【住まう】大森ロッヂ 都心の「長屋」 魅力的生活

≪オートロックよりも「隣近所」≫
 ご近所さんとのお付き合いが疎遠になりがちな都会の真ん中で、昔ながらの長屋を再生した賃貸共同住宅が若い世代の支持を集めている。プライバシーの保護や防犯といった現代的な生活とは対極にありそうな長屋の暮らし…。その魅力とは!?
 ■角地の街並み丸ごと再生
 東京都大田区の京浜急行大森町駅近く。商店街のはずれに、板塀に囲まれた木造家屋が立ち並ぶ「大森ロッヂ」がある。約300坪の敷地内に戸建てや長屋など計8棟が路地や庭を介して並び、12世帯16人が暮らす。昭和30~40年代に建築された風呂なしアパートを順次改修し、昨年春に入居が始まった昭和レトロなリノベーション物件だ。
 オーナーの矢野一郎さん(55)は「老朽化が進み、5年ぐらい前から建て替えか改修の必要性を感じ始めました。でも、どこでもあるアパートやマンションに建て替えるのではなく、土や空、緑や生命の存在を感じられる場所として残したかった。土地や建物は、社会性を伴うもので歴史を刻んでいく存在です。ノリ干し場という歴史的背景を持つ土地が、高度成長期の街工場の働き手の住居となり、今また新しい価値観を求める人の住まいとなる。土地固有の空気感を受け継ぐことも付加価値のひとつだと思いました」と改修の理由を話す。
 明かりのともる門をくぐると正面にあるのは幅約2メートルの砂利敷の路地。「あいさつの小路」と名付けられたこの路地には、縁台や花台が配置され、住民の心を和ませる。奥にある東屋(あずまや)「かたらいの井戸端」や広場「はぐくむ広場」は、パーティーや交流イベントを開く場所だ。
 ■五感を研ぎ澄ます暮らし
 設計監理を担当した天野美紀さん(32)によると、大森ロッヂは「余計なデザインを足さず、良い部分を残す」というコンセプトで改修に取りかかったという。
 老朽化した長屋の縁側は新たに作り替え、庭の仕切りは完全には囲わず自由に行き来できるようにした。家屋を囲む板塀は、日本伝統の「大和塀」という工法を取り入れ、風通しだけでなく、道路からも敷地内からも双方の様子をうかがい知ることができるよう配慮した。
 「建物そのものの改築よりも、路地や庭、縁側など外構の部分に力を入れました。土に触れる生活で季節や天候の変化を感じ取ったり、ご近所さんの“音”や“気配”を感じたりすることで気遣う大切さを実感し、五感が研ぎ澄まされてきます」と天野さん。
 天野さんは、大森ロッヂ内にアトリエ兼住居を借りて建築設計事務所を開設。住人の一人として、住民間の交流を積極的に進めている。住民が留守の時は植木の水やりなども気軽に引き受けている。
 「夕暮れ時、一軒一軒の部屋に明かりがともり始めると『皆が帰ってきたな』と思い、ほっとします」と話す。
 それにしても、今、なぜ長屋なのか?
 改築前は50~60代の単身男性が多かったが、現在の借り主は20~30代の単身女性が多い。その一人、渡辺恵子さん(36)は、昨年2月のオープンルームで一目ぼれして、長屋住まいを始めた。
 「一言でいうと、とても心地よい空間。庭や東屋、広場などを使えるのもうれしい。別棟に住む人とも知り合いになれ、一人暮らしにはない安心感があります」と話す。
 ■優れた防犯ソフト
 足元をオープンにすることで人の気配を自然に感じられる大和塀は防犯面でも効果がある。“見える”ことが犯罪を抑制するのだ。京都府立大学人間環境学部の宗田好史(むねた・よしふみ)准教授(都市計画)は「長屋や町家の再生は全国的に増えています。若い女性は、男性や高齢者に比べて住環境に対して関心が高い。オートロックやダブルロックといった機械的な防犯よりも、隣近所の声が聞こえ、庭から見える台所というのは優れた防犯ソフトです。都会の真ん中で緑に囲まれ、隣近所と付き合いがあるというクオリティーの高い生活を求めるのは当然」と解説する。
 縁側や東屋といったゆとりの空間は、コミュニティーづくりを促進させるひとつの装置。住民の多くは忙しい都会の会社員たちで、縁側に座ってゆっくりと近所の人と話し込むのは実際には難しい。しかし、人と人をつなぐ“縁”の重要性に気付いた人々が、自然に集まってくるのが現在の新しい長屋の魅力なのかもしれない。

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