高校野球・春のセンバツの出場32校が発表された日、ある会見がおこなわれた。
「筒香、高校野球にも球数制限を!『大事なのは子どもたちの将来』」(スポーツ報知1月26日)
DeNAの筒香嘉智外野手が日本外国特派員協会で会見し、子どもたちと野球に関する提言をした。「育成の現場における勝利至上主義からの脱却」や、子どもの野球人口が減っている一因に「指導者の罵声や暴言がある」とも指摘。
日本外国人特派員協会で記者会見を行った筒香 ©末永裕樹/文藝春秋
スポーツ報知が報じた、高校野球に対する筒香の“この言葉”
また、
《トーナメント制が肩肘を負傷する元凶と指摘し、高校野球における球数制限の導入を訴えた。》
と高校野球にも言及。
スポーツ報知は高校野球に対する筒香のこの言葉を最後に伝えた。
《「新聞社が主催しているので、子供たちにとって良くないと思っている方がたくさんいても、なかなか思いを伝えられていないのが現状だと思う」とメディアの報じ方についても問題提起した。》
筒香のすばらしいホームラン。
ではこの会見を、高校野球を主催している毎日(センバツ)、朝日(夏)はどう伝えたのか。1月26日の紙面を調べてみた。
朝日には「高校野球」という言葉が一回も出てこない
毎日新聞はスポーツ欄で「春の夢舞台へ招待状」「古豪・新顔32校に笑顔」とセンバツ出場校を大きく報じ、その下に「筒香『子供の将来考えて』 日本野球指導法に警鐘」と載せた。
《高校野球での投手の連投にも触れ「教育の場と言いながらドラマを作る部分もある」と警鐘を鳴らした筒香。》
高校野球に関してはこのくだりのみ。
続いて朝日新聞。スポーツ欄に「子どもの野球環境 筒香が提言」。
《一貫していたのは「目先の勝利ではなく、子どもの将来」を見据える姿勢だ。》
《「トーナメントではメンバーも固まり、連投などでひじや肩の故障も増える。ルールで球数制限や練習時間を決めるべきだ」と訴えた。》
朝日は「子どもの野球環境」にしぼって書いていた。記事には「高校野球」という言葉は実は一回も出てこない。
筒香が指摘した「新聞社が主催しているので、なかなか現状が伝えられていない」という高校野球への指摘は「毎日」も「朝日」も書いていない。
日経、産経、読売はどうか?
では他紙はどうか。日本経済新聞。
《高校野球についても「昨年も球数の問題が出た。本当に子どもたちのためになっているのか」と厳しく指摘。「新聞社が主催しているので、現状が良くないと思っている方がたくさんいても、なかなか思いを伝え切れていない」と問題提起した。》
日経は「新聞社」のくだりも書いていた。
産経は、「筒香『子供の将来つぶれる』 勝利至上主義意識改革訴え」という見出しで、こちらも「新聞社が〜」という発言も伝えた。
読売は、「筒香 少年野球に警鐘」という見出しで《高校野球についても「教育の場と言われるが、本当に子供たちのためになっているのか》と書く。
新聞社が興行主になる、メディアとしての矛盾
まとめてみる。
筒香の会見を報じた一般紙は東京新聞以外の5紙。そのうち「新聞社が主催しているので、なかなか現状が伝えられていない」というメディアへの指摘も載せたのは日経と産経のみ。
高校野球全般についての発言を報じたのは毎日、日経、産経、読売の4紙。
論点を「子どもの野球」にして、高校野球という文字は載せなかったのが朝日。
なんのことはない。高校野球を主催している朝日と毎日は筒香の「新聞社」発言は書かず、主催していない新聞は発言を載せた。わかりやすい。とてもわかりやすい。
私がいつも皮肉だと思うのは、普段リベラルな論調と言われる朝日と毎日が高校野球になると見事なまでの「守旧派」になってしまうことだ。
改革論はスルーしてほぼ美談中心。新聞社が興行主になる、メディアとしての矛盾がここにある。
酷暑の甲子園に問題意識を持ってキャンペーンを打った“あの新聞”
ここで思い出してほしいのは昨年の酷暑のなかでおこなわれた高校野球・夏の甲子園大会だ。連投や試合日程など選手の体を心配する声がSNSにあふれた。あのとき、問題意識を持ってキャンペーンをうったのはどの新聞かご存じだろうか。
東スポである。
酷暑でおこなわれる高校野球や投手の連投について記事にしていた。美談でも否定でもなく検証していたのだ。
たとえば「高野連にズバリ聞いた 『猛暑対策は?』『京セラドーム移転開催の可能性も?』」(8月2日東スポWeb)
さらに「殺人猛暑・甲子園 ドーム移転あり? 球児ナマ声を緊急アンケート」(8月4日東スポWeb)
東スポは50人の選手にアンケートをおこなった。
《結局、選手50人の回答は「甲子園でやるべき」が47人。「球場にはこだわらない」が3人で「ドーム球場に変更すべき」は0人だった。実に「94%」という圧倒的な支持率で、甲子園での開催継続を望む声が多く聞かれた。》
こうやって聞くことで、高校球児はやはり甲子園のグランドに立ちたいという結果を引き出し、そのうえで、
「金足農・エース吉田 『球数問題』現場から異論反論」(8月22日東スポWeb)
「ではどうすればいい?」という視点で紙面づくりをしていた。
美談一色の朝日より東スポの方がはるかに問題意識を持っていた。記事はネットでも多く読まれていた。読者のニーズを確実にとらえたのだ。
だからこそ東スポは酷暑に一人で投げぬく吉田輝星の出現に目が釘付けになったのだろう。5日連続で吉田を1面にした。私は30年以上東スポを読んでいるが、一人の人物が5日連続1面というのはあまり記憶にない。
夕刊紙やタブロイド紙が「真面目に」頑張ることに
吉田輝星5日目の1面は、
「吉田 米になる その名も輝星(かがやきほし)」(8月26日付)。
さすがに5日目には本来の東スポに戻っていたが、高校野球の現状を書いたキャンペーン紙面は読ませた。これは本当なら一般紙がやるべきことである。しかし自分が興行主であるから面倒なことは黙殺しているように見える。だから夕刊紙やタブロイド紙が「真面目に」頑張ることになる。
高校野球という物件、新聞界では取り扱いがおかしくありませんか?
◆ ◆ ◆
※追記
1月31日の朝日新聞スポーツ面に「甲子園、球児の負担軽減図る」という記事が載った。
これは、「全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高校野球連盟主催)は選手の負担を減らすため、従来の大会日程を見直した」とし、決勝前にも休養日が新たに設けられるというニュース。
朝日の「解説」は、
《昨夏の甲子園大会決勝、金足農の吉田は何度も苦しげな表情を浮かべた。》
《試合を重ねるほど疲労が増すのは吉田の状態を見ても明らか。それなら4〜5試合を戦ったうえで挑む決勝の前に、1日休養をとってもらうという結論に至った。》
とし、それ以外にも
《投球数や投球回数の制限は議論しなければならない問題だ。》
《ほかにも、練習試合が多すぎないか。練習中の投球数はチームとして管理されているのか。春季大会の日程や方式は現状のままでいいのか。》
と書いた。
「あわせて議論すべき課題はたくさんある。」とありますが、それなら是非とも主催社の新聞紙面で常時活発に議論してほしい。そう思いました。