[New門]は、旬のニュースを記者が解き明かすコーナーです。今回のテーマは「パックご飯」。
「炊飯器売れなくなっても知りませんよ」嘆く吉沢亮、こんなCM効果?パックごはん市場右肩上がり© 読売新聞
国内のコメ需要減と対照的に、「パックごはん」の市場が右肩上がりを続けている。レンジで温めればすぐに食べられる手軽さが受け、生産量は2022年まで13年連続で過去最高を更新した。コメの産地では増産に取り組む動きも。パックごはんがコメ農家を支える救世主となるかもしれない。
コメ消費減っても…
「炊飯器売れなくなっても知りませんよ」
俳優の吉沢亮さんがパックごはんを前に嘆くCMを放映したのは、仙台市に本社を置くアイリスオーヤマだ。
家電や生活用品が主力事業だったが、東日本大震災をきっかけに地元の農業振興も狙い、15年にパックごはん事業に参入した。同社食品事業部の佐々木雅人事業部長は「CM効果もあって、売り上げは市場平均を上回るペースで伸びている」と手ごたえを口にする。
同社の炊飯器は、コメの種類に応じて水加減などを変える独自の「銘柄炊き」機能をもつ。CMとは裏腹に、社内で知見を共有することで相乗効果も生んでいるという。
パックごはんの歴史は半世紀にも満たない。1980年代後半、新潟県食品研究所(当時)で技術研究が行われたのが始まりとされる。88年には「サトウのごはん」で知られるサトウ食品が初めて商品化。95年の阪神・淡路大震災以降、非常食用として急速に広まっていった。
農林水産省によると、パックごはん(無菌包装米飯)の生産量は2008年の9万トン台から、23年には約20万トンと約2倍に増えた。この間に、国内の主食用米の収穫量は865万トンから661万トン(概数)と約4分の3に減少。パンやパスタなど食の多様化が進んだことが主因で、人口減少のなか国内消費は今後も縮小していくと予想される。
手軽さに需要
こうした中でもパックごはんが好調なのは、共働き世帯や一人暮らしの増加に伴って料理に割く時間が減り、食事を手軽に済ませたい人が増えているためとみられる。
そんな成長市場に農家サイドも注目し始めた。秋田県大潟村では、コメの生産から加工、販売まで行う「大潟村あきたこまち生産者協会」会長の涌井徹さん(75)らが20年に事業会社「ジャパン・パックライス秋田」を設立。国の補助金や地銀の出資などを受けて年間約3600万食を製造している。
大潟村は1964年、全国の湖で2番目の広さだった八郎潟を干拓して誕生した。戦後の食料不足解消が狙いだったが、その後のコメ需要の低迷に地元は 翻弄(ほんろう) されてきた経緯がある。
海外輸出に活路 工場建設中
協会が活路を見いだそうとしているのがパックごはんだ。涌井さんは「ようやく地元の農家たちが張り切ってコメを作れるようになる」と自信をのぞかせる。
海外展開の可能性も挑戦を後押しする。従来コメは輸出に不向きとされ、国内消費に頼りがちだったが、パックごはんなら炊飯器を持たない外国人にも売り込みがしやすい。
2023年の輸出額は10億円と金額はまだ少ないが、5年前に比べると2倍に伸びた。最近の円安により、海外で主流の韓国やタイ産の商品に対する価格競争力も向上している。
チャンスを生かそうと、同社では米国向けなどの輸出に対応する第2工場を建設中。生産能力を年1億食に引き上げる計画で、コメの確保に向けて協力農家も募っている。
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アイリスやサトウ食品といった大手メーカーも新たな製造ラインを今年稼働させている。日本のおいしいコメで作ったパックごはんが世界の食卓に浸透するか、今後も注目が集まりそうだ。
[MEMO]製法進化おいしさ追求
従来のパックごはんは、長持ちさせるための保存料を使うこともあって、独特のにおいが気になる商品もみられた。ただ近年は製法の進化により、炊飯器で炊いたコメに負けない味を各社が追求している。
アイリスオーヤマは、15度以下の低温で保管することでコメの酸化を防いでいる。さらに加熱殺菌することにより、保存料の使用もなくした。越後製菓は一部商品でパックの接着に必要な樹脂を不使用とし、コメの香りが際立つようにしている。
最近では、北海道の「ゆめぴりか」、山形県の「つや姫」といった高価格帯のブランド米を使ったパックごはんや、減農薬・無農薬米を使ったものなど、付加価値を高めた商品づくりも進む。テーブルマークは水にもこだわり、工場がある新潟県・魚沼地域の地下水でコメを炊きあげている。
すぐに食べられる便利さだけでなく、消費者が重視する「おいしさ」という点でも競争が活発化するパックごはん。矢野経済研究所の田中宏和上級研究員は「コメ本来の味を楽しめるようになったことで、お弁当や総菜、外食などでの活用も広がるだろう。調理現場の人手不足解消という観点でも注目される」と指摘している。
経済部 大塚健太郎 初任地は秋田県。新ブランド米「サキホコレ」に挑戦する農家に半年間、密着した。