火砕流によって死者・行方不明者が43人となった事例がある。前年に198年ぶりに噴火していた普賢岳には溶岩ドームが出現し、溶岩ドームそのものや、ドームが崩れるときに発生する火砕流を撮影しようとマスコミによる取材合戦が過熱していた。彼らの一部が退避勧告地域へ入るなどしたため、逃げ遅れた報道関係者だけでなく警察官、地元消防団員やタクシー運転手も巻き込まれた。

 それから少しずつ、災害報道、とくにテレビ中継の様子は変わっていった。近年では、台風中継の最初に「安全な場所からお送りしています」と断ってから、天気の様子を伝えることが増えている。中継でなくとも、取材側の二次災害を防ぐために、避難勧告が出るなど、危険な場所からはすみやかに退避するよう、今ではテレビ局内で取り決めされているのだ。

 その結果、安全性は確保されたが、臨場感ある場面の撮影が難しくなった。その代わりとして災害報道において多用されるようになったのが、一般人が撮影した、いわゆる「視聴者動画」である。

危険な映像の撮影者には接触しないようになった

 災害報道に限らず、火災や事故さらに事件関連でも、ニュースで「視聴者映像」を見ない日はない。記者やカメラマンが現場に急行して間に合わなかったとしても、現場に居合わせた視聴者がニュースとして気になる瞬間をバッチリ捉えてくれるのだ。NHKをはじめ、在京の大手キー局から地方局までほぼすべての社がSNS上で、これらの視聴者映像を入手しようと、日々ユーザーに声をかけ続けている。

 こうした映像は、貴重な災害記録ともなるため、ネットに災害の映像を上げたことで後に国の機関や自治体、大学などから映像提供を求められるなどの例もあるという。そういう意味では、「視聴者映像」ならではのメリットもあるが、リスクに関しては「未知数だが小さくない」と民放テレビ局の報道番組ディレクターは危惧している。

「事件や事故の瞬間やその直後の様子を捉えた視聴者映像はインパクトも強く、視聴者にとっても報道機関にとっても非常に貴重です。しかし、数年前に起きた台風のニュースで使われた視聴者映像は、暴風の影響で撮影者に向かって飛んでくる資材を撮影したものでしたが、ギリギリまで逃げずに、しかも笑いながら若者が撮影しているような内容で物議を醸しました。また、九州で起きた別の大雨のニュースで使われた視聴者映像は、周囲が冠水していく中、逃げたり移動することなく撮影し続けた内容で、一部の視聴者から”危なすぎる”と意見が寄せられたと聞きます」(報道番組ディレクター)

 災害時の視聴者映像として放送されたどの動画も、放送前に視聴者が自分のSNSアカウントに投稿していたものだ。もともと再生回数は数百回だったが、テレビニュースで取り上げられることで、再生数は百万オーバーに急上昇する。テレビ放送の効果を狙って、わざと危険な場所、場面を撮影しようとする一般市民が出現する恐れについて、関西キー局に在籍し、SNS取材担当を経験した別の報道番組デスク(30代)は出来るだけの対策を考えていると説明する。

「たしかに指摘のような危険な映像はありますが、最近ではそうした映像の撮影者には接触しないよう、報道側が配慮するようになっています。テレビで使われることを目的に、もしくはSNSで多く見られるために、そんな意識で自ら積極的に撮りに行く視聴者が増えたためです。万一、撮影者に事故が起きて、テレビ局に渡すために撮りに行った、などということになったら大変です」(報道番組デスク)

もっとバズりたくてテレビ放送を期待する人たち

 気になるのはネットユーザーの自己顕示欲だけではない。都市伝説のように言われている、金がほしくて撮りに行く、テレビ局などに映像を売るために危険を冒す、というのは本当に起きていることなのか。それについても、賞金稼ぎのようなことは実現不可能だと続ける。

「報道の場合、原則として視聴者映像に金銭が払われることはありません。あっても500円のクオカードか局のロゴ入りボールペンが送られてくるくらい。それでも映像を撮りたい、テレビ局で流してほしいと思うのは、やはり見られたい、SNSでバズりたいという気持ちがどこかにあるからだと思います」(報道番組デスク)

 報道機関に映像を提供することで直接の報酬は得られないが、報じられたことによって自分の投稿がバズれば、別の方向から報酬が発生する可能性はあると付け加える。

「最近のSNSは見られれば、すなわちバズれば、それを収益につなげる仕組みがうまくできています。迷惑系ユーチューバーとは同列にはできませんが、災害映像もよく見られるのでフォロワーの獲得にも繋がる。様々な形で換金できる可能性があるのを見越して、視聴者映像をアップしているユーザーとテレビ局の間を仲介することを仕事にしようとする業者も登場するほどです」(報道番組デスク)

 海外では実際に、大きな事件の瞬間を捉えた視聴者動画がテレビやニュースサイトで頻繁に使われ、撮影者が巨万の富を手に入れた例もあるにはあるが例外的な存在だ。だが、それはネットインフラが充足化する以前の話だ。最近では、高額のギャラや謝礼が支払われることはほとんどない。

「事件の一部始終を撮影し、ネットにもあげていないという視聴者映像を買い取った話がないわけではないが、よくて数十万円の買い取りです。SNSに載せて、何百万回再生された、となっても、これも多くて数万から十数万円程度の収益です。確かにお金になることには変わりありませんが、言われているほどの収入は得られない。このような賞金稼ぎのような人は、言われているほどいません。そもそも、最近の視聴者映像の撮影者や投稿者は、お金のことが念頭にある人はほとんどいないでしょう」(報道番組デスク)

 災害時のSNS投稿は、行政による発表や報道よりも早く、被害の実態を知ることができる貴重な情報源だ。2011年の東日本大震災以降、私たちはSNSによる分かち合いの利便性を何度も実感し、様々な場面で活用してきた。その一方で、多くの人が頼っている現実を、利己的な目的のために使おうとする人が出現する。利便性を阻害しないようにSNSとどのように付き合い、報じていくのか。報道機関も試行錯誤を続けている。

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