自動販売機の進化が目覚ましい。カニが姿のまま出てきたり、90秒待つだけで熱々の見事なラーメンが食べられたり。果ては缶入りのショートケーキまで誕生! 空きスペースの活用や個人の副業としても注目される驚きの世界を、ライターの肥田木奈々氏が訪ねる。
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本格ピザにたこ焼き、ラーメン、小籠包、えっ、高級キャビアまで!? これらぜーんぶ、自動販売機で買えるってご存じですか?
最近はやりの飲食サービスといえば、テイクアウト、デリバリー、さらに筆者が本誌(「週刊新潮」)3月24日号でリポートした無人販売所が筆頭格。
そして目下、人気なのがこれ、人呼んで「グルメ自販機」だ。
そもそも日本は世界でも有数の自販機大国。「日本自動販売システム機械工業会」によると、全国に設置されている自販機は飲料と食品だけでもおよそ230万台にのぼる(2021年12月末現在)。
我々になじみがある飲料自販機はコンビニコーヒーなどに押されて実は減少傾向なのだが、食品自販機は前年比104%とじわじわ増殖中。特にコロナ禍の外食自粛と巣ごもり需要で飲食店の料理や地方のグルメを扱うタイプが増えており、ボタンひとつでレストランと同じ味が手に入るとあって評判も上々。非対面、密回避が求められるコロナ禍の新ビジネスとして脚光を浴びている。
ステーキやケジャンが
そんな次世代のグルメ自販機を集めたユニークなセレクトショップが昨年12月、東京・品川区の中延駅近くにお目見えした。その名も「PiPPoN!(ピッポン!)」。
「ピッと押したらポンと出る気軽さを親しみやすい名前で表現しました。おもちゃの“ガチャポン”(カプセルトイ)のように誰もが知る愛称になれば」
そう意気込むのは運営する「Dプラン」(東京・豊島区)の内藤大輔社長。もともと内装業から始めた会社だ。なぜグルメ自販機の店なのか。
「昔から飲食に興味があり、韓国料理店を開業しようと考えていました。でも、飲食は時短や休業要請続きで厳しい。コロナ禍でなかなか旅行できない時代、ならば全国からおいしい味を集め、気軽に旅気分を楽しめる自販機のセレクトショップはどうかと思いついたのです」
早速、現地を訪れると、ガラス張りの細長い店舗に10台の自販機がズラリ。大阪のお好み焼きから宮崎牛のステーキ肉までジャンルも多彩で、ほとんど冷凍食品だ。解凍したり温めたりと調理のひと手間はあるものの、24時間365日いつでも買えるのは便利。ワタリガニを醤油ダレに漬けた韓国料理「醤油ケジャン」なんていう本格派も。
これが家で気軽に楽しめるとは。もはや本当に食卓がレストラン!
「地方の味やオリジナル商品の餃子など、差別化のためスーパーやコンビニでは販売してないようなものをそろえています。最近は自分で商品を取って料金箱にお金を入れる無人販売店も人気ですが、万引きなど防犯面でリスクもある。自販機なら心配ない。送料もかからず、欲しい時にすぐ手に入るというネット通販にない利点も多い」
販売前の試食を徹底
店があるのは以前、生花店だったスペースで、横長のためか入居者がなかなか決まらなかった。ところが、その形状が逆に自販機の配置にピッタリだった。店員は不要なので、主な経費は商品の仕入れ代と家賃、電気代だけ。後は自販機が文句も言わず(当たり前か)、せっせと休みなく働いてくれるのだから、空きスペース活用ビジネスとして着手しやすい。
とはいえ、店舗の雰囲気作りや取り扱う商品選びには苦労したそうだ。
「徹底したのは販売前の試食です。味を試してみて、納得したものだけを随時入れ替えて販売しています。夜中でも安心して利用できるよう、BGMに明るい音楽をかけたり、手書きのポップで商品を紹介するなど工夫しました」
高速道路のサービスエリアには食品自販機コーナーがあり、地方に行けばうどんやそばなどのレトロな自販機を並べた名物的なスポットがあったりする。だが、それらは昔ながらの“昭和の自販機”がほとんどで、必ずしも味を重視したものではない。飲食店の料理や高級食材など令和の自販機を集めた店舗は都心で例がなく、商売として成り立つのか最初は半信半疑の食品メーカーもあったという。
業界の救世主「ど冷えもん」とは
それが今では商品を扱ってほしいという企業や、同じような自販機の店を始めたいと考える一般の人からの問い合わせもある。
「今後は直営のほかにフランチャイズ展開も進め、地方の駐車場やロードサイドにも出店したい」
すでに歌舞伎町のボウリング場にもキャビアの自販機コーナーを開設。北海道や愛知など各地でも出店の話が進んでいるそうだ。
さて「PiPPoN!」でも導入しているのが「サンデン・リテールシステム」(東京・墨田区)の冷凍自販機「ど冷(ひ)えもん」。
昨年1月末に販売開始して以来、全国で設置が急増中の自販機だ。飲食店にとっては営業時間外でも自社商品を販売でき、人件費などコスト削減や売り上げ拡大も見込める。コロナ禍で休業や時短を余儀なくされた業界の救世主との呼び声も高い。
高級弁当の宅配などの中食事業を展開する「Cqree(シークリー)」(東京・品川区)も、需要を見込んで昨年8月から代理店販売を始めた。その人気のほどを取締役の塚口直信さんが明かすには、
「これまでの設置は全体で2千台ともいわれますが、うちだけでも数カ月で約150台を手がけています。9月までには計300台に達する見込みです」
1台で月商150万円?
強みは単に自販機を提供するだけではない。中食のエキスパートとして、全国のネットワークを生かした商品提供や商品開発、サポート力があることだ。人気のジャンルは餃子などの中華系。駅や飲食店横といった人通りのある場所での設置事例が増えており、会社帰りや訪問先への手土産に買う人も多い。
「冷凍食品は賞味期限が長く、自販機の活用で食品ロスも軽減されます。24時間販売、無人化による人件費削減、話題性など、新たな販売ツールとして多数のメリットがあり、ガソリンスタンドやコインランドリーなど設置場所でもさまざまなニーズがある。平均すると月に約40万円、多い場所で月150万円の売り上げを出す場合も」
調べてみると、自販機のメーカー小売り希望価格は1台200万円。販売代理店の相場は140万円前後とか。そこにキャッシュレス機能などオプションを付ければ価格は上乗せされるのだが、1台で月商150万円? 宝くじでも当たれば筆者も……と欲が出る。
有名店の味を完全再現
その「ど冷えもん」をいち早く導入したのが、業務用麺類製造として64年の歴史を持つ「丸山製麺」(東京・大田区)だ。
昨年3月、全国で初めて有名店のラーメンを販売する冷凍自販機「ヌードルツアーズ」を企画開発した。現在は25都府県の約100か所に設置。年内に全150〜200カ所を目標としている。手腕を発揮したのは、IT企業での勤務経験もある、3代目で取締役の丸山晃司さん。
「コロナ禍の影響で、飲食店に麺を卸しているうちの会社も一時は売り上げが8割も減りました。経営立て直しのため、通販の強化に取り組んだのですが、送料が高いというデメリットがある。ならばとお客さまが一度にたくさん注文すると、冷凍庫の容量の問題などに直面します。飲食店も救える形での販売方法を考え、対面でないチャネルで1食から送料なしで買える自販機を用いた企画を思いつき、新規事業として立ち上げることにしたのです」
親交のあるラーメン店や有名店に呼びかけて商品を開発。各店の味の完全再現を目指した。丸山さんの会社の麺を使用していない店がほとんどだったが、同社の開発メンバーが研究し、店主に合格をもらって商品化。現在、全国から約20の人気店が参画している。1種千円だ。
都内を中心に店舗がある「AFURI(あふり)」の「柚子塩らーめん」を買ってみた。スープと生麺、具材が冷凍セットになっており、スープと具を湯煎で温め、別に麺をゆでて合わせるだけ。名店の味を家庭で楽しめるのはうれしい。
アメリカ発のラーメン自販機が上陸
当初、全国展開する計画ではなかったそうだが、話題性の高さから問い合わせが月に数百件と予想以上に多かったため、エリアを広げた。メディアの取材も多く、テレビで紹介された翌日は本社前に設置した2台分で日に約650万円を売り上げたことも。
す、すご過ぎる。
さらにシリーズ第2弾として、今度は冷凍弁当自販機「ベントーツアーズ」の企画もスタートさせた。幕の内駅弁の始祖といわれる「まねき食品」(兵庫・姫路市)とタッグを組み、兵庫県の地元名物の食材を使った弁当を丸山製麺本社前の自販機で販売。かくて実家の経営を立て直した3代目の挑戦は続く。
今はやりの自販機は、この「ヌードルツアーズ」をはじめとして冷凍食品の販売が主流。つまり、食べるには調理が必要だ。そんな中、ついに店のような出来立てを提供するアメリカ発ラーメン自販機「Yo-Kai Express(ヨーカイエクスプレス)」が日本に上陸。第1号機が今年3月、羽田空港第2ターミナルにやって来た。一体、どんな味? 羽田へGO!
メニューは塩や味噌味など4種(取材時)。どれも790円で、支払いはクレジットカードなどで決済するキャッシュレスだ。醤油味を購入し、待つことおよそ90秒。何やら自販機内から蒸気が出るような調理音が聞こえたかと思うと、あっという間に扉が開き、ラーメンのご登場。いざ。
鶏ガラ仕立てのスープは驚くほど熱々。具はチャーシューとメンマ、ほうれん草も入っている。正直言えば、湯を注いだだけでできるインスタントのカップラーメンみたいな味を想像していたが、いやいや麺はツルッと滑るような食感で本格的。魚介系ダシの風味もあって滋味深い。
一風堂とのコラボ
はて、自販機でどう調理しているのだろう。
日本で事業開発を担当する土屋圭司さんが説明する。
「中に各種のラーメンが冷凍状態で入っていて、独自のスチーム技術でメニューごとに異なった加熱調理をしています。豚骨なら細麺ストレート、味噌は縮れの太麺など使う麺も違う。出来立てのおいしさを短時間で仕上げるため、日本の食品メーカーと共同で味を開発しました。事前にどこまで準備し、自販機内でどう調理したらいいか試行錯誤も重ねました」
今後は麺の硬さやスープの濃さなどを選べるシステムも検討している。夏前には博多豚骨ラーメン「一風堂」とコラボした味もラインナップに加わる予定。
アメリカではすでに50カ所ほどに設置され、日本では首都高速の芝浦パーキングエリアにも常設が決まった(現在は一時休止)。
「駅構内や、人の出入りが24時間あるオフィスやホテルなど、今後5年間で国内5千カ所の設置を目指します」
それにしたって、コロナ禍で激変した人々の暮らしがこうも自販機ビジネスを加速させるとは。
まさかショートケーキまで…
考えてみれば、これまでも和風ダシなど一風変わった自販機があるにはあった。でもまさか、ショートケーキまで買えるなんて……。
墨田区・押上駅から歩いて約3分。見つけたのがケーキ缶の自販機だ。一番人気の「ショートケーキ缶」を買ってみる。上部のプルタブをパカッと開ければ、北海道産の生クリームと新鮮なイチゴ、スポンジケーキなどが層になってぎゅっと詰まっている。
スプーンで食べると、優しい甘さのクリームとスポンジが絶妙なバランス。透明缶なので断面が見えてかわいい。
考案したのは、北海道や東京などで夜パフェ専門店などを運営する「GAKU(ガク)」(北海道・札幌市)のオーナー、橋本学さん。
昨年6月に店頭販売を始めるとSNSで話題になり、瞬く間に人気に火が付いた。自販機の設置は7月の札幌が最初で、1日500個売れたことも。現在は期間限定も含め都内3カ所、北海道2カ所、大阪2か所の計7カ所に置いている。
同社広報によると、
「ケーキは崩れやすくて持ち運びにくい。その負の部分を排除したらどんなものができるだろうという思いが出発点です。パティスリーの味を24時間いつでも楽しんでほしいと自販機販売を始めました。缶でもケーキを食べているイメージが伝わるよう、断面をいかにきれいに見せるか、組み立ても工夫しています」
缶ジュース感覚で、カバンにポンッと入れてケーキを持ち運べるとは、時代も変わったもんだ。
従来のイメージを一変させつつある数々の自販機。現在のブームの根底にあるのは「より本格的なクオリティーのものをいつでも手に入れたい」という消費者の利便性を追求した結果だろう。苦境にあえぐ飲食店の起死回生策として期待されるだけでなく、副業や空きスペースの活用ビジネスとしても注目されている。
ライバルはコンビニ。だとすると今後、当たり前のように街の自販機で何でも手に入る時代が訪れる?
肥田木奈々(ひだきなな)
ライター。大分県生まれ。「大分合同新聞社」本社・社会部記者、同東京支社記者を経てフリーランスに。食に関連する記事を中心に雑誌・新聞等で執筆中。お酒とおいしいものをこよなく愛する食いしん坊&のんべえライター。本誌カラーグラビア「記念日の晩餐」も担当。
「週刊新潮」2022年6月9日号 掲載