日本で賃金が上がらない「本当の理由」
2020年は「賃金と生産性」をキーワードとしたい。私にはそんな思いがあります。
〔photo〕iStock
生産性をアップさせることは賃金の上昇につながりますが、今の日本の生産性はこのままでは下がってしまう。それはひとえに賃金にもマイナスの影響を与えかねません。こんな危機感を皆さんと共有したいと思います。
そもそも、なぜ日本は生産性が下がっていくといえるのでしょうか。
先進国全体でみると、経済成長の伸びは明らかに縮小していきます。社会が農業・工業中心の経済からサービス中心の経済へと移行するにしたがって、生産性が低下していくのは避けられないからです。
農業や工業は機械化によって、大規模化や大量生産が可能となり、生産性を飛躍的に向上させることができました。
ところが、サービス業で大半を占める卸売・小売・宿泊・飲食・運輸・倉庫などの業種では、たとえ一部を機械化できたとしても、生産性を大幅に上昇させることは不可能です。
昨今の先進国における生産性の伸び悩みは、国民がある程度は豊かになった証拠であり、その結果としてサービス経済への移行が進むことで生じる代償と捉えなければならないでしょう。
アメリカの「二極化」が凄いことになっている
たとえばアメリカでは、雇用者全体に占める製造業の割合はピークだった1940年代の40%弱から、近年ではその4分の1に近い10%程度にまで減少しています。
その一方で、生産性が低いサービス業(卸売・小売・飲食・宿泊・運輸・倉庫など)の割合は28%程度まで高まってきたのです。
〔photo〕iStock
それでも1990年代はIT革命が起爆剤となり、IT産業がアメリカ全体の生産性を牽引することができました。ところが2000年以降では、IT産業の生産性が大きく上昇するかたわらで、IT以外の産業の生産性はまったくといってよいほど上がらなくなったのです。
アメリカではそれに加えて、2010年代にデジタル革命のもとでGAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)が巨大化したことによって、IT・AI関連など少数の高スキル職と小売・飲食など多数の低スキル職の双方が増加するのとは対照的に、製造・事務など中スキル職の雇用が大幅に減少してしまいました。
新しいイノベーションによって、中間層の人々の雇用が減少し、労働市場の二極化が進行したのです。
そうはいっても、アメリカをはじめ先進国では失業率が下がっていて、今のところ仕事が不足しているという兆候は見られません。ただし経済的にも社会的にも問題なのは、小売、飲食、運輸、介護、清掃、警備など、高いスキルを必要としない仕事の割合が増えているということです。
低いスキルしか持っていないがゆえにできる仕事は、長年にわたって従事してもスキルを高めるのが難しく、生涯を通して賃金の上昇が期待しづらい状況にあります。現在進行しているデジタル化の波が、このような傾向をエスカレートさせるのは疑う余地がなく、格差がいっそう拡大していくことが懸念されています。
日本がこんなにダメなワケ
日本でもアメリカと同じことが起きています。
〔photo〕iStock
雇用者全体に占める製造業の割合は1960年代の40%程度をピークにして、1990年台前半には25%を下回り、足元では17%を割り込むまでに減少しています。それに対して、生産性が低いサービス業(卸売・小売・飲食・宿泊・運輸・倉庫など)は32%程度を占めるまでになりました。
その結果として、日本は深刻な人手不足だといわれていますが、それは小売・飲食・宿泊・運輸などのサービス業や、介護職などの特定の専門職の話であり、日本の大企業などではホワイトカラーを中心に大量の余剰人員を抱えているというのが現状です。
そのうえ、日本の2018年の時間当たり労働生産性は46.8ドルと、アメリカの74.7ドルやドイツの72.9ドルの6割超の水準にすぎません。イタリアの57.9ドルやカナダの54.8ドルを下回り、先進7か国のなかで最下位が定位置となっています。
生産性における日米間の格差は、とりわけ生産性が低いサービス業の分野で生まれています。
従業員が10人未満の事業所数が全体に占める割合は日本が80%、アメリカが50%と埋めがたい差があるゆえに、日本がアメリカのサービス業と同じ付加価値を得るには、2倍を超える従業員を雇っている計算になるのです。
「おもてなし」が抱える負の側面
サービス業全体の生産性を大幅に引き上げるなどという、魔法の杖的な政策は決して存在していません。それでも業種によっては、生産性をある程度引き上げる方法がないわけではありません。
たとえば、コンビニエンスストアやファミリーレストランでは、「24時間・年中無休」というモデルを改めようとする動きが進んでいます。赤字になりがちな夜間に店を閉めるというのは、収益や生産性を上げるための有効な選択肢となるはずです。
〔photo〕iStock
また、前回の記事(『日本人の生産性が低いのは、「日本人そのもの」が原因だった…!』)でも申し上げたように宅配便では、荷物をアメリカと同様に玄関や軒先などに置く「置き配」が一般的になれば、宅配便の生産性は2割程度引き上げることができます。アマゾンは2020年の春にも、希望者に対して置き配を全国展開する予定だといいます。
日本の生産性がアメリカやドイツなどに大きく劣る主因は、現場の負担の大きさが尋常ではないにもかかわらず、サービスの対価がほとんど上昇していないということにあります。
この主因を私は日本人がサービスに対して対価を求めたり、支払ったりするという価値観が希薄であることだと考えています。つまり「おもてなしの精神」です。
アメリカなどのチップ社会では、ウエイターやホテルのルームメーカーなどのサービスに対して「チップ」を渡すなど、サービスの対価に対する意識が高いのですが、日本には「おもてなし」が当然だとして、これに感謝の気持ちを伝えこそすれ、対価を支払うことは敬遠されています。
サービスの対価の主たる部分が人件費であることを考えれば、この日本人の価値観との兼ね合いのために、人が生み出す付加価値が今まで増えてこなかったのが、日本の生産性が劣っているという本質であるのです。
無駄な予算を人材投資へ
当然のことながら、生産性の改善があまり見込めない業種があるというのも、厳しい現実です。
サービス業で低賃金が常態化している仕事のなかには、取り立ててスキルを必要としないものが多いからです。
そのことは、ひとたび低スキル・低賃金の仕事に従事すると、スキルアップの機会が与えられることはなく、低スキル・低賃金が固定化してしまうという現実を示しています。日本の生産性を何としても引き上げたいのであれば、私は「最低賃金を大幅に引き上げ続ける」よりも、むしろ低賃金・低スキルの人々のスキルアップを支援するほうがずっと効果的な政策であると考えています。
2020年度の予算案では、公共事業関係費は6兆8571億円となり、10年ぶりの規模に拡大した2019年度予算(6兆596億円)を13%も上回っています。国土強靭化のための「臨時・特別の措置」7902億円を含めると総額で7兆6473億円にもなりますが、公共事業費を使い切れない案件が相次ぎ、2019年度の予算では2018年度からの繰り越しが3.2兆円にも達しているということです。
〔photo〕iStock
使い切れない予算を計上するのをやめて、そのうち1兆円だけでも恒常的に人材のスキルアップ支援に回すことができれば、すべての低スキルの人々にスキルアップの機会を与えることができるはずです。
2020年度の予算案では、就職氷河期世代への支援に199億円を計上しているとはいうものの、就職氷河期世代だけではなく、低スキルゆえに低賃金に甘んじているすべての世代を対象に、手厚い支援を行うべきです。
このままの現状を放置して深刻な格差社会になるよりは、人材教育の底上げによって格差の拡大を回避していくと同時に、就業者全体の収入も上げていくという前向きな政策のほうが、大多数の国民が賛成してくれるのではないでしょうか。