■国民的アニメ『サザエさん』の悲惨すぎる最終回の噂
国民的アニメ『サザエさん』には、いくつもの最終回の噂があります。それらの内容は都市伝説として、今も多くのまとめサイトなどで読むことができます。主なものを簡単に紹介してみましょう。
ひとつ目は、「サザエさん一家が海に還る」というもの。カツオが商店街のくじ引きでハワイ旅行を当て、サザエさん一家が海外旅行に行くことになります。しかし、飛行機が墜落してサザエさん一家は海中に落下。もともと海産物だったのに人の形を借りて生きていたサザエさん一家が、サザエやカツオ、ワカメなどの元の姿に戻って海の中で生きていくというものです。
ふたつ目は、「サザエさん一家が陰惨な最期を迎える」というもの。カツオが不良になり、フネが不倫、ワカメが売春、波平が心筋梗塞で死亡、マスオが自殺、タラちゃんが交通事故死、サザエが錯乱してしまうというものです。
3つ目は、「すべてサザエさんの夢だった」というもの。交通事故によって植物人間になっていたサザエが、眠っている間にサザエさん一家の夢を見ていたというわけです。最終回でサザエの目が覚めますが、そこにいるのは波平とフネだけ。カツオもワカメもタラちゃんもサザエの夢だったわけです。悲しむサザエでしたが、主治医のマスオと恋に落ちて結婚するというものです。
もちろん、どれも事実無根の噂に過ぎません。アニメ『サザエさん』は1969年10月にスタートし、今も放送は続いています。つまり、最終回は存在しません。火曜日に放映されていた『まんが名作劇場 サザエさん』は97年11月18日に終了していますが、新規作成されたのはオープニングとエンディングのみで本編は再放送だったため、やはりこちらも最終回は存在しません。
●原作マンガの「最終回」
では、長谷川町子による原作の『サザエさん』の最終回はどうだったのでしょうか。新聞に連載されていた『サザエさん』の最後の掲載は、74年2月21日の朝日新聞です。内容は次のようなものでした。
サザエがカツオにお弁当を持たせます。石油危機と物価上昇による「給食困難」が理由です。授業中、カツオが教室の隅を見ると、同級生がコンロに鍋をかけて自炊しています。彼が「ウチの両親は共かせぎでース」と言うのがオチです。
『サザエさん』はこの翌日から長谷川町子の急病のため休載。これが事実上の最終回になりました。朝日文庫版『サザエさん』45巻に収録されています(ただし、収録順は最後ではありません)。
もうひとつ、原作の『サザエさん』には最終回があります。最初に連載された福岡の地方新聞・夕刊フクニチで47年5月8日に掲載されたものです。
内容は、結婚のため花嫁衣装を着たサザエが家から出ていくもので、最後のコマではサザエとカツオとワカメが頭を下げて「サザエさんモ コレデオシマイ ナガイアイダ ゴヒイキ イタダキマシテ アリガトウゴザイマシタ サヨナラ」と礼を述べています。
これは福岡に住んでいた長谷川町子が東京に引っ越すため、連載を打ち切って最終回となったものです。後に夕刊フクニチでの連載を再開しました。
■「ひとくいじんしゅ」がサザエと波平を襲う! 驚愕の封印エピソード
恐るべき封印エピソードが復活! 姉妹社版「サザエさん」68巻(朝日新聞出版)
もうひとつ、原作の最終回ではないかと言われているのが、「ひょうりゅう記」です。こちらは姉妹社から刊行されていた『サザエさん』68巻に収録されています。最終巻である68巻の最後に収録されていたため、最終回だと思われていましたが、実際は最終回ではなく、新聞連載と並行して連載していた雑誌に掲載されたエピソードです。後に描き直されて『別冊サザエさん』に「漂流の巻」として収録されました。
内容は、サザエ、波平、カツオ、ワカメが乗っていた船が沈没し、近くの島にたどりついてサバイバル生活を送るというもの。その途中で「ひとくいじんしゅ」にサザエたちが捕まってしまいますが、すべてはサザエの夢だったというオチがつきます。
朝日文庫版に収録されなかったため、一時は「封印作品」と話題になりましたが、2021年に復刊した姉妹社版『サザエさん』68巻に収録されました。船が沈没する描写があるため、「サザエさん一家が海に還る」の噂と関連づけて考える人もいるようです。
●『サザエさん』最終回の噂が流れたのはいつ?
では、いつ頃からアニメ『サザエさん』の最終回の噂は流布されているのでしょうか。筆者はひとつ目とふたつ目の噂について、10代の頃(80年代半ば)に耳にしたことがあります。3つ目の噂についてはまったく知りませんでした。
子供たちの噂のネットワークをテーマにした、いとうせいこうの小説『ノーライフキング』の文庫版(91年刊行)の解説で岡田幸四郎(作家・重松清の変名)は、『サザエさん』と『ドラえもん』の最終回の噂をマスコミが取り上げて騒ぎになったのは86年から87年にかけてのことだと記しています。子供たちの間ではその少し前から噂になっていたのでしょう。「高橋名人の逮捕・死亡説」の噂が広まったのも86年から87年にかけてのこと。これらの出来事に着想を得たいとうは88年に『ノーライフキング』を書き上げました。
実は86年の前年である85年には『サザエさん』にとって大きな出来事がありました。『サザエさん』スタート当初に「時事ネタを使わない」「流行に左右されない」などの方針を定めた松本美樹プロデューサーが引退し、放映当初からメインライターを務めてきた雪室俊一、辻真先らが降板したのです(両名とも後に復帰)。ちなみに20代だった三谷幸喜がシナリオを書いたのも85年のことです。
■ノリスケもいなくなった! レギュラー大量離脱の衝撃エピソード
アニメ『サザエさん』のすべてがわかる!『サザエさんヒストリーブック1969-2019』(扶桑社)
松本が引退した85年3月31日には「早春伊豆長岡の旅」(前後編)が放映されました。この回は、登場人物が次々と去っていく衝撃的なエピソードです。
まず、磯野家の隣に住んでいた浜さん一家が伊豆長岡町に引っ越しして姿を消します。カツオの憧れだったミツコや愛犬のジュリーも一緒です。三河屋の御用聞き・三平も結婚のため、郷里の山形に帰っていきました。そして、なんとノリスケ、タイコ、イクラの波野一家も転勤のため、名古屋に引っ越してしまったのです。レギュラーが同時に7人も姿を消したので、リアルタイムで見ていた筆者は「『サザエさん』が終わる?」と動揺したことを覚えています。
その後、伊佐坂一家や御用聞きの三郎が同年7月に登場、波野家も9月に戻ってきましたが、このときの『サザエさん』の大きな変化が、最終回の噂につながったと考えることもできるのではないでしょうか。
●なぜ『サザエさん』の最終回は悲惨?
それにしても、なぜ『サザエさん』の最終回の噂は、どれも悲しい終わり方なのでしょうか。
岡田幸四郎は『ノーライフキング』の解説で、「(『サザエさん』の最終回の噂には)”死”のイメージもふんだんにちりばめられているが、それ以上に、時間に対する強い意識が漂っている。(中略)そして、時間が先に進まない円環の構図を持つ『サザエさん』を拒否した。”死”(筆者注:子供時代の終わりという意味)に向かって進まざるをえない子供たちは、永遠に小学生でいられるカツオを、ある面で許しがたい存在だと見なしたのではないだろうか」と記しています。
都市伝説に詳しい作家の山口敏太郎は、日曜の夕方に『サザエさん』のエンディングテーマが流れると明日からの学校や会社のことを考えて憂鬱になる「サザエさん症候群」と関連付け、「明日から憂鬱な仕事だと思うと、あの予定調和の磯野家の平和を破壊したいという気持ちが芽生えるのかもしれない」と指摘しています(『マンガ・アニメ都市伝説』ベスト新書)。
ひとつ目の噂は、ある意味、とても子供らしい発想だと思います。先に述べた「ひょうりゅう記」から発想を得た部分もあるのかもしれません。
ふたつ目の噂は、漫画家のしりあがり寿が多摩美術大学の漫画研究会時代だった76年に描いたパロディマンガ「サザ江さん」が元になっているのではないかと指摘されています(東京サザエさん学会『磯野家の謎』飛鳥新社)。たしかにサザエさん一家が悲惨な末路をたどる内容がよく似ています。なお、70年にはテディ片岡(片岡義男)原案による『サザエさま』というパロディマンガが発表されています。こちらはサザエが機動隊に巻き込まれて死亡する話でした。『サザエさん』には嗜虐的な想像力を誘発する何かがあるのかもしれません。
3つ目の噂は、『ドラえもん』の最終回についての噂「植物人間になったのび太の夢」と酷似しているため、『ドラえもん』の噂のバリエーションとして流布したのではないかと考えられます。
アメリカの心理学者のオルポートとポストマンは、噂の流通量は、重要さとあいまいさに比例するという「うわさの法則」を提唱しています。80年代の子供たちにとって『サザエさん』は非常に重要なものでした。なにせ86年の『サザエさん』の最高視聴率は34.4%という超人気番組だったわけです。一方、最終回についての情報は非常にあいまいでした。原作にも明確な最終回はなかったので、『サザエさん』の最終回がどうなるか誰にもわかりませんでした。
『サザエさん』の最終回は子供たちにとって非常に重要かつあいまいな関心事でした。そこに時間が先に進まない『サザエさん』を拒否したい心理や、磯野家の平和を破壊したい子供たちの願望が重なり、子供たちの噂のネットワークを伝わって、いくつもの最終回の噂が生まれたのではないのでしょうか。
何事にも終わりはあります。いつかアニメ『サザエさん』の最終回が作られる日が来ると思いますが、そのときは悲惨なものではなく、楽しいものであってほしいと思います。
(大山くまお)