国連のミレニアム開発目標(MDGs)首脳会合(サミット)で、ブータンのジグメ・ティンレイ首相(58)が演説し、貧困・飢餓人口の半減など8分野からなるMDGsに、ブータンの国是である、国民総幸福量(GNH)の向上を加えるよう呼びかけた。金銭的、物質的豊かさよりも、精神的な豊かさを目指そうというものだ。きょうのテーマは「幸福目標」とした。
国連の首脳会合は、出席者(国)が多数であるため、会合というより、実態は各国首脳による演説会である。通常、影響力のある大国、主要国の見解しか注目されない。9月20~22日のMDGs首脳会合(ニューヨークの国連本部)もそうだったが、小国ながらブータンの声は関心を集めた。
ティンレイ首相は次のように述べた。
■富は幻想に過ぎない
「限られた資源と、繊細なバランスの上に成り立つ生態系のことを考えると、物質的成長の追求は持続不可能であることが容易に想像できる。危険だし、ばかげている」
「中国とインドで、人々は米国並みの消費を求めるようになった。人類のすべてが彼らのように消費すれば、地球がどうなってしまうのか、誰にも想像できない」
「パキスタンの大洪水(7月末)やメキシコ湾の原油流出(4月~)といった災害は、成長を受け入れてきた自然の限界を示した。また、現在の経済危機は私たちが“富”と呼ぶものが、幻想に過ぎないことを物語っている」
「この際、国民総幸福量をミレニアム開発目標に加えては」と、ティンレイ首相は締めくくった。
■40年前物欲捨てる
ブータンはヒマラヤ山脈東端に位置する人口約70万の小国。国民総幸福量は1972年、ジグメ・シンゲ・ワンチュク前国王(54)が提唱した。国民総生産(GNP=Gross National Product)に対する国民総幸福量(GNH=Gross National Happiness)である。
72年というと、日本はなお高度経済成長期にあり、大半の日本人は物質的豊かさに向かって邁進(まいしん)していた。この時点で「モノより幸せ」を発想した前国王の先見の明には驚かされる。前国王は当時、10代の若者である。王政から立憲君主制の移行に伴う2008年のブータンの憲法には、国民総幸福量の向上推進が盛り込まれた。
ただし、国民総幸福量に明確な定義があるわけではなさそうだ。心と体の健康、生活水準、コミュニティーの活力、文化の多様性、教育、良き統治、生態系の保全などが柱として挙げられるが、要は個人が幸せと感じられるかどうかであるらしい。1週間に何回、家族と食事をともにしたか、誇りに思える仕事がどれだけできたか。そんなことを考えてみるとよい。
■中印は間違っている
MDGsは、2000年の国連ミレニアム・サミットで採択された「ミレニアム宣言」に基づいて設定された数値目標。2015年までに、1日1ドル(約85円)未満で暮らす貧困・飢餓人口を半減(1990年比)▽全児童の小学校就学▽5歳未満児死亡率を3分の1に、出産時の妊婦死亡率を4分の1に削減-など、8分野20項目からなる。全般に見通しは厳しいが、(1)については中国、インドの経済成長で達成可能とみられている。
ティンレイ首相は、MDGsと国民総幸福量を矛盾するものとはみなしていない。ただ、中国とインドの「米国並みの消費」への言及をみると、この両国は矛盾する形で、目標の(1)を達成しつつあると指摘しているようだ。
ブータンはインド、中国の2つの大国と隣接している。小さなわが家を取り囲んで2つの広大な土地があり、それぞれ、超高層マンションの建設がものすごい勢いで進んでいる。将来、マンション住民とうまくやっていくことができるのか。そんな不安にさいなまれているのかもしれない。
(編集委員 内畠嗣雅(うちはた・つぐまさ)/SANKEI EXPRESS)