「習近平の夢」はまもなく絶望に変わる…「不動産不況」の次にやって来る中国経済の悲劇的な結末

これから中国経済はどうなるのか。国際政治学者の舛添要一さんは「習近平路線のままでは、中国経済の破綻は免れないだろう」という。新著『現代史を知れば世界がわかる』(SB新書)より、「習近平氏の夢と現実」を抜粋して紹介しよう――。 【写真】舛添要一氏の著書『現代史を知れば世界がわかる』(SB新書) ■習近平は何を目指しているのか  習近平は、2013年3月に政権の座に就いた。首相には李克強を任命した。私は、その直後に北京を訪ね、要人と会見したり、精華大学で講演したりした。  習近平は、当時、ロシア、アフリカを訪問したが、これは日米両国を牽制したり、アフリカでの資源を確保したりしながら、大国・強国への歩みをさらに進めようという意図があった。そして、習近平は権力を自らに集中させた。  2017年10月24日、中国共産党第19回党大会で、習近平政権は2期目に入った。党の行動指針に、「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」が盛り込まれた。これまで指導者の個人名が入った政治思想が党規約に入ったのは、毛沢東、鄧小平の二人のみである。習近平は、毛沢東に並ぶような権力集中に成功した。  25日には、最高指導部である政治局常務委員会の7人が決まったが、習近平派が多数を占めることになった。これまで、習近平(当時64歳)は、胡錦濤(こきんとう)派の共産主義青年団(共青団)や江沢民(こうたくみん)派と権力闘争を展開してきたが、最終的に勝利することができたのである。 ■最高幹部を自派閥で固め、権力を掌握  ところで、次世代の後継候補である陳敏爾(ちんびんじ)重慶市党委書記(習派、57歳)と胡春華広東省党委書記(共青団、54歳)は選ばれなかった。これは、習近平が3期目も権力を握り続ける意思を示したものと観測された。

 因みに、汪洋副首相(共青団、62歳)も第4順位で常務委員会入りしたが、私が2014年4月に都知事として北京を公式訪問したときに、中南海で迎えてくれたのが彼であった。それまで安倍政権下で日中関係は膠着(こうちゃく)状態であったが、この会談で、民間交流と地方自治体間交流の再開を約束してくれたのが、この汪洋副首相であった。  国際政治の観点からは、第19回中国共産党大会の最大のポイントは、中国が強国への道をさらに進めることを内外に鮮明にしたことである。既に、GDPでは日本を抜いて世界第2位となっており、自信満々であった。 ■世界一の大国の復活こそが習近平の夢  鄧小平の開放改革路線によって豊かになった中国は、経済力のみならず、軍事力も強化している。明の時代までの中国は世界一の大国であり、近代のわずか1世紀でそうでなくなったのである。世界一の大国の復活こそが習近平の夢であり、その道を今ひた走りに走っている。  2018年3月に開かれた全国人民代表大会は、国家主席と国家副主席の任期を2期10年とする制限を撤廃した。このことによって、習近平体制は盤石のものとなった。毛沢東時代の反省から、鄧小平時代には任期を2期に制限する歯止めを設けたが、この決定はそれに逆行するものである。習近平の任期は無制限になったのである。  また、習近平思想を盛り込んだ憲法改正を実現させた。習近平は閉幕式での演説で、「中国の特色ある社会主義は新時代に入った」と述べ、また「党は国家の最高政治指導力である」と宣言した。この体制は、共産党一党独裁政治であり、民主主義とは相容れない。その国が、21世紀半ばには世界一の大国になることを目指している。  2022年10月、中国共産党第20回党大会は、習近平党総書記の第3期を決めた。また、習近平を党の中央軍事委員会主席にも再選した。李克強の退任も決め、新体制は習近平の側近で固められた。 ■中国経済に迫る危機  2023年夏、日本政府は、福島原発の処理水海洋放出を開始したが、中国は、日本の水産物の輸入を全面禁止するなど、理不尽ともいえる反日キャンペーンを行い、かえって国際社会の反発を呼び、孤立した。  また、秦剛(しんごう)外交部長(外務大臣)、李尚福(りしょうふく)国防部長(国防大臣)と相次いで解任された。習近平は政権内の引き締めを図っているようだが、実態は不明である。  さらに、経済では、2021年半ば以降、不動産業界の不振が伝えられた。GDP世界第2位の経済大国であるだけに、中国の不振は世界経済にも大きな影響を及ぼす。  先述したように、かつてはGDPが年に7~8%程度上昇するのが普通であった中国経済が、不調になってきた。それには、ゼロコロナ政策による都市封鎖の影響もあるが、不動産不況も要因である。

 まずは、個人消費が伸びていない。2023年7月の名目小売り売上高は前年同月比でプラス2.5%であり、6月のプラス3.1%よりも下回っている。賃金上昇率がコロナ禍前の水準以下であり、これでは個人消費は伸びない。  また、6月の若年(16~24歳)失業率は21.3%という高い数値であった。将来への不安から中国人がかつてのようにお金を使わなくなっているようである。 ■行き詰まった「恒大集団」と「碧桂園」  住宅販売も減少している。不動産価格が将来下がっていくと予想している人が多いからである。実際にマンション価格は下落しており、それは不動産業界の不振と関連している。企業の設備投資も拡大していない。対米関係の悪化などにより、輸出が伸びないのではないかという懸念があるからである。  また、政府によるインフラ投資も低迷している。その理由は不動産不況であり、地方政府による土地販売の収入が減って、投資の財源が減っている。不動産業は中国のGDPの4分の1を占めているが、この業界の2023年4~6月期のGDPは、前年同期比マイナス1.2%である。  48兆円の負債をかかえる不動産大手の「恒大集団(エバーグランデ)」が、8月18日、ニューヨークの裁判所にアメリカ連邦破産法15条の適用を申請して、世界に大きな衝撃を与えた。6月末時点で、恒大集団の債務超過額は13兆円に膨らんでおり、販売の目途がつかない開発用不動産は22兆円にもなる。  また、最大手の「碧桂園(カントリー・ガーデン)」は、8月30日、2023年前半の最終利益が9800億円(489億人民元)の赤字に転落したことを発表した。さらに、不動産大手、「融創中国(サナック)」も9月19日、ニューヨークで米連邦破産法の適用を申請した。同社は2021年と2022年に810億ドル(12兆円)の赤字を計上している。負債総額は6月末時点で1兆元(約20兆円)にのぼっている。 ■規制強化で崩壊した不動産バブル  中国では、1990年代に不動産セクターが民営化されたために、不動産業界が活性化し、2002年頃から住宅ブームが起こった。2008年のリーマン・ショックで住宅価格は一時下落したが、その後の景気回復で勢いを取り戻した。とくに2016年以降は不動産バブルというような状態になり、バブル期~バブル崩壊期の日本が再現されたような状況であった。  投機熱も加わって、不動産価格は上昇し、それで巨万の富を得た層と、高価なマンションなど高嶺(たかね)の花の庶民との格差が広がり、儲(もう)け話に乗る人々の投資熱が続いた。習近平は、この状態を危惧し、「共同富裕」をスローガンに格差是正に取りかかったのである。

 2020年夏に、マネーの蛇口を閉める日本の総量規制と同じ対策を発動した。中央銀行は、不動産企業に対して、①総資産に対する負債の比率が70%以下、②自己資本に対する負債比率が100%以下、③短期負債を上回る現金を保有していることという3つの財務指針(「三道紅線(3つのレッドライン)」)を設定したのである。  2021年1月には、金融機関の住宅ローンや不動産企業の融資に総量規制を課した。借金でマンションを作り続けるという不動産業界の従来型ビジネスモデルが立ち行かなくなり、資金不足のため途中で建設工事を中断する事例が続出した。その結果、代金を払ったにもかかわらず、新築マンションを入手できなくなった国民の不満が爆発した。 ■「大きすぎて潰せない(too big to fail)」状況  先述した恒大集団は、既に2021年9月に経営危機に陥っており、そのニュースが世界に流れたため、9月20~21日、世界中で株価が下落した。  恒大集団は、2020年に習近平政権が発動した基準をクリアできず、銀行も融資を控えたため、資金繰りが上手くいかず、建設が中断する工事現場も出てきたのである。不動産投資で大きく成長し、中国有数の企業に成長した恒大集団は、この時点で既に33兆円の負債をかかえていたが、これは中国のGDPの2%にも相当する巨額の債務である。  習近平政権にとっても「大きすぎて潰せない(too big to fail)」状況であったが、下手に救済すれば、富裕層を叩き広範な中間階級を生み出すという「共同富裕」政策に逆行することになる。しかし、放置すれば金融危機を引き起こすことになり、それは中国経済のみならず、世界経済に悪影響を及ぼす。習近平は、そのジレンマに直面したのである。 ■中国でも「失われた30年」が始まるのか  中国も、日本と同じように低迷の30年、デフレの30年に突入するのであろうか。  日本の場合、バブルの崩壊は金融部門に大打撃を与え、不良債権処理に追われる金融機関の破綻が相次いだ。しかし、現在の中国では、大手国有銀行の自己資本比率は13~20%と高く、また、不動産事業への貸し出しも全体の融資の6%である。これでは、銀行は破綻しない。  不動産開発業者の債務は、銀行からの借り入れよりも、建設会社などへの未払金である。この点でも、日本のバブル崩壊と違う。  ただ、「3つのレッドライン」という規制をこのまま続けていけば、不動産業界の苦境は続く。習近平が考えているのは、不動産開発企業を倒産させずに、マンション購入者に確実に物件を引き渡すことである。  中国の場合、問題は地方財政である。地方政府は不動産開発業者に土地(その使用権)を販売し、その収入でインフラの整備を行ってきた。しかし、不動産不況で予期した収益を得ることができず債務が膨らんだ。累積債務は100兆元(2000兆円)にものぼる。

 中央政府は地方政府の債券発行を規制したが、地方政府は抜け道として「融資平台(プラットフォーム)」という投資会社を設立し、資金調達を続けた。融資平台は全国で1万社を超える。融資平台は地方政府が返済を肩代わりする。その点では、地方政府の債務と同じである。最終的には、中央政府の財政出動で救済できる。  習近平政権は、財政赤字を拡大させても、この問題を解決せざるを得ないだろう。 ■今の習近平路線のままでは、中国経済の破綻は免れない  中国では、経済が順調であれば、共産党は独裁を維持できる。そのためには、習近平政権は、あらゆる手段を講じる。経済不振を解消するには、2、3年必要だろうし、かなりの荒療治も行わねばならない。  しかし、日本と違って、独裁国家だからこそ、それは可能である。以上の考察から、治療には時間がかかるにしろ、中国経済が今すぐ崩壊することはないと判断する。  中国社会には、高度経済成長時代のような躍動感が見られない。人々は諦めにも似た感情を抱いており、「ゴロゴロ寝て、何もしない」のが流行のようになっている。  習近平政権は、国民に夢と希望を与えることができるのであろうか。  習近平の問題は、父親を不当に遇した鄧小平への怨念もあって、毛沢東路線に回帰していることである。これが、民間が活躍する自由な経済活動を阻害している。それがいつまで続くのか。一時的に危機は回避できても、最終的には今の習近平路線のままでは、中国経済の破綻は免れないであろう。習近平が倒れるか、中国が崩壊するかの分水嶺が数年後にやって来る。 ———- 舛添 要一(ますぞえ・よういち) 国際政治学者、前東京都知事 1948年、福岡県生まれ。71年、東京大学法学部政治学科卒業。パリ、ジュネーブ、ミュンヘンでヨーロッパ外交史を研究。東京大学教養学部政治学助教授を経て政界へ。2001年参議院議員(自民党)に初当選後、厚生労働大臣(安倍内閣、福田内閣、麻生内閣)、都知事を歴任。『ヒトラーの正体』『ムッソリーニの正体』『スターリンの正体』(すべて小学館新書)、『都知事失格』(小学館)など著書多数。

タイトルとURLをコピーしました