甚大な被害をもたらした台風19号。東京都内では多摩川が氾濫し、周辺の住宅地で浸水被害が発生した。氾濫をなぜ起きてしまったのか、防ぐことはできなかったのか。AERA 2019年10月28日号に掲載された記事を紹介する。
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しゃれたショップが並び、多摩川のほとりで緑も豊か。住みたい街ランキングの常連となった街、東京・二子玉川の一角に12日夜、突然濁流が流れ込んだ。
台風19号が列島を直撃する中、多摩川の水面が刻々と上昇していく一部始終を、東急電鉄二子玉川駅(世田谷区)近くに架かる二子橋の下流約100メートルにある、国土交通省の水位計が捉えていた。
いつもは2メートルほどの水位が上がり始めたのは、12日午前6時ごろ。午前8時には3メートルを超えた。午後2時には6.34メートルとなり、午後6時に8メートル、午後10時には9.15メートルとピークに達した。
多摩川が氾濫したのは午後10時10分ごろと見られる。水は、二子橋の上流約100メートルにある兵庫島公園付近、堤防が未整備の約540メートルの区間から溢れ出た。
「堤防があれば助かったのですが……。どうすればいいのか」
川沿いのマンションの地下1階にあり、室内が2メートル近く冠水したオカムラ歯科医院の女性スタッフは声を落とす。
濁流は、2013年開業の同医院のガラス製の出入り口を突き破った。書類やカルテは水につかり、治療機器はすべて壊れた。被害額は4千~5千万円になるという。医院再開のメドは立っていない。
多摩川を管理する国交省の京浜河川事務所によれば、氾濫した堤防未整備区間は、昭和の初めごろから堤防を整備する計画があったという。しかし、当時十数軒あった旅館や料亭が「堤防があると景観を楽しめない」などと反対し、堤防をつくることができなかった。その後も国は堤防整備計画を進めようと住民説明会などを度々行ってきたが、「景観を大切にしてほしい」といった声が根強く、住民との間で折り合いがつかなかったという。
今回の浸水被害を受け、同事務所の担当者はこう話す。
「住民の命を守るためにも、住民の意見や要望をしっかりと聞きながら、早急な整備を進めていきたい」
こうした中、威力を発揮したのが河川沿いの遊水地だ。多摩川のすぐ近くを流れ、かつて「暴れ川」の異名をとった鶴見川は氾濫しなかった。鶴見川流域は人口密度が全国トップレベルで、1958年の狩野川台風では、2万戸以上が浸水した。
そこで国は03年、「鶴見川多目的遊水地」(横浜市港北区)を整備。普段は公園や駐車場として利用し、一角にはラグビーW杯日本対スコットランド戦の舞台となった横浜国際総合競技場(日産スタジアム)もある。
遊水地の貯水量は、東京ドーム約3杯分の約390万立方メートル。ここに、鶴見川が一定の水位を超えると堤防の一部を低くした越流堤(えつりゅうてい)から水が流れ込み、周辺の洪水リスクを低減させる。川の水位が下がったら、排水門から再び川に水を戻す仕組みになっている。過去20回流入があったが、その間一度も鶴見川は氾濫していないという。
多摩川にはこのような遊水地がなく、激しい水位上昇を招いたとみられる。
多摩川と支流の平瀬川が合流する地点に近い川崎市高津区ではマンション1階が水没し男性が死亡。多摩川の増水で、水が支流に逆流するバックウォーター現象が起きた可能性がある。川崎市中原区の武蔵小杉駅周辺では、一部のタワーマンションで停電・断水した。多摩川の水位上昇で川への排水が追いつかず、水が排水管を逆流してマンションの地下に流れ込み、電気設備が浸水したという。
ただ、今回東京で氾濫が起きたのは多摩川だけ。水害の危険がしばしば叫ばれる東京東部のゼロメートル地帯は浸水を免れ、都心部で氾濫を繰り返してきた善福寺川なども無事だった。(編集部・大平誠、野村昌二)