「青春18きっぷ」が存続している理由

杉山淳一の時事日想:
 JR旅客グループ各社が販売する「青春18きっぷ」は、簡単に言うと全国のJRの普通列車が1日当たり2300円で乗り放題になるきっぷだ。毎年、春・夏・冬の一定期間に販売される。青春18きっぷの「18」は、青春を象徴する年齢の18歳からと言われているが、実際には年齢制限はない。私のような鉄道ファンだけではなく、旅行好きにも人気があって、上手な利用法やモデルコースなどが雑誌やWebサイトなどで紹介されている。最近ではシニア層でも人気が高まっているようだ。
 その人気のきっぷについて、毎年のように「廃止」の噂が流れている。もちろんJR各社とも廃止を発表していない。しかし、愛好者たちは一抹の不安を抱えている。正直に言うと、私もちょっと不安である。なぜなら、今年の青春18きっぷも春用の利用期間のみ発表され、夏版・冬版については「別途お知らせします」とされているからだ。
●2010年の廃止ショック
 青春18きっぷ廃止説が最高潮に達した時期がある。2010年の春だ。JR旅客グループ各社は毎年2月ごろに青春18きっぷの利用期間を発表する。しかし2010年版については春と夏だけを発表し、冬版に「詳細が決定次第、別途お知らせいたします」とされた。文字通りに解釈すれば、廃止ではなく別途発表であるが、某駅で「春と夏だけです」と案内されたという噂が流れた。ネット時代である。この話はあっという間に広まった。
図:2010年冬から追加された「青い森鉄道通過」、ほか(http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1203/23/news005.html)
 しかし実際は冬版も発売された。ただし内容に変更があり、この年に開業した東北新幹線八戸-新青森に関連して、並行在来線の「青い森鉄道」に転換された八戸-青森間に関して「JR東日本の接続駅まで通過するだけなら乗車可能」とされた。青い森鉄道への転換によって、下北半島の大湊線がJR東日本としては飛び地になってしまう。そのための便宜処置である。これに関して青い森鉄道との調整が必要であり、2月の発表では間に合わなかったようだ。2011年版もこの制度は継承されて、2月に春・夏・冬版が同時に発表された。
 こうした経緯を振り返ると、2012年の夏版・冬版が「別途お知らせします」となっていても廃止の心配はなく「何らかの変更がある」だけだと思われる。「青い森鉄道」の特例が見直されるか、価格や利用期間が改訂されるか。
 私としては、青い森鉄道の特例をIGRいわて銀河鉄道の好摩-盛岡間にも適用してもらいたい。この区間は花輪線の列車がIGRに乗り入れて盛岡まで直通する。青春18きっぷ利用者が未払いのまま通過している可能性は高い。IGRと協議して、すっきりさせたほうがいい。
 これ以上は憶測になってしまうが、廃止はないだろう。廃止なら今のうちに廃止と告知されるだろうからだ。もっとも、JRに限らず、フリーきっぷにはひっそりと姿を消す商品も少なくない。もともと「青春18きっぷ」は毎年発売する商品ではなく、「毎年発表される恒例」にすぎない。かつて女性グループ向けに発売されていた「ナイスミディパス」もいつの間にか見かけなくなった。そんな先例があるから、青春18きっぷも廃止(=未発売)の不安が起きるわけだ。
●青春18きっぷが存続する理由
 青春18きっぷは1982年の春から「青春18のびのびきっぷ」として発売され、翌年から現在の「青春18きっぷ」という名になった。今年で発売から30周年の節目を迎えるロングセラーだ。希望的観測で言うと、2012年夏版・冬版の「何らかの変更」は、この30周年を記念した価格や特典かな、という希望的観測もある。
 青春18きっぷは、当時、赤字に悩んでいた国鉄の増収策として誕生した。1982年といえば、国鉄再建法が成立し、臨時行政調査会が分割民営化へ向けて検討していた。マスコミは赤字国鉄の経営から現場まで、あらゆる分野を叩いた。当時、鉄道少年だった私は、こうした報道をとても残念に思っていた。そんなときに登場した青春18きっぷは、とても明るい話題だった。
 なにしろ青春18きっぷは、増収のための設備投資がいらない。新線や新駅も必要なく、列車の増発や車両の新製も不要。普通列車限定で、学生の長期休み期間に有効とすれば、ガラ空きの列車にお客さんが来てくれる。現場の手間もかからないので、組合だって反対する理由はない。学生定期代の減収さえ補えたら御の字。それどころか、コストは多少の宣伝費ときっぷを印刷する紙代だけで、トレーディングカード並にボロもうけできるきっぷである。
 現在の青春18きっぷの売り上げはいかほどだろうか。国内外の旅行情勢に詳しい『旅行総合研究所・タビリス』が独自に入手したデータによると、JR東日本の2010年度の販売枚数は23万8954枚とのこと。これに単価1万1500円をかけると 27億4797万1000円。約27億円もの売り上げになる。タビリスによれば、JR各社の旅客運賃収入のシェアのうち、JR東日本の売り上げは45%で、かなり乱暴だが、この比率で推計するとJR全体では約60億円になる。
 JR各社にどう配分されているかは分からないが、トータル60億円の「印刷紙販売ビジネス」を、そう簡単にはやめられないはずだ。連結売上高2兆5000億円もあるJR東日本にとって、60億円は小さな数字かもしれない。しかし、JR四国の連結売上高485億円から見れば見逃せない数字である。いや、JR東日本にしたって、自社売上の27億円はないがしろにして良い数字ではない。総額2兆円以上の売り上げは、駅では最低区間130円からの切符を売り、キヨスクでは1個100円のアメを売り……という小さな商いをかき集めての商売である。
●代替商品に取り組むJR各社
 あなたが営業部門の責任者だとして、部下が「年商60億円の高利益率の商品をやめたい」と言い出したら、どんな決断を下すだろうか。「それで失う60億円をどうするつもりか?」と問いただすだろう。仮に商品に問題があるとしても「他に60億円の売り上げを確保する方策を考えよ」と代案を求めるはずだ。営業部門どころではなく、上場会社の経営者なら、60億円もの優良商品をやめるとなれば、株主に理由を説明する必要があろう。
 故に青春18きっぷは安泰、と私は考える。営業成績が優秀な青春18きっぷにも、少なからず問題点はあるようだ。その話は次回に述べるとして、実は、青春18きっぷを代替するきっぷの取り組みは始まっている。
 例えば、JR北海道とJR東日本は共同で「北海道&東日本パス」を販売している。ほぼ青春18きっぷと同時期に、7日間有効。JR北海道とJR東日本、青い森鉄道、IGRいわて銀河鉄道、北越急行、富士急行の普通列車に乗り放題。価格は1万円で、別途料金で急行列車も乗車可能。子供料金(5000円)の設定もある。
 JR九州は3月31日まで「旅名人の九州満喫きっぷ」を販売中だ。価格1万500円で、3回分が付いている。JR九州と九州地域内の私鉄の普通列車に乗り放題だが、2012年度の発売については発表されていない。また、JR四国は通年販売で「四国フリーきっぷ」を販売している。1万5700円で3日間有効。JR四国の普通列車に乗り放題だ。
 このほか、さらにエリアを限定して低価格としたり、特急にも乗れたりなど、魅力的なきっぷはたくさんある。青春18きっぷがなくなるとすれば、こうした新しいきっぷに利用客が移行して、青春18きっぷの利用者が減った時だろう。しかし、今のところ青春18きっぷの圧倒的なネームバリューを超える商品はない。ただし、青春18きっぷ自体の制度の見直しはあるかもしれない。期間か、価格か、回数か……。この夏、私たちは「青春」のはかなさを知ることになるかもしれない。
 もしあなたが青春18きっぷを愛しつつ、廃止されるかもしれないと不安に思うなら、なすべきことはひとつ。この春も青春18きっぷを購入し、付属のアンケートに回答して、継続的な利用をアピールすることだ。私もそうする。
[杉山淳一,Business Media 誠]

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