「回転しない寿司」路線から6年 元気寿司が思い知った“意外な効果”

大手すしチェーンの元気寿司(宇都宮市)が、回転レーンを次々と撤去している。回転レーンの土台を残し、お客が注文した商品を特急レーンで提供するスタイルに変えたところ、店舗の売り上げが平均して2割アップしただけでなく、さまざまな副次的効果が得られるようになったというのだ。国内の総店舗数は152店だが、回転しないすしの店舗数は122店にまで増えた(2019年2月末時点)。

 「脱・回転」路線を打ち出して、どんなことが見えてきたのか。同社の法師人(ほうしと)尚史社長に聞いた。

●かつては業界トップクラスだった

 まず、元気寿司の概要について簡単に説明しよう。同社は1979年に創業した老舗のすしチェーンだ。創業以来、順調に発展を続け、2008年3月末には国内の店舗数が196店まで増加した。法師人社長は「私が30年以上前に入社したときには、売り上げは業界トップクラスで、日本一の会社で働いているという自負がありました」と振り返る。しかし、その後、他の競合チェーンが「1皿●円」という均一価格で攻勢をかけてくると徐々に劣勢となった。また、無理な拡大路線がたたり、大量閉店に追い込まれたこともあった。現在は、小型店舗で小商圏をターゲットにした「元気寿司」や、郊外にある大型店舗の「魚べい」などを運営している。

 劣勢を跳ね返すため、同社は既存店を魚べいに変えていった。魚べいを強化するにあたり、メニュー改定や作業効率のアップといった改革を実行していったが、目玉となったのが「回転しない寿司」路線だ。具体的には、回転レーンにすしを流すのをやめ、お客がテーブルで注文するたびに特急レーンで提供するスタイルに変えたのだ。

 なぜ、同社は路線変更に踏み切ったのだろうか。法師人社長は「全体の売り上げに占める注文率が8割を超えたため」と解説する。お店では、回転レーンの上をすしがぐるぐると回っている一方で、自分の好きなものを注文して食べるお客がどんどん増えていったことがデータから明らかになっていた。注文率が増えた背景にあるのは「できたてが食べたい」という顧客の心理だと見られていた。

●実はすしを回す必要がない?

 脱・回転の方針を打ち出す前、店員が忙しすぎて回転レーンに十分な量のすしを流せないことがあった。一方、レーン上のすしが充実していなくても、お客は自分の好きなものを注文して食べており、特に不満を感じてないケースもあった。そこで、実験的にある店舗で「これからすしを回すのをストップしますが、いいですか?」とあらかじめ告知したうえで運営したところ、大きな問題は発生しなかった。法師人社長は「すしを回す必要はないのでは?」と考えるようになっていった。

 ただ、回転すしというモデルで成長してきた元気寿司にとって、脱・回転路線に踏み出すことにはためらいもあったという。

 元気寿司は2012年7月、東京・渋谷に回らないすしの1号店を実験的にオープンさせた。オープン当初は苦戦したが、徐々に認知されるようになった。また、既存店をまわらないすしに転換したところ、売り上げが平均して20%アップした。この成功に自信を深めた同社は、その後、回らないすしの店舗をどんどん増やしていった。13年に法師人氏が社長に就任してから、元気寿司は回るすしの店舗を1つもオープンしていない。

●回転すしのメリットとは何か?

 なぜ、回転しない店は成功したのだろうか? その分析をする前に、そもそも、回転すしというスタイルにどんなメリットがあるのかという点を確認してみよう。

 回転すし業界はもともと低価格・高原価率のビジネスモデルとなっている。原価率とは売上高に占める原価(商品の仕入れや製造にかかる費用)の割合を指す。すしでいうとシャリとネタが多くの部分を占める。お客は「低価格なのに、これだけおいしいのか」という満足を求める。

 低価格を実現するには、人件費を削減しないといけない。「配膳」「オーダーを受ける」といった作業を省略するにはどうすべきか。店員がつくったすしを回転レーンに流せば、お客が勝手にすしをとって食べてくれる。法師人社長によると、省力化を推進するため10年以上前までは「注文を受けない」というスタイルの回転すし店もあったという。

 すしが目の前でぐるぐると回る光景にはエンターテインメント性もある。さらに、目の前をすしが流れていると、「おいしそうだ」と思ってついつい手に取ってしまう効果も期待できる。あくまで一般論だが、お店の側からすると原価率の低い商品を提供できるメリットもある。

 大手すしチェーンはこのシステムを進化させてきた。時間帯ごとに提供するすしの量や種類を変えたり、廃棄率を低くするためにデータ分析の精度を上げたりしてきた。

 元気寿司が回らないすし路線に踏み出した背景にあるのは、お客が注文した商品を特急レーンで迅速に提供できる体制が構築できたことだ。お客がタブレットで注文する。その注文を受けて店員は厨房ですしロボットなどを駆使し、迅速に調理をする。ラーメンなどのサイドメニューを提供するための調理器具も進化している。こういった企業努力の結果、「できたてのすしが食べたい」というニーズに応える素地は出来上がっていたのだ。

●回転しないすしを推進して分かったこと

 法師人社長は、注文を受けてからすしを提供するスタイルに変えたことで、店舗のオペレーションにさまざまなメリットが出てきたと説明する。

 まず、従業員の作業が簡素化された。これまでは定期的にすしを回転レーンに投入しつつ、お客の注文に対応しないといけなかった。店舗の改装後は、注文を受けて商品を流す作業に集中できるようになった。つまり、売り上げにあまり寄与しない作業に時間を取られることがなくなったのだ。

 オープン前の作業も軽減された。お客が来店する前に、レーン上にすしを流す必要がなくなった。かつては、レーン上のすしが充実していないと「すしが流れていないぞ!」というクレームがきたこともある。ある意味では、お客の満足度を向上させるためにすしを流していたわけだが、注文だけにすることで、その心配もしなくて済むようになった。

 会計時における皿の数え間違いもなくなった。これまでは、食事が終わったお客のテーブルに店員が出向き、皿の数を数えていた。実は、この作業には意外にミスが多く、売り上げの損失につながることもあったという。自分が食べた分より多く皿の数をカウントされるとその場で指摘するお客は多い。一方、皿の数を少なくカウントされた場合、そのことをわざわざ指摘しないお客がいる。しかし、タブレットを使って注文するスタイルなので、注文履歴は全てデータとして残ることになる。

 このように、「回転すし時代には問題になったことが、全てクリアになった」(法師人社長)のだ。

 回転しないすしの店舗が増えることで、別のメリットも生まれた。それは、海外の事業者から「そのスタイルのお店を我が国でも展開したい」というオファーが出てきたことだ。海外では回転すしというスタイルが一般的となり、珍しい存在ではなくなりつつある。新規出店を考える際、回らないすしというスタイルに魅力を感じる現地パートナーが増えているという。元気寿司の店舗は海外に200近くあるが、回らないすしが海外展開を推進する1つの武器になっている。

●できたてを提供して商品力アップを狙う

 元気寿司ではできたてのすしを提供できる体制が整ったことで、商品力も向上させようとしている。それは、あたたかいシャリにこだわることだ。法師人社長は常に温度計を持ち歩き、店舗で提供されたすしの温度を計測しているほどだ。回転レーンの上をすしがぐるぐると回っているうちに、シャリの温度はどんどん落ちる。しかし、つくりたてならあたたかいシャリを提供できる。ここが差別化のポイントになりうると考えているのだ。

 法師人社長はコンビニや中食業界が商品力を向上させていることに危機感を抱いている。消費税増税が迫っているが、外食は基本的に10%、持ち帰りの食品は8%となる見込みだ。外食が中食の進化についていけなければ、お客を奪われてしまう。わざわざお店にいって食べる価値がある商品を提供するためにも、「できたて」という価値を磨こうとしている。

 元気寿司の直近の業績は悪くない。18年3月期の売上高は399億9000万円(前期比14.5%増)、経常利益は17億4000万円(68.9%増)となっている。他の大手チェーンが回転すしのスタイルに磨きをかけるなかで、脱・回転路線に大きく舵を切った元気寿司の真価が問われるのはこれからだろう。

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