「1日1個のリンゴは医者いらず」は本当か

昔から「1日1個のリンゴは医者いらず」というが、最近、リンゴの健康長寿効果に関して分子メカニズムが解明され話題を呼んでいる。
 3月27日に東北大学キャンパスで開催された2013年度日本農芸化学会年次総会で、アサヒグループホールディングス株式会社「食の応用技術研究所」の砂川忠広研究員がリンゴの皮に含まれるポリフェノールに動物の健康寿命を延伸させる効果があると発表し注目を集めている。
 砂川研究員はリンゴ農家で果実を大きくするために間引いた「若摘みリンゴ」の皮の直下にポリフェノールの濃度が高いことに注目した。この若摘みリンゴ由来のポリフェノールの成分を調べたところ、主成分は日本茶に含まれるカテキンの重合体で「プロシアニジン」と呼ばれ、重合化することにより日本茶より抗酸化力が増強していることを発見した。つまりリンゴには日本茶に含まれているカテキンを重合化して抗酸化力を更に高める能力があったのだ。
 砂川研究員が線虫という体長1mmほどのモデル動物にこのポリフェノールを作用させると、リンゴ由来のポリフェノールには線虫の寿命を延伸させる効果あることを見い出した。
 更に興味深いことに、今話題の「サーチュイン」という長寿遺伝子のスイッチがオンになれない変異線虫にこのリンゴポリフェノールを作用させても寿命延伸効果は観察されなかった。このことから、砂川研究員はリンゴポリフェノールがサーチュインの長寿遺伝子をスイッチオンにすることにより動物の健康寿命を延伸させていると考察する。サーチュイン遺伝子はカロリー制限でスイッチをオンにすることが可能だが、多くの人にとってカロリー制限を持続することは難しく、長寿遺伝子のスイッチをオンにする食材が待望されていた。ブドウの「レスベラトロール」に引き続き、リンゴのポリフェノールにもその作用が確認された。
 一方、ミトコンドリアが酸素を燃やすときに発生する活性酸素が老化の原因であるという「老化のフリーラジカル説」に関する分子生物学を長年続けている千葉大学医学部先進加齢医学の清水孝彦博士は、ミトコンドリアで活性酸素を解毒しているスーパーオキシド・ディスミュターゼ(SOD)という酵素に注目して研究を続けている。
 博士がネズミの心臓でこの酵素を遺伝学的に不活性化させると、ネズミは急速に心臓だけが老化し若年で拡張型心筋症を発症し、ネズミの寿命は5~6ヶ月に短縮していた。解剖して心臓を調べてみると、心筋細胞はミトコンドリアで発生した活性酸素により酸化ストレス傷害を受け、急速に心臓が老化していたことが分かった。
 清水博士がこのネズミの餌にリンゴから抽出したポリフェノールを混ぜたところ、驚くべきことに、雄ネズミでは寿命が29%、雌ネズミで寿命はなんと72%も延伸していたのだ。寿命が延びたネズミの心臓を調べてみると心筋細胞の老化が抑えられ、心臓は若々しい状態に保たれていた。老化のフリーラジカル学説では、呼吸により発生する活性酸素を制御することが出来れば、個体老化を遅らせる可能性が示唆されていたが、実際にそれを可能にする食材や食品はこれまでに報告がなかった。
 今回の報告は昔からのリンゴの健康効果に関する格言を裏付ける結果ではあるが、その責任分子が同定されたことで、単にリンゴを食べるだけでなくサプリメントでリンゴポリフェノールを摂取することにより、効率よく老化のスピードを制御できる可能性があり、これからの予防医学に新たな扉を開くと期待される。
■白澤卓二(しらさわ・たくじ) 1958年神奈川県生まれ。1982年千葉大学医学部卒業後、呼吸器内科に入局。1990年同大大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。東京都老人総合研究所病理部門研究員、同神経生理部門室長、分子老化研究グループリーダー、老化ゲノムバイオマーカー研究チームリーダーを経て2007年より順天堂大学大学院医学研究科加齢制御医学講座教授。日本テレビ系「世界一受けたい授業」など多数の番組に出演中。著書は「100歳までボケない101の方法」など100冊を超える。グロービア(http://www.glovia.net/)でも連載中。

タイトルとURLをコピーしました