DeNAが東京で「0円タクシー」をスタート
「日本の深刻な交通不全」にビジネスチャンス
AI活用も視野にタクシー業界の抜本改革を狙う
ディー・エヌ・エー(DeNA)が東京都内で「0円タクシー」をスタートし、話題になっている。
同社は12月5日、この0円タクシーを可能とするタクシー配車アプリ「MOV」の発表会を開いた。同社オートモーティブ事業本部執行役員/事業本部長 中島宏氏は、「日本は深刻な交通不全に陥っている」と指摘する。その課題解決に挑むと意気込む「MOV」の取り組みを探る。
タクシーのビジネス革新で日本の交通不全に挑む
中島氏が指摘する「交通不全」とは何か。鉄道路線廃止営業キロ数が1,100km、渋滞による経済損失が年間12兆円、東京圏の鉄道平均混雑率が171%といった深刻な課題が並ぶ。「スマートフォンのOSアップデートを怠るとサービスが使えなくなることもあるが、社会についても同じ。社会にとってのOSである交通のアップデートを怠ると、即日配送などの機能が使えなくなる」(中島氏)。こうした課題を改善するために、「インターネットとAIの力で、仕組みそのものからアップデートする」(同)という。
そこでまずは「最も身近な交通であるタクシーの抜本的な効率改善に繋げたい」(中島氏)として、DeNAが神奈川県タクシー協会と共同で、県下のタクシー事業者にタクシー配車アプリ「タクベル」を提供したのが今年4月のことだ。
タクシーの課題は、集約すれば「使いたいときになかなか使えない」という点だ。国内に比べると海外ではライドシェアが普及しており、スマートフォンアプリから配車するサービスが市民権を得ている。タクベルも同様のサービスだが、少し事情が異なるという。
「大前提として日本のタクシーは質が高く、ライドシェアは必要がない」と中島氏。問題は、各社のシステムがバラバラになっていて、従来の電話と新たなアプリによる配車で整合性がとれていないため、同時に配車されてしまうなど、「最適化されていない」こと。タクベルではこれを重点的に改善した。
これまでのタクシー配車アプリは、タクシーの無線システムと接続して使うことが前提だったが、タクベルでは、それぞれのタクシー乗務員がスマートフォンを持ち、そのアプリ同士が連携する「アプリ連携方式」を採用した。無線システムには繋がず、従来の電話配車のシステムと共存したことで、電話とアプリのダブルブッキングが発生しないようにした。さらにメーカーと組んで、タクシーメーター連携もできるようにした。
実際、4月からタクベルがサービスを提供したところ、実績があったほかのサービスと比較して、「爆発的に(乗車を)伸ばすことに成功した」(中島氏)。結果として、5~6倍の乗客数を達成したという。
競争は一層激化、MOVの勝算は? AI活用も視野
「アプリ連携方式とメーター連携で爆発的に数字が伸び、タクシー事業者の経営効率を改善できた」(中島氏)ことから、東京への進出を決め、サービス名称も「MOV」へと変更した。
ただ、「タクシー配車アプリは乱立の様相を呈している」という問題がある。各社がサービスを提供しているが、中島氏は無線機連携の方式ではタクシーの業務改善に繋がらないため、アプリ連携とメーター連携によるMOVのような配車アプリに優位性があると主張する。
また、中島氏は「ようやくシェア争いが始まった。2018年を皮切りに、2020年にかけて日本でもタクシー配車アプリ戦争が起きる」と、競争が本格化するのはこれから、という認識も示す。日本のタクシーは24万台ともいわれているが、どの配車アプリも数千台から1万台程度のタクシーしか対応しておらず、MOVとも大きな差はないというのが中島氏の認識だ。
そうした中でMOVの勝算は、タクベルでの実績だ。他社比で5~6倍という配車数に加え、月間6.5万件の乗車件数は「神奈川県という立地に限った件数では他社の追随を許さない。かなりの競争力がある」(中島氏)。
さらに、MOVに参加したタクシー事業者にはQRコード決済用のタブレットや、クレジットカードなどに対応した対面用決済端末もレンタルする。別途決済端末を用意する必要がなくなり、初期費用を抑えることもできる。決済手数料も、MOV参加事業者というボリュームを生かして低廉化できるため、キャッシュレス化にも貢献できるとしている。
「タクシー配車アプリ戦争」の武器としてAIにも期待する。今後はビッグデータ解析によって、乗客を拾いやすいルートをAIが提案するAI運行支援技術を提供する計画だ。現在開発中だが、来年後半にも提供を予定している。
この技術は、タクシーの配車情報などのプローブ情報と鉄道、天気、イベントなどの各種交通関連情報を組み合わせて解析することで、「この日この時間のこの場所にどの程度乗客がいるか」という予測をAIが行うものだ。この予測のみをタクシーの乗務員が活用するのは難しいが、さらに「今から5分間、最も営業収入が高くなる走り方」を分析し、それをルートとして地図上に表示するなど、加工して提供する。AIの言う通りに走れば、そこに乗客がいる、という訳だ。
タクシー乗務員はベテランと新人で収入が倍違うこともある。経験が大きな差となるが、この差をAIで埋める。開発当初は「新人ドライバーにも負けるレベルだった」というが、現在までにAIアルゴリズムの改良を重ね、地元タクシーの平均収入程度までは稼げるようになっているという。
サービス拡大に関しても、京都、大阪、神戸エリアでのサービス展開を検討しており、すでにタクシー事業者数社からは協力の内諾を得ているという。一定のタクシー台数が必要なので、最低限のタクシー数が集まった段階でサービスを提供。来春にはスタートしたい考えだ。
MOVの取り組み、大きな目玉に「0円タクシー」
MOVではタクシーの新たなビジネスモデルも模索する。乗せたいタクシーと乗りたい乗客という2者のマッチングを行うのがタクシーだが、ここに第3者を組み込んで多者間でマッチングさせる。その端的な例として5日から始めるのが「0円タクシー」だ。
これは、広告を出したい企業が乗客の利用料金を負担し、その代わりにタクシーに広告を出す、という仕組みで、第1弾として12月いっぱい、日清食品がどん兵衛を使った「どん兵衛タクシー」を都内で走らせる。車外と内装をどん兵衛でラッピングして、後部座席のタブレットに広告を流すなど、どん兵衛をとことんアピールするタクシーとなっており、MOVアプリからのみ配車できる。
0円タクシーについて中島氏は、「初めての取り組みでどうなるか想像しきれない部分もある」としながら、すでに引き合いがあり、「継続して行っていく」見通しだという。今回のような広告モデルだけでなく、例えば学校や行政などとの異なるコラボレーションも見据え、「新たな体験、収益のあり方を実現」していくことが目標だ。
国内では、Uber、Japan Taxiなどの配車アプリがある程度の存在感を出してきたが、それでも利用者は全体の1%程度だという。未だにほとんどは流しや電話配車になっており、諸外国との差は大きい。単に海外の配車アプリの仕組みを持ち込んでも効果は薄く、日本独自の仕組みが必要というのが中島氏の考えだ。
タクシー乗務員が仮に1日10時間勤務をした場合、乗客が乗っている時間は20~30%の時間、つまり2~3時間しかないという。第一に、この乗客が乗っている時間を伸ばすことが業務改善に繋がるとしており、これを「ドラスティックに改善していくことが日本のタクシー事業者にとって極めて大事」だと指摘する。
そうした点を武器として他社に対する優位性を確保し、タクシー配車アプリ競争の生き残りをかけた戦いに挑む。