「貧乏人の食べ物」と蔑まれたタピオカ 3度目のブームは何が違う?

なんだか、とんでもないことになってきた。

 数年前からタピオカドリンクのブームが続き、従来の食の流行サイクルからいって、去年がピークだろうと高をくくっていた。が、予想は見事に外れ、沈静化どころか今年になってからの専門店の増殖ぶりはすさまじい。

 東京・渋谷エリアはもともと激戦区だったが、私が気づいただけでも6月中に新しい店が6軒登場した。都内の鉄道・地下鉄の各駅周辺に1軒はあるといわれ、スムージー屋などから急遽、業態替えしたケースも多い。

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 客の大半は若い女性だ。女子中高生のあいだでは、「タピる」が流行語になっている。「タピオカドリンクを飲みたい」なら、「タピりたい」だ。いま街で女の子の行列を見たら、ほぼタピオカ屋だと思って間違いない。とくに人気店、新規オープン店は延々長蛇の列で、歩行者の迷惑にならないよう、列を整理する警備員が出動している店も少なくない。

 ブームは全国に波及して、地方都市でも右肩上がりの出店ラッシュ状態だ。近年、ここまで大規模かつ爆発的な食べ物ブームは珍しい。

「タピオカ」の流行は、空前の「ティラミスブーム」から始まった

 今回のタピオカブームは、3回目である。1回目は1990年代の前半、ポスト・ティラミスに「タピオカココナッツミルク」が浮上したときだった。

 1990年春、ある女性誌の特集をきっかけに突如として起こったティラミスブームは、戦後最大級の食の流行現象だった。ブームを生んだいくつかの要因のうち、もっとも重要なポイントだったのが、それ以前の洋菓子では味わえなかった“ふわとろ”の食感。カップに入れて販売しなければ、形が持たないほどのやわらかさは、スイーツにおける食感革命だったといっても過言ではない。

 ティラミスの成功体験で、食品業界では「新食感を作れ!」がビジネスのキーワードになった。柔らかさや弾力を強調した心地よい食感、おもしろい食感の演出は、菓子類だけでなく魚介練り製品、飲料の分野にも波及していった。

 以降、ふわふわのチーズ蒸しパン、表面パリパリ内側とろりのクレーム・ブリュレなど、それまでにない食感のスイーツが次々と人気を博した。そんな中、満を持して登場したのがタピオカココナッツミルクだった。

第1次タピオカブームの特徴は?

 タピオカは、イモの一種であるキャッサバのでんぷんを水に溶いて加熱後、粒状に乾燥させたものだ。80年代前半から輸入されていたが、長時間ゆでる手間が敬遠され、ごく少数の中国料理店でしか使われていなかった。風向きを変えたのが、バブル期のエスニック料理ブーム。東南アジア諸国系のレストランが、いっせいにタピオカをココナッツミルクに浮かべたデザートを出したのである。

 このとき使われたのは、いまドリンクに入っている大粒で黒い「ブラックタピオカ」ではなく、透明で小粒タイプのタピオカ。カエルの卵にそっくりな形状と、くず餅やわらび餅とは似て非なるプニュプニュ、もちもちした食感が衝撃的で、たちまち花形スイーツの座を獲得した。タピオカココナッツミルクは、洋菓子が圧倒的主流だったスイーツ流行史上、はじめて東南アジアからやって来たという点でも、画期的だった。

 2回目のブームは、2000年代初頭に「タピオカミルクティー」が大ヒットしたときだ。こってり濃厚で甘いミルクティーに、ブラックタピオカが沈んでいる。1980年代に台湾の喫茶店で創案されたドリンクである。

 見た目のユニークさはタピオカココナッツミルクをはるかに超え、太いストローで吸い込みながら食べるところが斬新。大粒のぶん、より強靱なもちもち感が楽しめる。飲み物であって食べ物でもあることも大受けして、タピオカミルクティーは大手メーカーのカップ飲料として、コンビニにも並ぶようになった。

あんなものにまで……日本人の食生活に潜むタピオカ

 ところで、タピオカはそれ自体、ほぼ無味無臭である。味と香りに主張がないため、どんな食材とも合わせやすく、個性は食感だけという非常に珍しい食品だ。また、タピオカでんぷんは、食品の粘度を高める増粘剤として非常にすぐれており、多種多様な加工食品に使われている。パッケージの裏の原材料を見てみて、「でんぷん」または「増粘剤(加工でんぷん)」とあったら、かなりの確率でタピオカだ。実は、ものすごく身近な食品なのである。

 パンがもちもちとしていると喜ばれるようになったのも、タピオカの影響である。もちもちパンのパイオニア、「新食感宣言」(山崎製パン)は、はじめてタピオカでんぷんを使用したのが革新的な食パンだった。以降、もちもち志向はパンにとどまらず、ケーキや和菓子、麺類やお好み焼きなど、粉もの全般に広がった。

 元来、日本の伝統食品でもちもちしているのは、もち米と餅だけだった。ところが、タピオカでんぷんは、小麦粉だけでは出せない、しかも餅とは異なる湿りけとやわらかさを伴い、歯切れのよいもちもち感を可能にしたのである。

 2回目のブームから、静かに定着していたタピオカが、3回目のブームを起こすきっかけは、2013年にタピオカミルクティー発祥の店とされる台中の「春水堂」が、代官山に海外初支店を開いたことだった。

 それからというもの、台湾のみならず、韓国やタイ、アメリカからも人気大型チェーン店が続々と上陸し、新規国産チェーン店も次々と出現。いまのところ、出店の嵐がやむ気配はない。

第3次ブームではタピオカの品質が“売り”に

 ブラックタピオカがドリンクに入っているという形式は、2回目のタピオカミルクティーブームと同じだが、今回の特徴は、タピオカ自体の品質を各店がアピールしていることだ。“店内で手ごね”とか“職人の手揉み”とか“作って1時間以内のできたて”等々、ことさら手作りであることが宣伝され、実際、食べごたえ(噛みごたえ)はかなりなもの。タピオカでんぷんの調理技術が進歩し、多様なもちもち感が出せるようになった。

 また、茶葉やミルク、砂糖の品質にもこだわって、ドリンクとして本格的でおいしくなった。紅茶だけでなく、ほうじ茶、緑茶、抹茶、ウーロン茶、ジャスミン社と、茶の選択肢が増え、カラフルなフルーツジュースやスムージーで作る店もある。

 ゼリーやアイスクリーム、フルーツ、チョコレートなど、トッピングの種類も増え、見た目がぐっと華やかになってSNS映えがするのも、ブームの大きな要因だ。「#タピオカ」を含むインスタグラム投稿の数は、この原稿を書いている6月末現在で、135万件超え。画像は、分け入っても分け入っても黒い粒の山だ。カップのデザインはおしゃれで、中身も派手でかわいいが、店によって極端な違いはないように見える。

 クオリティーが高くなったぶん、1杯が400円から600円と、値段も前回よりずいぶん高級化した。トッピングによっては700円に達することもあるが、カフェでコーヒーとケーキを頼むのと同じか、若干安く上がる価格設定が絶妙だ。

かつては「貧乏人の食べ物」だった

 タピオカの原料であるキャッサバは、中南米原産の多年生植物で、三角貿易でアフリカに伝播した。奴隷の食糧だったことや、痩せた土地で栽培されたことから、かつて「貧乏人の食べ物」と蔑まれた悲しい歴史を持つ。逆に、土壌を選ばず乾燥した気候でもよく育ち、繁殖が容易なことが再評価され、この半世紀で生産量が急増した。

 現在、全生産量の半分がアフリカで、残りの4分の1ずつが東南アジアと中南米。アフリカではトウモロコシに次ぐ第2の主食になっている。作付面積当たりのカロリー生産量があらゆる穀物・イモ類中ナンバーワンで、収量が多い。食料不足解決の切り札になる、重要な作物なのである。

 タピオカドリンクの背景にある、そんな話を知って飲めば、ありがたみが増すのではないだろうか。ともかく、タピオカは思った以上にすごい食べ物なのである。

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