韓国大統領選(3月9日投開票)の公式選挙運動が15日始まった。与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)前京畿道知事と、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソンヨル)元検事総長が、激しく競り合っている。韓国の歴代大統領は、在任中に亡命や暗殺、退任後に逮捕や自殺など、悲惨な末路をたどるケースが多い。与野党候補が総力戦を展開するなか、ジャーナリストの室谷克実氏は、絶大な権力を握る文在寅(ムン・ジェイン)大統領の動向に注目している。
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韓国大統領選は本番に入った。3月10日に当選人が決まるが、新大統領の就任は2カ月後の5月10日だ。その前日9日午後11時59分59秒まで、国家権力は文大統領が握っていることを忘れてはならない。彼がその気になれば「大統領選挙当選人の逮捕」だって、あり得るのだ。
告示の1週間前、韓国の政界に大きな衝撃が走った。野党「国民の力」の候補である尹元検事総長が「(前政権の積弊は)捜査されなければならない」と述べたためだ。これは韓国紙・中央日報のインタビューで、「大統領になったら前政権の積弊清算捜査をするのか」という質問に答えた発言だ。
まさか、「前政権の違法行為については目を閉じる」などと言えるはずがない。インタビューの流れからすれば、これは一般論だ。
しかし、政権与党は「尹錫悦は政治報復する意思を公言した」と、発言を歪曲(わいきょく)宣伝した。
そのうえで、文大統領自ら、尹氏に対して謝罪を要求した。文政権には非理・違法行為があるという前提で話したのだから謝罪すべきだという論法のようだ。
韓国には「大統領は選挙に介入せず」の大原則がある。告示前だったから「選挙への介入」には当たらないとしても、政界の緊迫は一挙に高まった。
振り返れば、文氏が大統領当選直後から進めてきた内政は「左翼政権の永続化」のための作業だった。
まず、露骨な人事により、警察と軍と最高裁を「政権の飼い犬」にした。中央から地方まで各級の選挙管理委員会も掌握した。そうした状態で、与党陣営は2020年の国会議員選挙で大勝利した。
文氏は「これで22年の大統領選も大丈夫」と思ったに違いない。ところが、彼が後継者と考えていた人材は、娘の入試のための不正、セクハラ露見などで次々と消えていった。そして、与党の予備選挙で大統領候補になったのは、「スキャンダルの百貨店」とも呼ばれる李前京畿道知事だった。
2月第3週初めの選挙情勢は、尹氏が鼻の差リードしているようだ。しかし、尹氏がこのまま逃げ切り5月には大統領に就任し、文氏はすぐに監獄へ―という見方は甘すぎる。
文氏がなぜ、「韓国版ゲシュタポ」とされる高位公職者犯罪捜査処(公捜処)を強引な手法でつくったかを考えてみなくてはならない。自分を監獄に送りかねない政治家が、政治権力を握ることを阻止するためにつくったのが公捜処だ。
だから、1つのシナリオは、こうなる。
尹氏の当選が確実になったとき、あるいは当選確定後、公捜処が尹氏を逮捕してしまう。罪名なんて後から考えればいいことだ。
当選人逮捕を受けて中央選管委が選挙そのものの無効を宣言するのか、2位の繰り上げ当選を認定するかは、恐らく1、2位の得票差による。
文氏は憲法に従い5月9日で退任する。その時点で新大統領が不在であるなら、憲法規定に従い、首相が大統領権限代行として国政を取り仕切る。実質は、文氏の院政だ。
もっとも、こんなシナリオの進展を保守派が黙ってみているかどうか。必ず血の雨が降る。それは西側による「非民主国家への経済制裁」につながるだろう。
それでも、こうしたシナリオを進められるものかどうか。
「民主主義」の衣をかぶった「大統領制独裁国家」の恐ろしさがここにある。
■室谷克実(むろたに・かつみ) 1949年、東京都生まれ。慶応大学法学部卒。時事通信入社、政治部記者、ソウル特派員、「時事解説」編集長、外交知識普及会常務理事などを経て、評論活動に。主な著書に『悪韓論』(新潮新書)、『反日種族の常識』(飛鳥新社)、『呆韓論』(産経新聞出版)、『韓国のデマ戦法』(同)など多数。