2年ほど前、「当マンションではパンフレットを制作しておりません。内容についてはこちらをご覧ください」などと、モデルルーム訪問客に業者がタブレットを渡すスタイルが話題を集めた。
それを聞いて私は「さもありなん」と思った。高級紙を使った分厚いパンフレットを作ると、パンフレットや図面集、その他資料などを合わせて1セット当たりのコストが数万円になる。それよりもタブレットを大量購入すれば、おそらく1万円程度までコストが圧縮できたのだろう。おまけにモデルルームに来てくれた客には喜ばれる。
そういうタブレットの1つを「よかったらどうぞ」ともらったことがある。中身を確かめてみると、きちんとしたものだった。そのマンションの情報が入っていて、ネットにつなげば自動で内容が更新される。もちろん、普通のタブレットとしても使える。
その時、私はため息をついて「時代は変わったものだ」と思った。しかし、世の中の変化は想像を超えて速い。
数カ月前に広告を始めた山手線(東京)内のとあるタワーマンション(タワマン)では「当物件ではパンフレットを制作しておりません」とオフィシャルページに表示している。それは分かる。その後に「当物件についての詳細については会員ページをご覧ください」とある。
何と紙のパンフレットどころか、タブレットのような端末さえも配布しなくなった。すべてはホームページで済ませようとしているのだ。
確かに、今時都心のタワマンの購入を検討するような人は、インターネット環境を備えていないはずはない。少なくともスマホは持っているだろう。購入を検討するための情報はそこで確認できる。
数年前まで、新築マンションのモデルルームを見学すると、専用の紙の手提げ袋に入れなければ、持ち帰れないほどのパンフレットやその他資料を渡された。
今は検討住戸の図面を紙で数枚、その他必要事項が書かれた資料を渡されるだけ。時代は変わったのだ。
私はかつて、新築マンションを専門とする広告制作を仕事とし、パンフレットやチラシを制作する日々を過ごしていた。だが、リーマン・ショックと前後してジャーナリズムの道に転じた。しかし、いまだに新築マンションのグラフィック(紙)広告制作に携わっている仲間もいる。彼らはこれからどうなるのかと一瞬考えてしまった。
そもそも、新築マンションを開発分譲する業界の未来が危ぶまれている。住宅がこんなに余っているのに、人口当たりでアメリカの2倍も新築住宅を毎年建設しているのがこの国だ。いずれ新築の供給戸数も大幅に減るだろう。
あと10年もすれば、「そういえば昔は新築マンションが派手な広告で分譲されていたな」と懐かしむ時代が来るのではなかろうか。
■榊淳司(さかき・あつし) 住宅ジャーナリスト。同志社大法学部および慶応大文学部卒。不動産の広告・販売戦略立案・評論の現場に30年以上携わる(www.sakakiatsushi.com)。著書に「マンションは日本人を幸せにするか」(集英社新書)など多数。