「2.5秒短縮」NTT苦渋の決断 公衆電話の存在意義

消費税率引き上げに対応して、公衆電話の市内通話が20年ぶりに実質値上げされる。10円で60秒の通話時間が57.5秒にわずか2.5秒短縮されるだけだが、NTT東日本と西日本にとっては、薄氷を踏む思いの決断だった。公衆電話の設置台数が減少し続けるなか、シミュレーション(模擬実験)通りに消費税増税分を転嫁できるかは不透明だ。収益がさらに悪化すれば、さらなる台数減少は避けられない。
 「(消費税引き上げで)NTTは悩みなく値上げすると思われているようだが、公衆電話に関心を持ってもらいたかった」。11月8日の決算会見で、公衆電話の値上げの検討状況を披露した理由について、NTTの鵜浦博夫社長はこう打ち明けた。10円を挿入して利用する公衆電話で消費税分を1円単位で徴収するわけにはいかない。鵜浦社長は、10円の通話秒数を短縮しなければならない状況を理解してほしいと考えた。
 消費税を平成26年4月に5%から8%に、27年10月には10%に段階的に引き上げる消費税増税法案が、参院本会議で可決した8月10日。公衆電話事業を所管するNTT東日本と西日本はその直後から、公衆電話料金への消費税増税分の転嫁方法について本格的な検討に入った。市内(区域内)通話と市外(区域外)通話の利用状況を分析し、区分ごとに過不足なく消費税増税分を転嫁するには、秒数をどれだけ短縮すれば最適か。膨大なシミュレーションを繰り返す地道な作業が続いた。
 消費税が3%から5%に引き上げられた9年4月には、公衆電話の市外通話の10円あたりの通話時間を0.5~2.5秒(一部据え置きを除く)短縮し、値上げを実施した。しかし、市内通話は据え置いた。だが、今回は市内通話も「値上げしないと転嫁は不可能」(NTT東日本経営企画部)だと判断。6年4月に10円90秒だった通話時間を60秒に値上げして以来、20年ぶりの値上げに踏み切ることを決めた。
 NTT東日本が市内通話時間を57.5秒に短縮する方向でNTT持ち株会社との調整に入ったのは11月。NTT西日本も12月16日の経営会議で、東日本と同じ時間に短縮を決めた。公衆電話の24年度の収益は売上高にあたる営業収益が70億円だが、費用は125億円かかった。営業損益は54億円の赤字と20年度の半分以下に改善したかに見える。だが、実は営業収益のうち半分は、消費者が支払うユニバーサル(全国均一)サービス負担金が補填(ほてん)している構造不況事業だ。
 携帯電話の普及によって公衆電話収入は細る一方で「保守や維持費用の比率が高く黒字化は無理」(NTT東日本経営企画部)だという。中でも市内通話は公衆電話通話回数の85%超に達し、収入でも75%近くを占める。2.5秒の差が利用状況にどう影響するかは「読み切れない」(NTT東日本幹部)のが実情だ。市内通話の平均通話時間は西日本が66秒で、東日本が70秒。来年4月以降、仮に利用者が市内通話を10円で57.5秒未満に抑えれば、公衆電話収入は変わらない。徴収される消費税だけが3%近く増え、赤字が膨らむ懸念もある。
 公衆電話の設置台数は民営化直後の昭和60年度がピークで約91万台あった。その後減少の一途をたどり、平成24年度は21万台強と4分の1以下まで減った。利用者減による赤字が経営の重しになったからだ。NTT幹部ですら「(公衆電話は)この10年使ったことがない」と苦笑する。来年3月末までにはNTT東日本が7000台、西日本が1万台を撤去する計画で、設置台数は20万台を切るのが確実だ。設置の維持を義務づけられた「第1種」と呼ばれる公衆電話(10万9000台)を除く、設置義務のない8万4000台強の存続は“風前のともしび”ともいえる。
 NTTとしては「公衆電話はもうやりたくない」(幹部)のが本音だが、容易にはやめられない。総務省も「発信規制がない公衆電話は災害時には不可欠だ。高齢者の使用も多い」(総合通信基盤局)と、歯止めのない公衆電話の減少には難色を示す。政府は来年度、競争政策全般の見直しを実施する方針で、ユニバーサルサービスのあり方では公衆電話の課題も検討される見通しだ。一方で首都直下地震の対策として、救急連絡用の公衆電話は重要性を増す。値上げを機に、公衆電話の存在意義が問い直されようとしている。(芳賀由明)

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