全国のローカル鉄道40社が現地販売する、御朱印帳ならぬ「鉄印帳」。7月10日の発売から時を置かず、売り切れが続出している。一方で、発案した永江友二さんが社長を務める熊本県のくま川鉄道(くま鉄)が九州豪雨で運休になった。「復旧したら鉄印の記帳にも来てほしい」と永江さん。今後の増刷も決まっているという鉄印帳、生き残りに知恵を絞るローカル鉄道の救世主となるか。
10日午前9時、栃木県の真岡鉄道・真岡駅。平日にもかかわらず、2時間以上前に着いたという男性を含む8人が鉄印帳発売を待っていた。真岡鉄道ではこの日だけで50冊が売れ、12日午後までに同鉄道に割り当てられた110冊を完売した。
鉄印帳は、全国のローカル鉄道40社が加盟する「第三セクター鉄道等協議会」などが初めて企画した。御朱印帳になぞらえた文庫本サイズの鉄印帳(2200円)を買った人が、各鉄道で「鉄印」(300〜500円)を記帳してもらい、40社の鉄道の鉄印すべてをそろえると、制覇した順番が記されたカードも入手できる。
各社にそれぞれ110冊が割り当てられ、10日から販売が始まった。原則、駅などの窓口販売のみという制限があるため、ノルマ達成に不安の声もあったというが、16日正午までに関東や中部、関西を中心に21社で完売。8月中の増刷が決まった。
協議会の本棒公二事務局次長によると、購入者の多くは40代以上の男性という。本棒さんは「国鉄時代に全国にあった駅スタンプのファンかもしれない。全線制覇の順位を競えるゲーム性もある」と語る。新型コロナウイルス感染症の再拡大への懸念もあるが、本棒さんは自虐交じりに「人口減に悩む沿線が多いので、車内は密どころか、いつもきれいな空気を運んでいる」と話す。
発案者で、くま鉄社長の永江さんは「全国の路線に乗っても無効印を押した切符くらいしか公式の記念がなかったので、鉄印帳は宝物になる。協議会加盟の全40社のロゴが入ったグッズが販売されるのも初めて。5000冊なら売れると思った」と明かす。
ところが、当のくま鉄は4日、九州豪雨で鉄橋が流れるなどの被害を受けた。くま鉄については例外的に通信販売で10日から鉄印帳の販売を始めたところ、半日で分担の110冊を完売した。永江さんは「応援で買っていただいたと思うとありがたい」と語る。
ローカル鉄道事情に詳しい関西大の宇都宮浄人教授(交通経済学)は「今までにない発想で、社長自ら記帳するなど必死で取り組んでいることが、鉄道ファンに加えて沿線住民も引きつけている」とみている。
宇都宮教授によると、多くの地域鉄道の経営基盤は盤石とは言いがたく、コストカットのために運行本数や人員を削減し、それによって乗客が減る悪循環に苦しんでいるという。宇都宮教授は今後のローカル鉄道について「高齢化が進む中でも誰もが社会参加できるようにするためには地域鉄道が軸となる。利便性を向上させるために公がもっと投資すべきではないか」と指摘している。【林田七恵】