「なんだか最近ついてないんだよね」と友達にこぼす。懸賞に当たれば、うれしい気持ちとともに「こんなことで運使っていいのかな」と考える。すごく信じているわけではないけれど、なにかと意識してしまう「運」について、脳科学者の視点から、科学的にアプローチしたのが本書『科学がつきとめた「運のいい人」』だ。
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ここで扱われている「運がいい人」になるための方法の中には、「早寝早起き」や「『私は運がいい』と書いた紙を貼っておく」など、過去にどこかで聞いたことがあるようなものもある。しかし、そういった事柄についても科学的な根拠に基づいて説明しているため、納得しながら素直な気持ちでやってみようと思うことができる。また、自己イメージが実際の行動に直結することを示す実験や、脳内神経伝達物質の話など、著者の専門である脳科学あるいは認知科学的な考察に関しては、より細かく具体的に描かれている。自分の身体にそんな特徴があるのかとわかって、非常に面白い。
本書には、運がいい人になるための秘訣がとにかくたくさん書かれている。明日から実践できることだけではなく、「理屈はわかるけれど、ちょっとすぐに実践するのは難しい」ことも含まれている。いずれにせよ、1個でも2個でもできることから取り組んでみて、折に触れて読み直してみたいと思わされた。「運がよくなりたい」と一度でも思ったことがある人には、ぜひ手にとっていただきたい一冊である。(河合美緒)
● 本書の要点
(1)「運」は、もともと持っているものというよりは、その人の考え方や行動の仕方によるものである。そして、「運がいい人」に共通する考え方や行動パターンを分析することで、だれでも運がいい人になることはできる。
(2)運がいい人は自分の特性をよく知り、最大限に生かす方法を考える。また、自分が「運がいい」と思い込み、物事に取り組む時にプラスの自己イメージを持っている。
(3)運がいい人は明確な目的をもって物事に取り組む。その過程でたとえ不運なことが起きたとしても、決して途中で諦めたりしない。
● 要約本文
◆運を科学的にとらえるとは
◇運がいい人はつくれる
運は一見非科学的なものであり、科学的に扱うような対象ではないと感じる人もいるだろう。しかし、非科学的に感じるものであっても、科学者の目でていねいに分析すると、科学的な根拠が見つけられることがある。
「運がいい・悪い」を考える際にまず忘れてはならないポイントは、私たちの身の回りには「見えない」運・不運が無数にあるということである。たとえば、普段通っている道に、100万円が入った封筒が落ちていたとする。しかし、その日に限って別の道を選択したために、100万円を拾うことはなかった。いつもと違う道を選んだ点で運を逃しているが、当の本人には「運が悪かった」という自覚は生まれない。
私たちはつい、目に見える運・不運だけに着目しがちだ。その裏側には、何倍、何十倍もの自覚できない、検証できない運・不運があることを知っておく必要がある。こう捉えると、誰にでも公平に運は降り注いでいる、ということがわかるだろう。
それでも世の中は、運がいい人と悪い人に分かれているように見える。公平に降り注ぐ運を上手にキャッチできる人、不運を上手に防げる人、あるいは不運を幸運に変えられる人などが、「運がいい人」である。そして、この運がいい人といわれる人たちを観察すると、共通の行動パターン、物事のとらえ方、考え方などが見えてくる。つまり、「単に運に恵まれている」わけではなく、平等に降り注ぐ「運」を生かす行動や考え方をしているということだ。それらは科学的に説明を付けることができる。本書は、「運をよくするための行動や考え方」について、脳科学の知見をもとに解説している。
◆運がいい人になるために
◇今の自分を生かす
運がよくなるために、今の自分とは違った人になるために努力することは、かえって「運のいい人」から自分を遠ざけていってしまう。
脳には人それぞれ特徴があり、それによって個性がつくられている。たとえば、人間の脳は、安心感、安定感、落ち着きを感じさせるセロトニン、「やる気」をもたらすドーパミン、集中力を高めるノルアドレナリンなどの神経伝達物質を出す。これらは私たちが健康に生きていくために必要であるが、増えすぎると脳や体に悪影響を与える。そのため、それらを分解し、全体量のバランスをとるモノアミン酸化酵素という物質が存在する。この酵素はその分解の度合いに遺伝的な個人差があり、これがひとつの脳の個性を生み出す。
分解の度合いが低いタイプの女性の脳は、幸福を感じやすい脳だといわれている。特に度合いが低いタイプの人は、幸福度が高い一方で、反社会的行動をとりやすいとも考えられている。一見矛盾しているように感じるかもしれないが、モノアミン酸化酵素の分解の度合いが弱いということは、セロトニンの分泌量が多いということを指す。すなわち、セロトニンによる安心感を強く感じるために、その反対の不安感がないのだ。
先のことを考えるからこそ不安感は生じる。セロトニンの分泌が多いと、「いまがよければいい」といった、反社会的行動をとりやすくなるのである。なお、モノアミン酸化酵素の分解の度合いが低い男性は、攻撃的なタイプになるといわれている。
このように私たちの脳は、自分では変えることのできない生まれつきの個性を持っている。自分の脳の特徴を自覚することでこの個性に対処していくことはできるが、全く変えてしまうことは不可能である。自分を変えるというのはそもそも至難の業なのだ。
そこで視点を変えて、「いまの自分を最大限に生かす」方法を考えてみよう。新しい何かを習得するのではなく、自分の体、自分の価値観など、すでに自分が持っているありとあらゆるものを生かしていく。これが運のいい人になる第一歩である。
◇自分は運がいいと思い込む
「自分は運がいい」と決め込むのも、運がよくなる秘訣である。そこに根拠は必要ない。
「自分は直観力がすぐれている」と思っている人に、ほとんどその根拠がないことを示す調査結果がある。それと同じで、「運がいい」と思っている人に明確な根拠がある場合はまれなのだ。
それでも、「運がいい」と思っている人の方がより成長のチャンスに恵まれる。何か仕事がうまくいかない時に、運がいいと考えている人は「自分に勉強不足のところがあるかもしれない」と考える。一方、運が悪いと考えている人はうまくいかない原因を「運が悪い」せいにしてしまう。運がいいと考えている人には努力の余地が生まれるのだ。両者には同じような出来事が起きているが、捉え方や対処の仕方が異なっている。この積み重ねが長い年月を経たら、大きな違いになることは想像に難くない。
◇プラスの自己イメージをもつ
「運がいい」と思い込むのと同様に大切なのが、「プラスの自己イメージ」を持つことである。重大な局面で、「自分ならできる」といったプラスのイメージを持つようにするのである。
このプラスイメージに特別な根拠は必要ないということが、イギリスで行われた実験によって明らかにされている。この実験では、一般に男性の方が女性よりも早く正確に答えを出せるとされている種類のテストを出した。その内容よりも、試験前に被験者に実施した簡単なアンケートが実は肝である。このアンケートで性別をきかれたグループの女子大学生正答率は、男子学生の64%であった。一方、自分の所属大学をきかれたグループの女子大学生の正答率は、男子学生の86%まで上がったのだ。被験者の多くは有名校の学生だったため、「自分が有名大学の学生である」というプラスの自己イメージが、テストによい影響を与えたということがわかる。
このように、プラスの自己イメージはパフォーマンスに直接影響を与える。物事に取り組む際には、なるべくマイナスの自己イメージを排除して、プラスの自己イメージを持つようにするとよい。「自分は運がいい」という思い込みとセットにすると、よいサイクルが回るようになる。
◇人を育てる
「愛しい」と感じる身近な対象を全力で育てることも、自分自身の能力の向上、ひいては、「運」をよくする秘訣の1つである。子どもや孫といった存在だけでなく、後輩や部下などでもよい。
愛情をもって子どもを育てた経験のある母親ラットの方が記憶力と学習能力が高いことは、とある実験によってわかっている。しかもこれは、実の子どもである必要はない。赤ちゃんラットと同じケージに一定期間いた未婚のラットも、記憶力と学習能力が向上したのだ。これはオキシトシンという「愛情ホルモン」の働きだと考えられている。
オキシトシンは陣痛の促進や母乳の分泌にかかわるため女性の方が分泌されやすいホルモンであるが、男性でも分泌される。マーモセット(キヌザル)を使った実験では、単独でケージにいたオスのマーモセットより、子どもと同じケージにいたオスのマーモセットの方が、オキシトシンの分泌量が多い結果となった。
こういったことから、自分の子どもに限らず愛情をもって誰かを育てると、オキシトシンが分泌されて記憶力と学習能力が向上する、ということがわかる。「人を育てると自分も成長する」ということはよく言われるが、これは実際にそのとおりなのだ。
◇明確な目的を持つ
運がいい人になるには、具体的な目的をもつことも大切である。
しばらく前にセレンディピティーという言葉が注目された。『広辞苑』には、セレンディピティーとは「思わぬものを偶然に発見する能力。幸運を招きよせる力」とある。つまり「偶然の幸運をキャッチする能力」のことだ。
科学上の大発見には、実はセレンディピティーによるものが多い。たとえば、2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士の「導電性ポリマーの発見と開発」は、実験の失敗が大発見のきっかけとなった。このようにセレンディピティーを発揮した人たちに共通しているのは、明確な目的を持っていることである。白川博士は、中学生のころから「新しいプラスチックを作りたい」という思いを抱いていた。
目的が定まっていれば、それに向かって具体的な努力を重ねることができる。そのための知恵もわくし、創意工夫も生まれる。逆にいえば、具体的な目的がなければ、幸運も降りてきようがないということである。そしてその目的は、自分なりの価値観、「しあわせのものさし」で測ったものでなければ意味がない。
◇ゲームをおりない
私たちは生きていくうえで、色々なゲームに参戦していると捉えることができる。受験や就職活動は言うまでもなく、結婚して家庭生活を送ることも会社で働くことも、ゲームのひとつといえる。運がいい人は、自分が「これぞ」と思うゲームからは決して自分からはおりないのだ。「これぞ」というゲームとは、社会的な圧力によって何となく参加したゲームではなく、自分なりの「しあわせのものさし」で測った夢や目的に関するゲームのことである。
とはいえ、夢への道のりが失敗ばかりだとめげてしまうのも人間である。そういった時には「ゲームは常にランダムウォークモデルのように進む」と考えるとよい。コインを投げて、表ならプラス1、裏ならマイナス1進む点をプロットしてみるとしよう。その行為を1万回繰り返した時、多くの人はその点が、ゼロを中心とした狭い範囲を行ったり来たりすると考えがちである。しかし実際には、マイナス1万からプラス1万までの広い範囲を点は動く可能性があり、ゼロ付近に留まる確率はごくわずかなのだ。これがランダムウォークモデルである。
これを、現実の夢や目的への道のりに置き換えて考えるのである。コインを投げたときと同様に、夢を追う場合にも、マイナスの出来事、あるいはプラスの出来事ばかりが続くことは少なくない。しかし、長期的にみれば、プラスとマイナスの出来事がほぼ半分ずつになる。運がいい人は、マイナスの出来事が続いても簡単にゲームをおりない。マイナスの時は被害が大きくならないように努力し、次のチャンスに備えるのである。そして、プラスの出来事が続いたとしても、気を緩めずに邁進することができる。
◇脳から変わる
運のいい人は様々な方法で自分の脳を「運のいい脳」に変えている。ここまで、運がいい人に共通する考え方や行動パターンを見てきた。結局、運というものは生まれつき決まっているものではなく、その人の考え方や行動の仕方でいくらでも変わるということだ。
以前は人の脳は成人になると設計図どおりに固定されてしまうと考えられていた。しかし現在では、新しい経験をして脳が新しい刺激を受けることで、大人の脳であってもどんどん変化することがわかっている。私たちは何歳になっても脳を育てていけるのだ。
● 一読のすすめ
脳科学者の視点から、「運がよくなる方法」について科学的に論じられているので、素直に実践してみようと思える本である。要約では紹介しきれていないノウハウもたくさんある。ライバルや苦手な人との付き合いをどう考えるか。新しい言語を習得するという目的をかなえるためにできることは何か。脳細胞を「運のいい」ものに変えるために効果的な方法は何か。かなり具体的に書かれているので、ぜひ取り組んでみたい。
1年後などに再読すると、実践できているところとそうでないところが明確となり、さらに自分を振り返るきっかけにすることもできるだろう。
● 評点(5点満点)
総合4.0点(革新性3.5点、明瞭性4.0点、応用性4.5点)
● 著者情報
中野信子(なかの のぶこ)
科学者、医学博士、認知科学者。東日本国際大学教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。08年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。コメンテーターとしてテレビ番組に出演する傍ら、ベストセラーも多数。
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