日本の医療保険制度を支える健康保険組合の経営悪化が進行している。健康保険組合連合会が昨年末に発表したデータによると、平成29年度は加盟約1400組合のうち4割以上が、支出が収入を上回る赤字状態となった。背景にあるのは高齢者向け医療費の慢性的な増加で、健康保険に加入する現役世代が高齢者の医療費を支える構図が強まっている。こうした中、加入者が負担する保険料はこの10年で10万円も上がり、手取り収入は押し下げられる一方だ。日本経済は緩やかな回復基調が続いているというが、消費者(加入者)の負担感は当面拭えそうにない。
「国民皆保険の存続すら心配している状態だ」
健保連の田河慶太理事は日本の医療保険制度の現状に警鐘を鳴らしている。
健康保険組合は規模の大きい企業や職種ごとに組織され、従業員や家族らが加入する。中小企業の従業員らが入る協会けんぽや、自営業者らが入る国民健康保険などとならび、日本の医療保険制度を支える柱の一つだ。
その健保が経営に苦しんでいる。29年度に赤字となった健保は全体の42%。28年度の39%から状況が悪化した。こうした中、約50万人が加入する人材派遣健康保険組合などが今年3月末の解散を決めた。
解散した健保の加入者は協会けんぽに移るため、医療保険が使えなくなるわけではない。しかし健保の経営状態の悪化や解散について、健保連は「現在の日本の医療保険制度が立ちゆかなくなりつつあることの表れ」と危惧している。
■高齢者支援が重荷に
健保が窮地に追い込まれている背景には、健保に加入していない高齢者の医療を支援するため、巨額の負担を求められているという事情がある。健保が29年度に支払った経費のうち、約3兆5千億円は高齢者支援のための拠出金で、加入者のための医療費支払額の約4兆円に迫っている。個別の健保でみれば、高齢者支援のための拠出金が加入者のための支払いを上回っている組合も多い。
健保連によると、健保の経営悪化が進んだきっかけは、20年度に政府が高齢者の医療費を支える仕組みを見直したことだ。
政府は20年4月に75歳以上が加盟する後期高齢者医療制度を設立。あわせて65~74歳(前期高齢者)の加入割合が多い国民健康保険の負担を軽減するための仕組みも導入した。こうした仕組みによる29年度の健保全体での拠出金額は制度導入前(19年度)の約1・5倍となっている。
これらの拠出金の負担は国からの請求書が回されるようにして各健保に割り振られる。健保連の田河氏は「現役世代からみれば、拠出金負担は非常に厳しい」と話す。
■知らないうちに負担増
こうした拠出金の増加は健保の保険料の値上げにつながっている。加入者の収入に占める保険料(事業者負担分を含む)の割合を示す保険料率は、健保連加盟組合平均で、29年度は約9・2%。10年前の約7・3%から大きく増加した。一人当たりの年間保険料額でみても29年度の約49万円は、10年前から10万円も増えている。
健保の保険料率は個別の健保が財政状態などを考慮したうえで決める。しかし、多くの会社員は「知らない間に保険料率が上がっていた」というのが実情だろう。
保険料率の引き上げは「見えない増税」とも位置づけられる。大和総研は昨年10月、各家庭の実質可処分所得が7年前よりも数十万円少なくなっているとの試算を発表した。実質可処分所得とは給与から所得税や住民税のほか、健康保険や公的年金などの社会保険料を差し引くなどした「手取り収入」だ。
片働き4人世帯で年収500万円の場合、7年前なら税金や社会保険料を引かれた後でも434万円が手元に残っていたが、30年では408万円しか残らない。共働き4人世帯で年収1千万円なら、手取り収入は818万円だったはずが、780万円にまで減ってしまった。社会保険料引き上げや26年4月の消費税増税、「子ども手当」の縮小などが影響した。
■見えない増税
会社員の多くが加入する厚生年金保険の保険料率は法律で定められた段階的な引き上げがすでに終わっており、これ以上の引き上げは予定されていない。また消費税率は今年10月に10%まで上がる予定だが、さらなる引き上げを検討するだけで政治問題化することは確実だ。
こうした中、今後も拡大が見込まれる医療費のツケは、健保に回される可能性が高いとの見方は多い。見えない増税はこれまでも大きな政治的議論になることなく進められており、健保の保険料率はこれからもじわじわと上がり続けていくおそれがある。
健保連は後期高齢者が医療機関で支払う窓口負担を増やすなど、「高齢者にも応分の負担を求めることが必要だ」と主張。さらに税制の見直しなどで、医療費負担に必要な財源を国民全体から集める必要があるとしている。
給与からの天引き額が知らぬ間に引き上げられることを避けるためにも、国民的な議論が必要といえそうだ。(経済本部 小雲規生)