韓国を訪ねる観光客はめっきり減り、テレビドラマの韓流ブームも下火になった。書店の店頭には「嫌韓本」が平積みされ、インターネット上では韓国批判の論説があふれている。
こうした現象について、日本社会の右傾化や排外主義の高まりだと戒める向きがあるが、ちょっと違うと感じている。むしろ、韓国に対する関心と認識が深まったがゆえ、という部分が大きいのではないか。
◆「日本人を差別」
「周囲の日本人のあいだに、韓国嫌いが増えている。(中略)嫌韓論と名付けたマスコミもあるが、これすら当たっていないだろう。韓国を疎(うと)ましいと思う日本人が、増えているのである。疎韓論(そかんろん)とでも言えば、いいのだろうか」
これは、最近書かれた文章ではない。作家で島根県立大名誉教授の豊田有恒氏がちょうど20年前の平成6年3月末に刊行した著書「いい加減にしろ韓国」から引用したものである。
ネットを通じて情報の共有が進んだ現在より割合が低いだけで、当時から韓国に対してうんざりしていた人は少なくなかったのだ。
豊田氏はこの本で日韓友好を誰よりも願いつつ「韓国人は、はっきり言って、日本人を差別している」「ここまで居丈高な対日要求を突きつけてくるのは、日本人に対する人種差別のため」とも明言している。
確かに現在も、韓国の政府やメディアによる日本だけを狙い撃ちした「ヘイトスピーチ」は異様であり、あまりに一方的である。
豊田氏は今月出した新著「どの面(ツラ)下げての韓国人」では、民主党政権が行った韓国への「朝鮮王朝儀軌」引き渡しが逆効果だったことを指摘し、「日本側の善意は、韓国には通じない。こうした際、韓国人は、善意として受け止めるのではなく、日本人は、疚(やま)しい点があるから、そうしたのだと解釈する」と強調する。そしてこう主張している。
「反日が高価な代償を伴うことを韓国に教えないかぎり、韓国の捏造(ねつぞう)に基づく反日は止(や)まない」
◆知るほど距離感
このように韓国に手厳しい豊田氏だが、もともとは大の韓国好きだった。左派系メディアや社会党が北朝鮮を賛美し、韓国に否定的だった昭和53年2月の著書「韓国の挑戦」では、韓国の経済成長を称賛し、韓国人に対する差別、偏見を批判してこうも記していた。
「家族連れで、よく韓国に行く。うちのワイフも子どもたちも、すっかり韓国が気にいっている」
それが韓国語が上達し、韓国人との付き合いが深まり、韓国を深く理解していく過程で、かえってその異質性と対日感情の御し難さに気付き、逆に距離感が広がったのだ。新著ではこう突き放している。
「韓国相手では、同じ地球人と考えずに、どこか遠い異星の宇宙人だと考えたほうが、対応法を誤らないだろう」
もとより隣国に関心を持ち、理解しようとする姿勢は大切である。ただし、相手を理解すればそれで友好が深まるとはかぎらない。政治学者の故坂本多加雄氏はこんな言葉を残した。
「国と国の関係も人間関係と同じで、知れば知るほど相手を嫌いになるということもあるんじゃないか」
いわゆる嫌韓本が売れるのは韓国の反日の正体を知り、適切に付き合い、適度に距離を置くためのヒントが提供されているからだろう。(阿比留瑠比)