『M-1グランプリ2022』(テレビ朝日系)の決勝戦が12月18日に開催され、ウエストランドが18代目のチャンピオンに輝いた。史上最多の7261組のエントリーのなかの頂点に立った。
10組が争ったファーストステージをトップの点数で勝ち抜いたのは、667点のさや香。つづいて、660点のロングコートダディ。出演順がラストだったウエストランドは659点で3位に滑りこんだが、最終決戦では7票中6票の審査員票を獲得して2組を圧倒。「下克上優勝」となった。
ウエストランドの「悪口漫才」が大ウケ、一方で拒否反応も
ウエストランドが勝負手に選んだのは「悪口漫才」だ。
ネタの内容は「ある、なしクイズ」を改良したもの。河本太が「ユーチューバーにはあるけど、タレントにはない」などお題を振り、井口浩之が答えていく。ただ井口浩之は「(ユーチューバーは)出てきたときはいけ好かない連中だなって思って、でもこれはこれで認めなきゃなっていう風潮になるけど、やっぱりウザい。再生数に取りつかれておかしくなっている」など言いたい放題。いずれもみんながちょっと感じているようなことを、絶妙なラインで口撃。ファーストステージ、最終決戦ともに同パターンで戦い、さまざまな方面へ毒づきまくった。
ウエストランドの「悪口漫才」を審査員たちは大絶賛。松本人志(ダウンタウン)は「窮屈な時代ですけど、キャラクターとテクニックがあれば毒舌漫才も受け入れられる」、立川志らくは「今の時代は人を傷つけてはいけない笑いだけど、傷つけまくる笑いだった。笑いは本来そういうもの。あなたたちがスターになれば時代が変わる」、富澤たけし(サンドウィッチマン)は「このネタで笑っている人は共犯」とコメントした。
2019年大会は、ぺこぱが披露した「傷つけない笑い」が時代性と相まって高評価をあつめた。それを機により一層、誰かをディスることで笑いをとるのがためらわれるようになった。特に『M-1』などテレビで放送されるビッグタイトルでは、毒舌ネタは慎重にならざるを得ないムードが漂うように。ウエストランドの漫才はその点で、近年の賞レースの傾向に立ち向かったスタイルと言える。
しかしSNSなどではこの「悪口漫才」について否定的な意見も並び、波紋を呼んでいる。
世の中には、「これは口にしないでおこう」とコンプライアンスとは別の気づかいが働いていることも多々ある。良心として指摘を避けていることや、大人としての配慮もたくさんある。巻き起こっている賛否両論を見ると、ウエストランドはそうやってあえて誰も言わないようにしている「事実」を血祭りにあげているだけと捉えることもできる。だから「漫才にかこつけて悪口を言っているだけ」「アイデアに乏しい」「ネタになっていない」といった拒否反応も少なくないのだろう。ちなみにこういう感想が、ウエストランドの漫才中の「お笑いファンのネタ批評」への皮肉にもつながっている(そこがこのネタのおもしろさでもある)。
井口浩之は「恋愛映画はパターンが一緒。重い病気になっているだけ。感動したなあ? 悲しいだけだよ」「路上ミュージシャンは町の迷惑者」「『R-1』には、『M-1』のような夢、価値、規模がない」など、いろんなことを臆せず言い切った。
果たしてウエストランドの漫才は、笑える「悪口」なのか。それとも不快な「悪口」だったのか。
しゃべり自体がアクションになっていたウエストランド、さや香
松本人志が最終決戦のことを「しゃべり漫才(さや香)、コント漫才(ロングコートダディ)、毒舌漫才(ウエストランド)の三つ巴」と言いあらわした。「しゃべくり」が盛り返したことは、近年の『M-1』とは異なる傾向だ。
2020年はマヂカルラブリー、2021年は錦鯉が優勝したほか、インディアンスなどアクション系の漫才が存在感を見せた。今大会も、ロングコートダディ、男性ブランコ、ヨネダ2000がステージ上を動きまわるコント漫才で上位に食いこんだ。ネタのなかにキャラクターや場面の設定を組みこんで披露されるコント漫才やアクション系の漫才は見た目が派手で印象に残るため、近年の『M-1』では特に重要な戦い方となっている。
一方、ひたすらなにかをディスりまくるウエストランド、コンビ同士で意見をぶつけ合うさや香は、ともに「しゃべくり」で押し通すスタイルだった。
さや香は、立川志らくが「(ロングコートダディのネタの)マラソンのあと、王道の漫才だったから割りを食ったと思ったら、グッとあがってきた」、塙宣之(ナイツ)も「フリートークみたいな感じだけど、ふたりのテンションとテンポで一気に漫才にしていった」、山田邦子からは「正統派の立派な漫才」と評されるなど、堂々たる「しゃべくり漫才」だった。
ウエストランド、さや香のしゃべりを軸とした漫才は、どちらも言葉に熱が帯び、どんどん弾けていくものである。マイクの前から離れなくても大きなボディランゲージ性を感じさせるのは、しゃべり自体がアクションになっていたからだろう。
観る者に伝わりやすい「パターン漫才」
また「しゃべくり漫才」のなかでも、観る者に伝わりやすい「パターン漫才」はやはり強いと実感させられた。
ウエストランドは「ある、なしクイズ」で毒を吐く展開を2本連発。「パターン」を利用した漫才は2019年大会のミルクボーイを彷彿とさせた。
「パターン漫才」は伝わりやすさがある反面、それがつづくと見飽きる危険性を持つ。それでもウエストランドがファーストステージ、最終決戦を同じやり方で勝ち抜くことができたのは、今大会に関しては新鮮味の方が上回ったからではないか。
オズワルドらが下位に沈み、全体的にはまだまだ「コント漫才強し」
人を傷つけることを恐れない「悪口漫才=毒舌漫才」、設定に頼らず言葉だけで想像させていく「しゃべくり漫才」。今大会では、体ではなく口の漫才が復権の気配をみせた。
ただ、7位から10位までの下位をオズワルド(639点)、カベポスター(634点)、キュウ(620点)、ダイヤモンド(616点)という「しゃべくり」で攻めたコンビが占めており、6位のヨネダ2000(647点)とは点数的には差が開いた。全体的にはまだまだ「コント漫才強し」の傾向がつづくかもしれない(5位の真空ジェシカも動きのある漫才だった)。
2020年大会の決勝で、ウエストランドの井口浩之はネタのなかで「お笑いはいままで良いことがなかったやつらの復讐劇」と叫んだ。復讐というわけではないが、近年の『M-1』の傾向的に影を潜ませざるを得なかった「毒舌漫才」「しゃべくり漫才」の逆襲の時期が来ているのかもしれない。