デルタ株がまん延した今、ワクチン接種が進んでも手放しには安心できない。期待されるのが高リスク感染者の重症化を防ぐ治療薬だ。早ければ年内に経口治療薬が登場する可能性がある。AERA 2021年10月25日号から。
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第5波では、自宅療養者が全国で13万人を超えた。患者が自宅で飲めるのが経口治療薬だ。
「ワクチンの普及に加えて、患者さんが自宅で飲める、重症化を防ぐ効果の高い経口治療薬が登場すれば、新型コロナウイルスはインフルエンザと同じように対応すればよい感染症に近づいていくと期待できます」
松岡雅雄・熊本大学教授(血液・膠原病・感染症内科)はこう話す。
経口治療薬開発で先頭を走るのは米メルクと米バイオベンチャー企業リッジバック・バイオセラピューティクスだ。両社は10月11日、開発中の経口治療薬「モルヌピラビル」の緊急使用許可を米食品医薬品局(FDA)に申請したと発表した。早ければ年内にも認可の可能性がある。
国際的に実施された効果を調べる最終段階の臨床試験には、日本の病院も参加している。メルク社の日本法人は国内でも特例承認を申請する予定だ。
臨床試験の対象は持病や肥満があり、重症化リスクの高い軽症や軽い中等症の患者だった。モルヌピラビルを飲んだ385人のうち29日以内に重症化したのは28人(7・3%)、偽薬を飲んだ377人のうち入院したり死亡したりしたのは53人(14・1%)だった。重症化を防ぐモルヌピラビルの効果は約50%と評価された。
臨床試験の途中で効果が確認されたため、第三者委員会は偽薬を飲む人に不利益が生じるという倫理的な理由から、臨床試験の中止を助言した。
新型コロナウイルスがヒトの細胞に感染して増殖する際、ウイルス遺伝子のRNAが複製される。モルヌピラビルはその複製に必要な酵素「RNAポリメラーゼ」の働きを阻害し、ウイルスの増殖を妨げる。
モルヌピラビルはカプセル錠剤で、12時間おきに計10回、5日間服用する。同社はすでにモルヌピラビルの生産を始めており、年内に1千万回分供給できる見通しだという。現在、家庭内感染を防ぐ予防投与の効果があるかどうかを調べる臨床試験も進行中だ。
国内の企業では塩野義製薬が9月27日、経口治療薬の最終段階の臨床試験を始めた。抗体医薬や経口治療薬モルヌピラビルとは異なり、重症化のリスクの有無を問わずに、軽症や無症候の約2千人の感染者を対象に臨床試験を実施し、有効性が確認できれば、年内にも特例承認を申請したいという。
■「インフル」にするには
錠剤で、1日1回、5日間服用する。新型コロナウイルスがヒトの細胞に感染して増殖する際に、新たなウイルスを作るのに必要なたんぱく質が正しく合成されるのに欠かせない酵素「プロテアーゼ」の働きを阻害し、ウイルスの増殖を妨げると期待されている。
同社は最終段階の臨床試験終了に先立って生産体制を準備しており、来年3月までに100万人分生産する計画だという。
米大手製薬企業ファイザーやスイスの大手製薬企業ロシュも経口治療薬を開発しており、現在、最終段階の臨床試験を実施中だ。ロシュの経口治療薬は中外製薬が国内の開発と販売権を取得している。
ロシュの経口治療薬は、RNAポリメラーゼの働きを阻害するように設計されている。ファイザーの経口治療薬はプロテアーゼを標的にしている。
新型コロナウイルスがインフルエンザと同じような感染症として扱われるようになるには、重症化を防ぐ経口治療薬以外にも、いくつかの条件が必要だと松岡・熊本大教授は指摘する。
「まず、軽症患者が飲む薬は発症後、できるだけ早く飲み始めないと効果が期待できないので、発症後に速やかに診断できる体制が必要です」
重症化を防ぐ抗体医薬品や経口治療薬の多くは感染初期のウイルスの増殖を抑えることを目標に開発されている。抗体医薬品は発症7日以内、経口治療薬は発症5日以内の使用開始が条件だ。しかし現状では、発症から1週間ほど経って診断される人が少なくない。早く診断できないと、薬があっても使えない。
松岡教授が挙げるもう一つの条件は、重症患者に対する治療薬の開発だ。重い中等症や重症の患者を対象に特例承認された薬は何種類かあるが、すべての重症患者を救えるわけではない。
「ワクチン接種率が上がるにつれ重症患者は減っていますが、ゼロにはなっていません。現時点では、まだ新型コロナウイルスの致死率はインフルエンザよりも高いので、インフルエンザのように対応できるようになる前提としては、重症患者を救えるような薬の開発も必要です」
(科学ジャーナリスト・大岩ゆり)
※AERA 2021年10月25日号より抜粋