2016年のアメリカ大統領選で注目されたフェイクニュースですが、2020年の現在、「フェイク広告」とも言うべき問題が生まれています。旧来のマスメディアではカバーできないニッチな情報と、様々な広告を結びつける仕組みとして発展したネット広告は、ネット上のコンテンツ流通に大きな役割を果たしてきました。同時に、成果報酬を基本にしたアフィリエイトのような仕組みは、過激な文言や写真で関心をあおる手法に傾きがちで、「フェイク広告」と呼ばれる問題を引き起こしています。ネット広告誕生から四半世紀。ユーザーとの刹那(せつな)的な関係を土台にした「フェイク広告」の存在は、広告主やメディアなどネットに関わるプレーヤーたちに「大人の階段」を上れるかを突きつけています。(withnews編集部・奥山晶二郎)
【イラスト図解】あなたも騙されているかも!?「フェイク広告」が広まる構図
記事型広告ページの住所が違う!?
「毛穴の汚れごっそり」「○○歳でこの美しさ」
個人サイトから、大手メディアまで、現在のウェブサイトには、美容や健康をはじめとした過激な広告があふれています。
許諾を得ていないと思われるタレントの写真を使ったり、効能の説明などで根拠のない効果をうたう薬機法違反の疑いがあったりすることも少なくありません。
それらの広告をクリックすると製品の記事型広告ページに飛びますが、ドメインと呼ばれるネット上の住所が、宣伝している商品のメーカーのものと異なるURLになっているものがあります。
このような広告のシステムが「フェイク広告」と呼ばれる問題の温床になっています。
どんな広告が出るか誰もわからない
「フェイク広告」が生まれた背景には、人々の多様な関心に応えるため増え続けたウェブ上のコンテンツの存在があります。
広告主は通常、広告が掲載されるメディアに広告費を払います。
しかし、ネット空間には、テレビCMや新聞の紙面広告のような従来の定義ではくくれないほど膨大なウェブサイトが生まれています。広告主にとっては、自分たちが知っているメディアだけに広告を出していても、届けたいユーザーと接点を作りにくくなっています。
そこで生まれたのが、広告主とメディアをつなぐ仕組みです。
代表的なのがASP(Application Service Provider)というプログラムを使った広告会社で、広告主と無数のウェブサイトを自動で仲介する役割を果たします。
メディアのサイト内にある記事のような形の「ネイティブ広告」から誘導されて記事型広告ページをクリックしたユーザーは、記事型広告ページの過激な文言につられて広告主のサイトへさらに誘導されます。
「フェイク広告」の問題は、「ネイティブ広告」から広告主のサイトに至るまでの流れが、ユーザーからわかりにくい点にあります。
膨大なメディアと無数の広告をつなげる
ネットがない時代、広告を出せるメディアの数自体が限られていました。広告主は広告を出したいメディアがどんなものか知った上で交渉をしていましたし、そうせざるを得ませんでした。
立場によっては、広告主がメディアを選ぶ場合があれば、メディア側が広告主を選ぶこともありました。それが成り立つのは、当たり前ですが、お互いの存在をそれぞれが認識していたからです。
ネットが爆発的に普及したことで、広告を出せる場所としてのメディアが膨れあがります。広告も、従来の「四マス(テレビ・新聞・雑誌・ラジオ)」の形式に縛られない、様々な表現手法が生まれました。
そこで生まれたのが、ネット上に存在する膨大なメディアと様々な広告を仲介する仕組みです。中でも、広告主とメディアを瞬時にマッチングしてくれるASPは、画期的な仕組みだったといえます。
過激さをあおる成果報酬
ASPを使えば、広告主は、自分たちが知らないサイトにも自社の広告を載せられます。メディアは、営業をしなくても、広告主と接点を持つことができます。
広告主とメディアの間にあるのが、アフィリエイトをはじめとした成果報酬のために記事型広告ページを作る制作者です。
記事型広告ページの制作者は、実際に広告に掲載された商品が売れた場合のみ、お金を受け取れることが多いため、記事型広告ページの内容が過激になってしまいます。
ASPの問題は、どこまでいっても関係が刹那的である点にあります。
広告主とメディアが把握できるのは、ASPを通じて広告が表示される枠の存在だけで、その枠にどんな内容の広告が表示されるかについては、関与しにくくなっています。表示される可能性がある記事型広告ページの量が膨大で、それらがユーザーの行動履歴などにひもづいてクリックのたびに変わっていくからです。
その結果、お金を出しているはずの広告主ですら把握しないまま、自社の商品を宣伝する記事型広告ページが生まれてしまうのです。
抜け落ちた「どのように」の視点
便利すぎる機能だった故に生まれたのが「フェイク広告」。成果を基準にした関係で見落とされがちなのは「どのように」というプロセスです。
仮に、広告主が特定のメディアにだけ広告を出したいと思ったなら、「どのような」広告で商品を売るのか考えるはずです。
メディアも、広告主の顔が見えるなら、「どのような」広告であればユーザーの信頼を損ねないか気を配ることができます。
しかし、ASPを介した関係では、広告主とメディアは一度もお互いの存在を認識しないまま取引が成立してしまいます。求められるのは「どのように」はなく、「どれだけ」という成績です。
広まるドメイン規制
いきすぎた「フェイク広告」に対しては、ネット広告業界から是正を求める声も出ています。
2020年2月に、一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)が「デジタル広告の課題解決に向けた共同宣言」を発表。「デジタル広告の品質課題解決に向けた活動をさらに推進」するとしています。
具体的には、広告の質を保つ「監査・認証機関設立の検討」や、関係する業界への「情報の共有と開示による抑制など」をあげています。
今まで以上に厳格な引用を求める声もあります。
広告会社を経てネット広告のコンサルタント会社を起業した加藤公一レオさんは、メディアや広告主と直接関係のないドメインによる広告への規制が必要だと問題提起します。
1960年代、効能を説明する本などを通じて特定の健康食品を売りつける「バイブル商法」が問題化しました。加藤さんは、「フェイク広告」においては、記事型広告が本の役割を果たしているとして「現代版のバイブル商法」と指摘します。
その上で加藤さんは「ドメイン規制によって、成果報酬目当ての記事型広告ページを排除できる。広告主は『申込フォーム一体型記事広告』のような自社ドメインのみの記事型広告にするべき」と説明。国による対策や、メディア、メディアが使う広告配信のシステムであるアドネットワークでの規制が必要だと訴えます。
信頼できる広告集める仕組みも
メディア側からも、信頼できる広告の質を保つ対策が生まれています。
6月22日、朝日新聞を含む28社が、新たな広告受注の組織を作りました。「コンテンツメディアコンソーシアム」と名付けられた団体は、共同で広告を受注し、内容に応じてメンバー各社の媒体の中から最適なものを選んで配信します。
いわば、審査を経て信頼できる広告だけを集め、それを信頼できるメディアに仲介するASPです。
運営の実務を担うBI.Garage社の長澤秀行さんは「広告の品質を一元管理することで、悪質な記事型広告ページが入ってくることを防ぐことができる。メディア側の規約と、第三者によるチェックによって、広告価値を高めていくことを目指す」と話します。
広告の質が問われる時代に
およそ四半世紀前までは統計すらなかったネット広告ですが、2019年、その規模は2兆1048億円となり、テレビ広告を抜きました。
この数字は、人々の興味関心に応えるため膨大なコンテンツが生み出されてきたネット空間が、それだけ社会にとって、欠かせない存在になっていることの現れでもあります。
一方で、成長のスピードが速すぎたこともあり、健全なビジネスを支える仕組みが追いついていない状態が続いていました。
大手広告会社で長くデジタル広告に関わってきた長澤さんは、その原因について「ネットが二次的なメディアとして見られていた」と指摘します。
当初、ネット広告は、商品をどれだけ売るかという販売促進の役割が強くありました。企業のブランド価値を高めるのは、テレビなど、ネット広告以外が担っていました。
その後、ウェブがテレビを追い抜くほどの存在になっても、ネット広告への考えや仕組みは「昔のウェブのまま」取り残された結果、企業のブランドを傷つけかねない悪質な記事型広告ページである「フェイク広告」が深刻に受け止められてこなかったのです。
「大人の階段」を上れるか
成果報酬型のアフィリエイトは、売れたときだけお金を払えばいい仕組みです。「量」をこなすことだけ考えれば、広告主にもメディアにも、これに勝る便利なツールはありません。そこで生まれるのは、刹那的で一期一会の関係です。膨大な情報を検索で探すことが基本だったウェブの世界には、むしろなじむ姿だったとも言えます。
しかし、新型コロナウイルスを経て、ウェブにはますます情報の信頼性が求められるようなっています。ウェブなしには生活が成り立たなくなった時、求められるのは「量」から「質」への変化です。「質」を保つには情報そのものだけでなく、ユーザーが安心して使える存在であるという、受け手側と発信者側との関係性が大事になります。
昔のように体力だけでは乗り切れず、人間関係も無視できなくなった。その分、大きな仕事をまかせてもらえるようになった――。
「量」というわかりやすさで元気に急成長してきたウェブが今、問われているのは、「質」という「大人の階段」を上れるかどうか、だと言えます。「フェイク広告」を巡る動きからは、ネット業界が負うべき「責務」が浮かび上がってきます。