「Appleと戦うにはガラケーをAndroid化すべき」――夏野氏が考える日本携帯の“再生案” (ITmedia)

 iPhoneを初めとするスマートフォンの台頭で、日本のケータイビジネスは大きな過渡期に入りつつある。かつてNTTドコモに在籍し、iモードやおサイフケータイなど歴史に残るサービスを世に送り出した夏野剛氏は、日本の携帯業界の現状をどのようにみているのだろうか。
 現在は慶應義塾大学大学院 政策メディア研究科 特別招聘教授として活動している同氏が、「モバイル日本再起動のために~黒船VSガラケー論を超えて」というテーマでmobidec2010の基調講演に登壇。これまでの携帯市場の歴史を振り返るとともに、通信事業者、メーカー、CP(コンテンツプロバイダー)が「今何をすべきか」を語った。【田中聡,プロモバ】
●2000年代前半の携帯業界は黄金期だった
 夏野氏によると、1999年にiモードが誕生してからの10年は、前半と後半に大きく分けられ、とりわけ2000年代前半の日本の携帯業界は「黄金時代だった」と振り返る。「2000年代はインターネットがメディアの一角になり、あらゆることが変わった。日本ではモバイルが大きな進化を遂げ、ガラケー(従来型のケータイ)を含めたモバイルの分野では、米国よりもはるか先に花咲いていた」
 実際、ケータイ向けのブラウザやEメールなどのインターネットサービス、 Java、Flash、PDFなどのアプリケーション、着メロ、着うた、着うたフルなどの音楽サービス、おサイフケータイ、遠隔ロック、災害伝言板、緊急地震速報などのセキュリティサービス、そしてカメラ、防水、ワンセグなどの機能は、日本が先行していた。
 ただし、これまでの日本の携帯ビジネスは「良くも悪くも通信事業者が主導のモデル」であり、キャリアが販売奨励金を払って端末を安く売り、毎月の通信料から回収するというモデルが主流になった。これがケータイの高機能化やサービスの拡充に貢献し、ARPUが増える好循環が生まれた。こうして、ケータイのデジタルコンテンツ市場は3キャリアの公式サイトで1兆円規模にまで成長した。「ケータイでのネット利用者は契約数の90%を超えている。こんな国は日本以外にない」(夏野氏)
●iPhoneはUIとタッチパネルが衝撃だった
 こうした日本のビジネスモデルに変調をもたらしたのが、2006年に発売された「iPhone」だ。「黒船」と称されることも多いiPhoneの登場を契機に日本でもスマートフォンへの移行が進み、端末やケータイコンテンツの市場に少なからず影響を及ぼした。
 「iPad(3Gモデル)」と「iPhone 4」を併用しているという夏野氏は「iPhoneはUIとタッチパネルが衝撃だった」と感想を述べる一方で、「ほかの機能はガラケーにも搭載されている」とみる。「ほとんどのアプリはJavaやBREW上で開発されれば事足りる。ローエンドからハイエンドまですべてカバーするガラケーと、ハイエンドをカバーするスマートフォンとはそもそもポリシーが違う」。ただ、タッチパネルの操作性や多様化についてはケータイの方が遅れているとした。スマートフォンの価値は「UIの違い」にあると同氏はみる。
 加えて、総務省が販売奨励金モデルの変更を指導したことで端末代が上がり、 2008年にはケータイの販売台数が5000万台から3000万台に減少するに至った。「通信業者は過当競争はしたくないので、利益をキープしたければ販売奨励金を減らせばいい。ただ、端末の買い替えサイクルが長くなるので、CPさんにコンテンツを出してくださいとは言いにくくなる。メーカーも新しい機能を載せにくくなる」と同氏が話すように、これまでキャリア、CP、メーカーが築いてきたWIN-WINの関係が崩れてしまった。「キャリアは通信料があるので短期的には利益を維持できるが、メーカーへの打撃は大きい。CPにとっても新しいビジネスチャンスが生まれにくくなる」
●海外では通信業界 vs インターネット業界
 海外市場に目を向けると、欧州と米国では2004年~2005年にようやくデータ通信を開始したが、MotorolaやNokiaなどの端末メーカーは日本メーカーのようにPCは製造しておらず、ほとんどが携帯専業メーカーだったため、「コンピューターに対して驚くほど知識がなかった」(夏野氏)という。そんな海外メーカーがケータイ向けに開発したインターネットの仕様が「WAP」だ。2000年台前半には数億台のWAP端末が投入されたが、コンテンツがそろわなかったので、日本ほどの市場規模には成長しなかった。その後2007年に欧米で初代iPhoneが発売され、スマートフォンによるデータ通信が広がり始めた。
 日本ではスマートフォン vs ケータイと言われることが多いが、海外では「通信業界 vs(AppleやGoogleなどがけん引する)インターネット業界という構図になっていると夏野氏は考える。「フィンランド人の通信事業者から『WAPという標準を作らないと、通信事業者は乗っ取られる』という話を聞いてびっくりしたことがある。通信業界側はメーカーも含めてオペレーターがそういう発想を持っていた」
 また、ケータイコンテンツの課金対象も海外と日本では異なる場合があり、例えば欧州では、キャリアの公式サイト以外にアクセスすると、定額料金が適用されないこともあるという。日本では公式サイトと非公式サイトどちらにアクセスしても通信料は変わらないが、これは「意図的にやっている」という。「1999年の時点ではURLの意味が分からない人が多かったので、ネットに慣れていない人は公式サイトを使ってくださいということ」(夏野氏)
●ケータイコンテンツは「月額課金」が大きい
 夏野氏は、日本でもAppleやGoogleなどのインターネットプレーヤーが主導権を握りつつあるとみる。「これまではキャリアが考えたサービスと端末をセットにしたものを提供していたが、2008年からはどのキャリアの発表会も同じような内容。3キャリアからiPhoneが出れば同じプレゼンになる。これはインターネットプレーヤーが進化の中心になりつつあることを示している」
 スマートフォンが普及すると、従来のケータイコンテンツの売り上げが下がるのではとみる向きもあるが、ケータイの加入者が減少してもコンテンツ市場はさらに増加している。「モバゲータウン」や「GREE」がアイテム課金で売り上げを伸ばしているのは記憶に新しい。加えて、課金方法がケータイとスマートフォンでは異なることが大きい。ケータイの有料サイトは月額課金が基本だが、スマートフォン向けアプリは1ダウンロードあたりの都度課金が大半を占める。「月額課金は当初は反対していたCPさんもいたが、今では感謝されている」と胸を張る。
 「月額課金だと(毎月の)収益をきちんと予測できるので、マーケティング費用を余計にかける必要がなくなった。スマートフォンの場合、ある月に50万ダウンロードされても翌月は分からないので、ずっとプロモーションを打たないといけない。1本900円のゲームなどもあるが、1回限りのダウンロードで済むので、なかなかビジネスとして成立しない。スマートフォンが普及しても、(スマートフォン向けアプリを手がける)CPには厳しい状況が続く。決してバラ色ではない」(夏野氏)
●らくらくホンよりGALAXY Sが安い?
 夏野氏は、日本でスマートフォンが普及した最大の要因は「端末価格」にあると話す。ドコモの場合、2年契約を条件にスマートフォンの端末代を割り引く「端末購入サポート」を導入しており、PRIMEやPROシリーズなどのハイエンドモデルよりもスマートフォンの方が安いという現象が起きている。実際、11 月には「らくらくホン7」が4万5024円、「GALAXY S」が2万9064円で売られているという調査もある。「この前ケータイを買おうとドコモショップに行ったが、あまりにガラケーが高かったので買うのをやめた。安いからスマートフォンを買っている人は多いのではないか」と夏野氏は指摘する。
●物作りから仕掛け作りへ
 これからの時代は「物作り」から「仕掛け作り」へ移行するというのが夏野氏の考え。「GoogleもAppleも物作りではなく仕掛け作りをやっているが、この2社は競争関係にはない。Googleはネット上のサービスを使ってもらって広告収入を得ることが狙い。Appleは端末とサービスを連携させた垂直統合で展開しており、ケータイメーカーと競合関係にある。ケータイメーカーは物作りだけをやってもAppleには勝てない」と苦言を呈した。
 夏野氏は「Appleと戦うためにはメーカーもネットワークサービスと連携させないといけない」と提言する。これまではメーカーが個別にサービスを作っていたが、あまり積極的ではなかった。「餅は餅屋に任せた方がいい」と話す同氏が着目したのがAndroidだ。「日本メーカーはAndroidの波に乗り遅れたが、OSが無料で提供されているので、キャリアももっと積極的にAndroidを展開すべき」。夏野氏が今最もやりたいことが「ガラケーを Android化すること」だという。このAndroid化が、物作りの枠を超えた仕掛け作りへつながると考える。
●キャリア、メーカー、CPがなすべきこと
 最後に夏野氏は「ニッポン再起動のために」というテーマでキャリア、メーカー、CPへ同氏ならではの提言を披露した。
 キャリアに対しては「通信アタマ」から「ネットアタマ」になるべきだと話す。「LTEについて聞いていると、昔の3Gを思い出す。通信速度が上がって何が変わるのかを誰も説明できない。スマートフォンが黒船のように言われているが、インターネットを積極的に取り入れたのは日本のガラケー。スマートフォンは実は原点回帰だ」とし、ネットサービスを最大限生かせるかどうかはスマートフォンがカギを握っていることを示した。
 「ビジネスモデルも再考すべきで、純増数よりも今のユーザーがどれくらいの通信収入をもたらすかが重要。純増と企業力は関係ないので、純増だけではもはや競争にならない」と言い切り、キャリア、メーカー、CPがもう1度WIN-WINの関係を作っていくことが大切だと考える。
 もう 1つ、「(回線を提供する)土管屋になることがそんなに悪いことなのか?」との疑問も呈した。「皆(ドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル)の端末やネットワーク品質がすべて同じになると、全社の利益が33%に収れんされる。そうなると困るのが1位の企業」と話し、高品質な回線を提供し続けることが差別化をする上で重要とした。
 端末メーカーに対しては「日本で商売をする意識はもう成り立たない」と話し、積極的に海外進出すべきとの姿勢。「中国では日本のハイエンドモデルはスペックが高すぎるという声も聞くが、行きすぎたローカライズをすると差別化ができない。まだ競争猶予はあるので、自信のない経営者はマネージメントを変わった方がいいと思う」
 一方、CPが安易に世界進出をすることには否定的で、市場の見極めと、人材や資金などのリソースを確保することが重要とした。
 「日本はポテンシャルを使い切れないうちに負けそうになっているが、実際は我々が歩んできた道を世界が追いかけている。世界で採用されている技術を取り入れてエコシステムを作っていくことが大事」とげきを飛ばす夏野氏。日本のキャリアとCPが培ってきたコンテンツと、メーカーが培ってきた端末開発力に Androidがプラットフォームが融合したときに、夏野氏の思い描く未来が現実になるのかもしれない。

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