「Mastodon革命」とは

先週からMastodon(マストドン)が大ブレイクである。
もちろん、「なんじゃそりゃ」という人もいるに違いない。しかしテック系メディアはEngadgetも含めもはやMastodonを無視できない。

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Mastodonが日本で大ブレイクしたのは4月10日。角川アスキー総研の遠藤諭氏の記事が発端と言われている(真偽は定かではない)。

それからわずか一週間あまりで、Mastodon横断検索が作られた(そしてサーバーが落ち)。そして、日本の大学生が自宅で立ち上げた「mstdn.jp」はあっという間に大人気のサーバーとなり、さくらインターネットのクラウドへ移行した。Pixivは、自社のサービスを使うクリエイターのためのMastodonインスタンス「Pawoo」をいち早く立ち上げ、Mastodon自体へのプルリクエスト(プログラマーがオープンソースを改良して本家に反映してもらうこと)を山のように送って世界を驚かせている。

「mstdn.jp」と「Pawoo」のユーザー数あわせて10万人という数は、全世界のMastodonユーザーが30万人であることを考えると、実に1/3にも達する。

Mastodon自体も、ドイツに住む24歳の若者が立ち上げたソフトウェアだ。最初に開発されたのはGithubのログによると2016年の2月14日。バレンタインにドイツのオタクがひっそりと立ち上げたプロジェクトだったといい、そう考えるとなにか感慨深いものがある(が、僕はこの若者のことを知らないのでリア充なのかもしれない)。

クラウド時代の我々は、まるで封建制時代の小作農だ

Mastodonの最大の価値は「民主化」だ。
完全なP2Pではないが、サーバー(Mastodonではインスタンスと呼ぶ)を超えたコミュニケーションが可能で、これがTwitterFacebookのような中央集権的な独裁のない世界を作り出している。

そもそもクラウド化が叫ばれてもう20年近くなる。
その結果生まれたのはなんだったのか。

データを人質にし、自分のデータを使うにも毎月利用料を支払わなければならない。さらに、自分の個人情報や誹謗中傷など、表に出てほしくない情報が流出しても、知らぬ存ぜぬを決め込む傲慢な独裁者たちに支配される世界の出現である。

たとえばTwitterは、(筆者の経験上)苦情を出してもまずまともに処理されない。僕の知人が個人情報を晒され、クレームをつけ、さらには大人げないとは思ったが、個人的なつてを伝って米国Twitter社の知人に直接苦情を申し入れても聞き入られず、知人の個人情報や誹謗中傷はそのまま今も放置されている。

日本国内なら訴訟ものだが、遠く海外の会社と訴訟を起こすほど面倒くさいものはない。日本のプロバイダーはけっこうこまめにそういうセンシティブな問題に対応してくれるが、相手が数億となる巨大ソーシャルネットワークとなると、傲慢にならざるをえない。

同じようなことはGoogleのAdSenseにも言える。GoogleがAdSenseを停止する理由は常に一方的で恣意的なものであり、どんな苦情も聞き入れてもらえない。筆者はかつてGoogle AdSenseが売上の7割を占める会社を経営していたことがあるが、いつGoogleのクシャミに巻き込まれるか毎月気が気ではなかった。

Appleもまた同罪である。そもそもあまり出来の良くないiCloudというサービス(しかもこのサービスは3回の転生を経てようやく落ち着いたサービスだ)が、iPhone 6s以降に導入されたミニ動画(Live Photo)によってべらぼうに容量を消費し、それをバックアップするクラウドが足りないとアップグレードを押し付けてくる。1TBのクラウドを契約すると月額1200円。1年間で1万4400円。ちなみに1TBのハードディスクを秋葉原で買うと6000円である。もっと安いところもあるかもしれない。

つまり、この1万4400円は容量に対して課金される金額ではない。
我々はわざわざ、市価の2倍の金を払い、回線費を払い、遠くカリフォルニア州の会社に自分のデータをせっせと保存する「権利」を買っているのである。

たしかにiCloudは使い慣れると便利である。
けれども、市価の2倍の価格はいくらなんでも高すぎないだろうか。
しかし仕方がない。我々には選択肢がないのだ。

Appleのこの種の欺瞞は、別に同業他社とくらべてそこまで悪どいというところまではいかない。最もApple帝国の傲慢さを感じるのは、App Storeだ。

AppStoreで売られるアプリは、ある日突然、Appleの気が変わると売ることができなくなる。
やはり知人の会社が、売上の大半をAppStoreに頼っていたのにいきなり使っていたアドテクアプリがBAN対象となり、いきなり窮地に陥った。まるで封建制時代の小作農である。領主の気まぐれでいとも簡単に餓死してしまう。

この状況をおかしいとは感じないだろうか。
クラウドが運んできた未来は、結局のところ、専制君主制のディストピアを作っただけだ。
Appleの売上高は20兆円。東京都の予算が130兆円だから、その1/6の規模だ。

東京の人口は1300万人。対して、Apple帝国の”臣民”は6億人と言われる。

何が言いたいかと言えば、仮にAppleを国家または行政府と考えた場合、人口に対して歳入が少なすぎるのである。

もちろん我々が払っている”税金”も東京都に払っているものとAppleに払っているものを単純に比較すれば、数百倍の差がある。

このしわ寄せは、結局のところか弱き臣民に跳ね返ってくる。
僕もMacBook Airを愛用し、iPhoneiPadを持ち歩く熱心な臣民の一人ではあるが、かつて封建制が崩壊し、王権神授説に基づく専制君主制度が崩壊したように、この巨大だが非力で傲慢な帝国も、瓦解の危機を迎えているのではないか。

とまで言ってしまうとあまりに大胆にすぎるかもしれないが、実際にAppleの利益率は下降し始めている。巨大すぎる帝国を支えるには、あまりにも歳入が少ないからだ。

Appleはいつものように帝国の運営を間違ったことを今になっても後悔しても遅い。
そもそもAppleの失速は目に見えていた。それでも22兆円まで歳入を伸ばしたこと自体はとてつもないことだ。

Appleがつまづいた理由は、健全な経済圏を作ることを怠り、自らの利益のみを最大化しようとしたからだ。

これがスティーブ・ジョブズという神の化身が生み出した専制君主国家の終焉であるというのはなんとも皮肉だ。

広告にしろ、音楽配信にしろ、電子書籍にしろ、アプリにしろ、Appleはなんでも自分で管理したがった。うまくいったものもあるが、たいていは失敗した。健全な経済圏を作ることをせず、開発者やクリエイターをないがしろにし、まるで奴隷のように扱った。

結局、それが原因でiBookKindleには勝てなかったし、広告はGoogleに勝てなかった。これはもとを正せば当たり前で、そもそも競争のない完全な独裁国家では産業が育たないのは歴史を見れば明らかだ。

ある程度は健全な経済競争があり、その上で政府がわずかに介入する産業振興のプロセスを怠り、なにもかも自分のものにしようとしたApple。ポルノを禁止し、ひとつのルールで世界を統一しようとしたその姿勢は、美しいかもしれないが傲慢なものである。スティーブ・ジョブズは仏教徒だそうだが、少なくとも行動だけみれば仏教的どころかかなりキリスト教的だ。かつてのキリスト教は音楽も科学も詩も絵画も建築も、全て宗教に結びつけてしか考えない時代があった。そうした時代でも芸術は発達したが、経済の発展は望めなかった。

世界は多様である。まずこれを念頭に置かなければならない。法律も習慣も言語も宗教も違う。
左から右に横書きする文化もあれば、右から左へ縦書きにする文化もある。

偶像が禁止されている文化もあれば、されていない文化もある。

多様な世界であるにも関わらず、アメリカ西海岸の人々は、まるで自分が世界の王になったかのように振る舞う。それしか世界にルールはなく、地球の裏側に全く別の文化と習慣を持った人間がいることを想像することさえしない。

Mastodonが、多様な民族と人種の入り乱れるヨーロッパの、とりわけど真ん中に位置するドイツで造られたというのはある意味で象徴的だ。

封建的な専制君主制から、自由主義の共和制へ

Mastodonが実現するのは多様性を持った全地球規模のネットワークである。
Mastodonには誰でも参加することができ、また、誰でも参加しないことができる。参加をやめたり、再度参加したりすることも自由にできる。

クラウドを専制君主制とすれば、Mastodonを始めとするP2Pネットワークは自由主義の共和制と言える。それぞれのインスタンスがそれぞれ独自のルールを作り、独自の運用基準を持ちながら緩やかに連合する。

Mastodonを成立させている特徴的な仕組みはリモートフォローだ。
リモートフォローを使うと、他人のインスタンスにいるユーザーをフォローして自分のタイムラインに乗せることが出来る。

MastodonはかつてTwitterが出現したときのような可能性をいろいろな人に感じさせた。
我々はかつてTwitterの成長を経験している。しかしTwitterは帝国化し、傲慢になり、ユーザから集めたデータを売って暮らす貧乏貴族のごとき世界に落ちぶれつつある。かつていろんな夢を見せてくれたエッジフィーダー(RSSフィードのみを配信するシンプルなサービスのこと)だったはずのTwitter帝国は黄昏の時を迎えている。

そこに現れたのがMastodonだ。Mastodonの現在の実装は決して素晴らしいとは言えないが、P2Pネットワークの持つ可能性に多くの人々を啓蒙したという一点で大きな存在価値がある。

Mastodonインスタンスは誰でも立てることが出来る。
そしてどのインスタンスに所属するかということが、その人のスタンスを決定づけるだろう。

企業はWebページやTwitter公式アカウントやFacebookアカウントと同じように、自社ドメインでMastodonを立て、ファンに対してリモートフォローを促すようになるだろう。そうすれば自社の情報は自社内だけで完全に管理できるからだ。

僕も早速自社のMastodonインスタンスを立ち上げた。会社としては https://mstdn.uei.co.jp/@infoを立ち上げ、コミュニティとしては https://mstdn.onosendai.jp を立ち上げた。

会社の公式Mastodonは基本的にユーザはinfo一人のみで、他のインスタンスのユーザーにリモートフォローをしてもらうことで情報を発信していく。これは完全に自社で独立した価値基準でコントロールすることができる。いわばRSSフィードを配信しているのに等しい。違いは、誰がそれを受信したか追跡できることだ。

コミュニティとしてのmstdn.onosendai.jpは、電脳空間カウボーイズというグループのメンバーやファン、友達の集いとしての機能があり、自分の個人のアイデンティティはこちらで(ドメインがonosendaiなのは分かる人は分かって頂けると思う)、会社としてのアイデンティティは会社のドメインで、それぞれ担当を分けていくことになる。Mastodonが本当に民主化を達成するならば、こういう形で企業やグループがどんどん自分のインスタンスを立ち上げていくようになるだろう。

もっと自由なインターネットの世界へ

Mastodonの向こう側に見えるのは、もっと自由な、新しいインターネットの世界である。もちろんMastodonという実装のみに囚われるのではなく、もっと新しい実装が月々と登場するだろう。

残念ながら今のところは、誰でもMastdonのインスタンスを立ち上げることが出来るという自由の持つ価値は、まだうまく理解されていない。その証拠が、mstdn.jpにとりあえずアカウントをとる、という行動にあらわれている。そもそもMastodonの思想では、ひとつのインスタンスにそれほどユーザが集中しなくて良いようになっているのだ。

これから様々な企業が自社のMastodonサーバーを立てるだろう。
そしてクラウドの牢獄に囚われたミームが、やがて自由の翼を得る

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