「平均年収は韓国以下」日本人の給料がちっとも上がらない決定的な理由

日本人の給料は、1997年から20年間変わっていない。この間、世界における日本の平均年収の順位は4位から22位にまで落ちた。一方、アメリカの平均年収は2倍にもなっているという。フリーライターの坂田拓也さんが先進国の最新の給与事情を現地在住のジャーナリストに聞いた――。 【図表】主要先進国の平均年収ランキング  ※本稿は、野口悠紀雄/ほか著『日本人の給料 平均年収は韓国以下の衝撃』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。

■韓国にも抜かれた日本の平均年収  日本人の平均年収は、金融危機に襲われた1997年をピークとして、現在まで20年以上の長きにわたり減少傾向が続いている。物価も上がっていないため減少を実感することは難しいが、年々上昇してきた諸外国と比べると、日本人の給料の低さが際立ってくる(以下、金額は日本円に換算)。  主要先進35カ国の1997年の平均年収ランキングは、1位のスイスが599万円、2位のルクセンブルクが590万円、3位のオランダが570万円。以下、アメリカ、ベルギー、オーストリア、アイスランド……と続き、日本は14位の422万円だった(OECD=経済協力開発機構の調査、以下同)。  当時の日本はバブル崩壊後だが、平均年収が減りはじめたのは1997年以降のことだ。バブルを迎えて日本経済が世界のトップクラスになり、しかも1997年時点では一人当たりGDP(国内総生産)が世界4位だったにもかかわらず、平均年収は14位に甘んじていたことになる。  より大きな問題は、日本人の給料がその後上がっていないことだ。  2020年の世界の平均年収ランキングと1997年からの上昇率を見ると、1位はアメリカの763万円(38%)、2位のアイスランドは742万円(49%)、3位のルクセンブルクは724万円(23%)と、1997年に比べて平均年収の額そのものが高くなっている。4位以下、上昇率だけを取り上げると、スイス(19%)、オランダ(14%)、デンマーク(30%)、ノルウェー(56%)、カナダ(33%)、オーストラリア(27%)と続く。  これに対して日本人の平均年収は、1997年から2020年までわずか0.3%の上昇でしかなく、順位は14位から22位まで落ち、スウェーデン(上昇率49%)、ニュージーランド(同34%)、スロベニア(同53%)、そして韓国(同45%)に抜かれてしまった。

■日本が世界一になった“ある数値”  賃金に関するさまざまな国際比較を見ていると、日本が唯一、上昇率が世界一の数値がある。「勤続年数」による昇給だ。製造業の勤続1~5年の平均賃金を100とした時、勤続30年以上の平均賃金を見ると、北欧は100.2~110.5と昇給がほとんどない。欧米諸国は、仕事の成果に応じて給料が支払われる「ジョブ型」が定着しており、北欧は徹底されていることがうかがえる。欧州はイタリアが128.3、イギリスが132.2。ドイツがやや高く154.6となるのは、労組が強くて昇給を求めるためとみられる。  これに対して日本は、勤続30年を過ぎれば実に186まで上がるのだ。日本人の給料は上がっていないが、年功序列賃金制は維持され、先進諸国ではきわめてまれな制度であることがわかる(労働政策研究・研修機構「国際労働比較2019」)。  日本人の給料が上がらない原因について、アメリカ、イギリスの状況を現地在住のジャーナリストに聞いた。

■20年間で平均年収が2倍になったアメリカ  アメリカはグーグル、アマゾンをはじめとした巨大IT企業が世界を席巻し、ウォール街(金融街)が今も健在だ。  正規雇用のフルタイムワーカーの平均年収を2000年以降の5年ごとに見ると、432万円→502万円→586万円→660万円→786万円と猛烈な勢いで上がっている。過去20年間で平均年収は82%増、ほぼ2倍になった(調査会社「スタティスタ」)。しかも世帯年収の中央値は2011年以来初めて、コロナ禍の2020年に前年比2.9%減少したが(米国勢調査局)、フルタイムワーカーの平均年収は上がった。

■低収入層との格差が顕著に  ニューヨーク市マンハッタン在住20年超のジャーナリスト、肥田美佐子氏はこう話す。  「大手テック(IT)企業や金融など成長産業の給料の伸びが目立ち、データサイエンティストなど新しい職種が生まれる一方で、デジタル化の進展により、需要が減少の一途をたどる事務職、旅行代理店業、税務申告作成業、営業、小売り、カスタマーサービスなど、もともと給料が高くない業種の伸びがさらに鈍化し、格差が激しくなっています。高給職は、給料に加えて質の高い医療保険から無料のランチまでさまざまなフリンジベネフィット(福利厚生)が付きますが、低給職はそれも充実していません。連邦法では病休時の有給を義務づける規定がなく、病休すれば無給になる企業もあり、実際の格差はもっと大きいでしょう」  職業別の平均年収を見ると、大学などのコンピュータ科学専門教諭は1085万円、データサイエンティスト・数学関連全般は1143万円、エコノミスト・経済学者は1330万円、弁護士は1638万円、歯科医は2049万円、家庭医は2358万円、外科医は2768万円……。  一方で平均年収が低いのは、旅行代理業513万円、営業関連503万円、簿記・会計・監査事務485万円、カスタマーサービス424万円、交通機関の運転手410万円、小売り店員319万円、調理師全般310万円、ホテル・モーテル受付係296万円……。なお、警察官は770万円、消防士は620万円と比較的高い(米労働省労働統計局2020年5月)。  しかし給料の伸びと同様に物価も上昇している。

■イギリスの「金融」は平均年収で2500万円超も

 イギリス人の平均年収も年々上昇し、2000年の284万6000円から2020年の475万1000円まで、20年間で約67%上がった。しかし同時に、多少の上下はあるが毎年1~3%のインフレ(物価上昇)が続いている。

 イギリス在住21年のジャーナリスト、冨久岡ナヲ氏はこう話す。

 「雇用の多くが『インフレ分の昇給を保証』という契約になり、年収はインフレ率に応じて上がっていますが、モノの値段や光熱費などの上昇ぶりはそれ以上なので、生活が楽になったという実感はありません。この20年で電車賃は2倍に、平均的な住宅価格は3倍に上がりました。消費税は20%です。若い世代にとって持ち家は夢となり、豊かさを感じているのは高額所得者だけだと思います。イギリスは2008年のリーマンショックでそれまでの好景気が冷え込み、いまだに回復したとはいえません。物価を考慮した給料水準では、30代はリーマンショック前に比べて現在は7.2%低いという調査もあります」

 2020年の職業別の平均年収を低い順に並べると、航空会社のCA245万円、IT技術者378万円、ソフトウエア開発468万円、土木建築471万~672万円、警察官476万円、車の修理工489万円、公立小学校の教師521万円(休みの間は出勤なし! )、電車の運転手732万円等々……。GAFAは年収が高く、諸手当込みの基本給でグーグルは1178万円、フェイスブックは1344万円にのぼる。

■GAFAをも圧倒的に上回る“金融”

 それ以上に高いのが「金融」だ。イギリスは19世紀中頃に国際金融の中心となるが、1980年代の金融ビッグバン以降、ロンドンのシティー(金融街)はさらに成長してニューヨーク、シンガポールと並ぶ国際金融都市となった。投資銀行、ヘッジファンド、保険など金融系の平均年収は1661万~2688万円と他を圧倒している。

 「これにボーナスが242万~1億7365万円加わります。基本年俸が日本円で1億円を超える社員がかなりいて、ほかの職業との収入格差が激しくなっています」(冨久岡氏)

 公務員は地位や専門によって5段階に分かれて272万~997万円だが、上級公務員になると966万~3142万円と高給取りになり、イギリスの首相(2437万円)より多くもらっている役人は相当数いるという。ちなみに日本の首相は年収約4000万円。日本人の平均年収はイギリス人より100万円近く低

■非正規雇用者はゼロアワー雇用に

 マクドナルドのアルバイトは23歳以上が時給1359円、夜間勤務になると2419円まで上がり、スーパーのレジ係は18歳以上で1500円から。

 近年の日本では非正規雇用者の増加が問題となっているが、イギリスでは「ゼロアワー雇用(ゼロ時間雇用)」の増加が懸念されている。会社と雇用契約を結んでいるものの、雇用主が要求した分しか働けず、定収入は見込めない契約だ。ロックダウンで失業した人たちがゼロアワー雇用へ流れたため、労働者全体に占める割合は2019年の2.7%から2020年の3.3%まで上昇した。

■コロナ禍でイギリスの平均年収が上がった裏事情

 一方、コロナ禍で全体の平均年収は逆に上がったという。

 「失業者は増えましたが、ロックダウンにより、生活必需品を売るお店や医療関係者などを除いて全員が通勤を禁じられ、自宅をオフィスとして使用する手当てが1~10%給料に上乗せされた影響があるようです。また、イギリスでは通勤交通費は個人負担で、各人が確定申告により必要経費として計上します。郊外に住んでいると通勤費が収入の3割を占める場合まであり、自宅勤務になって懐に入る額が増えました」(冨久岡氏)

 今後、とりわけ平均年収以下の職業のイギリス人に影響するのが、2020年1月末をもってEUから正式に離脱したことだ。

 「以前は東欧などから労働者が押し寄せていたため、イギリス経済は低賃金労働者の上にあぐらをかいていました。離脱によりEUから働き手が入れなくなり、人手不足が深刻な農業や運輸の分野では、EU国籍所有者に対して短期労働ビザを与えるなどの対策を採っています。しかし政府としては暫定措置であり、今後は給料の底上げ、職業訓練を含めた教育の充実を目指し、コロナ対策に投じた国費の充填が終われば税率を引き下げ、収入格差を縮めて骨太な国をつくる、という方針を打ち出しています」(冨久岡氏)

 ボリス・ジョンソン首相は10月の演説で、コロナ後のイギリスを「high-wagehigh-skill,high-productivityeconomy(高賃金・高スキル・高生産力経済)」にするという抱負を語った。


坂田 拓也(さかた・たくや)
フリーライター

大分市出身。明治大学法学部卒業。1992年にサンパウロ新聞(サンパウロ)記者、97年~2004年『財界展望』編集記者。フリーを経て08年~18年まで『週刊文春』記者。現在、フリー。

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