「観光の対馬」市長、風評被害を懸念 核のごみ調査が残した分断

原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)を地中に埋める最終処分場の候補地として最初のステップとなる文献調査を受け入れるか否か――。長崎県対馬市の比田勝(ひたかつ)尚喜市長が27日に出した答えは「ノー」だった。受け入れへの賛否を巡って市民の分断が広がる中、市トップが下した決断の背景には何があったのか。 【写真】対馬市長の核ごみ調査反対表明に涙する傍聴者  「(賛否の)双方とも対馬市の将来を考えての議論であったと思う。(調査を受け入れないという)この見解をもってこの案件に終止符を打ちたい」  核のごみの最終処分場を巡り、比田勝氏は27日の市議会で調査を受け入れないことを表明した上でそう述べた。傍聴した反対派の市民は喜びの声を上げた一方、調査推進を求める市議らは口を真一文字に結んで厳しい表情を見せた。  議場は開会前から騒然とした。朝から一部報道で「市長が受け入れ反対表明へ」と伝えられたため、市議の一人が比田勝氏に詰め寄り「議会軽視だ」と批判。比田勝氏が色をなして反論する場面もあった。  約40席の傍聴席を埋めた市民らを前に立場を明確にした比田勝氏に、「核のごみと対馬を考える会」の上原正行代表(78)は、「安心した。市長の決断は対馬からこの国の原子力政策を考える上で大きなインパクトがある」と話した。  閉会後の記者会見で比田勝氏が強調したのは風評被害だ。漁業が盛んな対馬市の漁獲高は年間160億円規模だ。豊かな自然で人気を集める観光関連の消費は多い時で年間180億円を超える。一方、文献調査受け入れで国から交付されるのは最大20億円。比田勝氏は東京電力福島第1原発処理水の海洋放出にも触れ、「ひとたび風評被害が生じれば、20億円では代えられない」と訴えた。  ◇「税金を使った振り分け」  最終処分場の候補地を巡っては北海道寿都(すっつ)町と神恵内(かもえない)村で2020年11月、全国で初めて文献調査が始まった。21年10月にあった寿都町長選は調査中止を訴える元町議の新人が調査を推進した現職との一騎打ちを演じ、敗れたものの約200票差に迫り、分断が浮き彫りとなった。  同町の反対派の男性は文献調査の進め方について「税金を使って『良い子』『悪い子』に振り分けているように感じる。住民感情にしこりを残す国の進め方にも不信感がある」と語る。  一方の神恵内村。22年2月の村長選では調査を容認する現職が約9割の得票で再選した。多くの村民が調査を肯定した格好だが、反対派の男性は「泊原発に勤める人の関係者も多く、反対運動が根付きにくい。人口減も深刻で目先の利益が気になり、冷静な議論もできていない」と嘆く。  分断を生みながらも文献調査を受け入れている2町村と異なるのは自治体や経済の規模だ。対馬市の人口は減少が続いているとはいえ2万人台。市の予算規模も300億円を超える。一方の寿都町は人口2000人台、神恵内村は700人台にとどまる。  最終処分場の選定プロセスに詳しい東京電機大の寿楽(じゅらく)浩太教授(科学技術社会学)は「過疎化が進む小規模な自治体ほど交付金のインセンティブが強く働くという現行制度の課題が対馬市の判断で改めて浮き彫りになった感がある」と指摘し「どういう制度が健全なのか社会全体で議論していくべきだ」と話した。【城島勇人、栗栖由喜、山田豊】

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