日本を代表する小売り企業はどこかと聞かれたら、多くの人はセブン&アイ・ホールディングス、イオン、ファーストリテイリングなどを思い浮かべることでしょう。
年商規模の大きさであればそうかもしれません。
では、「直近4年間で最も営業利益が成長している」という視点ではどうでしょうか。
営業利益とは「本業のもうけ」といわれる利益のことです。すなわち、本業のもうけが成長している企業はどこか、ということになります。
次の表は、小売り業主要5社における営業利益高の成長推移です。
コロナ禍にもかかわらず、神戸物産が2018年と比較して173%も営業利益が拡大しているのが分かります。時価総額に至っては、この10年で6096%と驚異的な成長を遂げています。
小売り業においては、類を見ないほどの超成長企業――それが業務スーパーを展開する神戸物産です。
なぜ、ここまで業務スーパーが圧倒的に顧客に支持され拡大を続けられるのでしょうか? そのポイントを今回はお伝えしたいと思います。
●なぜここまで強いのか
業務スーパーの強みを以下の5つに整理しました。
(1):小売業というよりも製造業という方が的確なほどの独自商品開発力
(2):フランチャイズ加盟店に裁量権を持たせることによる個店対応力
(3):商品力を軸に据えたうえでのデジタル活用
(4):デフレ下に支持される商品品質と低価格の両立
(5):壮大なる社会問題へチャレンジする創業者の信念
(1)(3)(4)はそれぞれが相関しているテーマです。
DXに出遅れる企業は負け組になるというような風潮がありますが、ここではあえてそれに異を唱えたいと思います。顧客が求めているのはデジタルではなく商品です。商品力なくして有効なDXなど成しえないと捉えることが必要です。次の図で示す通り、優先的要素を的確に捉えなくてはいけません。業務スーパーはこの中でも特に「商品変革」に圧倒的強みを保持しています。
業務スーパーを利用したことがある人は十分に感じていると思いますが、商品の独自性と利便性が高い支持を得ています。これまで話題になった商品を例に紹介しましょう。
業務スーパーのヒット商品であるカスタードプリンは、1キロ270円前後とのことです(2021年8月時点)。カップ1個ではなく1キロです。包装は牛乳パックと同じ形態です。牛乳パックから1キロの大きなプリンが出てくる姿は圧巻です。しかも、「安かろう悪かろう」では全くないのです。
業務スーパーの自社グループ工場で製造しているので、低コスト高品質を実現しています。しかも、品質安全検査も自社で徹底しています。独自のおいしさがあり、安く、安全。業務スーパーという名前から飲食店向けのスーパーと誤解する人もいるかもしれませんが、食べ盛りの子どもがいるファミリー層に高い支持を得ています。
安く提供できる要因の一つとして製造工程が挙げられます。同一工程、同一の包装素材を活用。同じ生産ラインで水ようかんやコーヒーゼリー、カスタードプリンをつくっているのです。1商品のためだけに製造機械を購入し、生産ラインをつくるとどうなるでしょうか。投資資金を回収するために、販売価格に転嫁せざるを得なくなります。
価格以上の価値ある独自商品を提供する――これが小売り業の根幹です。身を削るような値引きをするのではなく、生産工程や物流、包装などを工夫することで価格を安く提供する。これこそが真の安さです。小売り業では値引き、セールが当たり前という印象がありますが、伸びている企業は値引きをしているのではなく定価自体が安いのです。安い定価でも自社も利益を取れる工夫をしているからです。値引きをする企業は得てして厳しい憂き目をみてきたのが小売り業の歴史です。
その他にも、業務スーパーにはリッチチーズケーキや冷凍カット野菜など多数の人気商品が誕生しています。おいしい商品と経済的な価格で地域の顧客に喜んでもらう。この小売り業としての軸が強く備わっているのが業務スーパーです。
こうした商品力を保持したうえで、デジタル化にも着手しています。天下茶屋駅前店(大阪市)では、ソフトバンクと提携しAIなどを活用した次世代型店舗を展開しています。そこで得たデータを軸に、さらにきめ細かく精緻な顧客とのコミュニケーションを実現し、効果的な商品開発につなげていくことでしょう。
●値上げラッシュにどう対応するか
原材料費や物流費の高騰で、多くのメーカーや飲食業が値上げを発表しています。今後インフレとなり、多少高くなった商品でも消費者が購入するようになるかというと、そうはならないと予想します。
昨今政府が講じてきた政策は、リフレーション政策の傾向があります。ある一定の水準まで物価を引き上げるために金融政策や財政政策を実施し、市場への資金循環を促進させ、デフレから脱却させようとしてきました。しかしこれはインフレ期待と賃金アップがセットにならなくては成り立ちません。物価だけが上がって賃金が上がらないと、余計に消費は冷え込み、生産量も増えずスタグフレーション(景気停滞)の懸念が浮上してしまいます。
そのような現状の中で、消費者は品質と低価格の両立を求め続けることでしょう。業務スーパーの商品力と価格力はまさにこれに合致しているのです。
業務スーパーの強さの1つであるフランチャイズの仕組みを見ると、独自路線を歩んでいることが分かります。まず、フランチャイズ加盟店が負担するロイヤルティーは、神戸物産から商品を仕入れる額の1%程度だということです。多くのフランチャイズビジネスでは粗利の40%前後がロイヤルティーとなることが通例ですから、比較するとおおよそ10倍近い差が生じることになります。本部が加盟店に費用メリットと独自商品を提供したうえで、店舗に裁量権も持たせています。各店舗は仕入れ先やテナントを選べる裁量があるのです。同じ業務スーパーなのに、店舗によっては100円ショップや地元で人気の総菜店、独自仕入れの商品が展開されているなど、個性がさまざまなのです。
それが本部では対応しきれない個店別の細かなニーズやエリア特性に対応することにつながっています。
脱チェーンストアで個店対応力が重要テーマとして掲げられる小売り業界において、業務スーパーの展開はまさに時代にマッチしているモデルです。
●創業者の信念
なぜこのように本質的かつ独自性のある展開を業務スーパーができるのか。
その答えの一つに「壮大なる社会問題にチャレンジする創業者の信念」があるように感じます。
神戸物産の創業者である沼田昭二氏は、16年に再生可能エネルギー事業を手掛ける新会社を設立。熊本で地熱発電所の建設を進めています。また、地熱発電に不可欠な掘削技術者が不足している現状を受けて、地熱に関する専門学校も立ち上げています。
日本の食品自給率とエネルギー自給率の低さは未来における重要課題です。誰かがやらなくては、深刻な未来が待ち受けているのです。
エネルギー産業はまだまだ技術開発を要する部分が多く、多額の投資が必要です。従って、まだ様子見をしている企業が多いのも事実です。しかし、沼田氏はこの社会問題を解決する役割と真正面から向き合っているのです。
誰かが取らなくてはいけないリスクを自らが取って未来を良い方向へ導いていく――そのような信念と迫力が伝わってくる取り組みです。「必要なものは自分たちでつくる」という経営哲学が今の業務スーパーを創り、その思いは全く異なる分野であるエネルギー分野に向かい、新たなチャレンジをしています。
どんなに時代が変わろうとも、普遍的・本質的なことを見失わない。それは、創業者の率先垂範があってこそ成しえる領域なのだと思います。
(佐久間俊一)