「ダサいたま」「海なし県」などと揶揄(やゆ)され、東京に劣等感を抱きがちな埼玉県を徹底的にいじった話題の映画「翔(と)んで埼玉」。2月22日の公開から1カ月近くになっても、観客動員数、興行収入ともに快進撃を続けている。ただ、「埼玉」という映画のタイトルに反して実際のロケ地は群馬、栃木、茨城の北関東3県など他県が多く、ネットでは「埼玉には埼玉らしい場所がない?」などと、さらなるいじりが拡散している。(さいたま総局次長 岡田浩明)
県民「郷土愛感じた」
映画は「パタリロ!」で知られる魔夜峰央(まや・みねお)さんが昭和57年に発表し、平成27年に復刊したギャグ漫画が原作。通行手形がないと東京に入れないなど迫害を受ける埼玉県民が解放を求め、“ライバル”の千葉をはじめ、神奈川や群馬などを巻き込む抗争に発展する壮大なストーリーだ。GACKTさんと二階堂ふみさんが共に男子高生役を熱演する。
いじられる側の埼玉県の上田清司知事は公務多忙で映画館に足を運べていない。ただ、事前に提供されたDVDを鑑賞しており、「最後は盛り上がって面白かった」(知事周辺)と語っていたという。
埼玉県職員の多くも映画館を訪れているという。庁舎内で映画の話題で職員同士が盛り上がることもあるようで、休日に妻と鑑賞したという県幹部はこう語った。
「お客さんが多くて、見たい時間帯は満席だったから、次の上映時間で見ることになった。埼玉だけでなく、千葉県なども登場し、身近に楽しむことができたし、最後は郷土愛を感じた」
ロケ地は大喜び
ところが、映画のタイトルに「埼玉」がついているにもかかわらず、ロケ地は北関東が多い。
まず埼玉県春日部(かすかべ)市で埼玉解放戦線が蜂起したシーンは、茨城県石岡市の風土記の丘で撮影が行われた。
GACKTさん演じる麻実麗が埼玉県民かどうか「踏み絵」を迫られる遊園地のシーンは、群馬県の観光名所「ロックハート城」で撮影しており、北関東のロケ地は少なくとも9カ所に上る。埼玉はさいたま市内など3カ所しかない。
こうした実態にネット上では「埼玉には埼玉らしさすらないのか」との声が上がる中、ロックハート城のロケ担当、斎藤稔さんは「来場者が増えており、映画による経済効果はすごい」と手放しで喜ぶ。映画については「小ネタ満載で、もう最高。(埼玉を中心としたいじりネタは)地元の人たちがささやいていることを代弁してくれている」と話す。
映画館ない秩父で上映
なぜ埼玉以外でロケなのか-。映画関係者はこう打ち明ける。
「近未来の首都・東京と、田舎の埼玉の落差を際立たせるため、春日部の暮らしは竪穴式住居、川口には関所があるという演出だが、実際の埼玉は適度に何でも満たされており、田舎感を出すためにロケ地を選んだ。つまり、撮りたいシーンを求めた結果、埼玉が少なくなった。意図的に埼玉を避けたわけではない」
10日までで興行収入は15億円を突破、観客動員数も約118万人に達し、公開当初の勢いをキープしている「翔んで埼玉」。観客は幅広い年代層で、春休みになると中高生が増えることが見込まれる。ヒットを飛ばす話題の映画を、海もないが、映画館もない埼玉県秩父地方の人たちに見てもらおうと、東映は23日から秩父市の秩父宮記念市民会館で特別上映会を開く。
さいたま市の清水勇人市長は6日の記者会見で「埼玉県民に対して『郷土意識を持っていこう』というメッセージが込められている」と述べ、映画館のない秩父市も含めて県民全体が「ダサいたま」を改めて見直す機会ととらえている。2月25日付でさいたま地裁所長に就いた高知県出身の大善文男氏は就任会見でこう語った。「翔んで埼玉をぜひ見てみたい」
映画鑑賞は、もはや埼玉県に入る“通行手形”なのかもしれない。